この新譜紹介に登場するアルバムは、毎月タワー・レコード、ディスクユニオンなどで購入するほか、レコード各社から送られてくるサンプル音源の中から、これはと思う作品をご紹介しています。

ですから、たまたま前回のように女性トランぺッターの作品が2枚重なると言ったケースはあるにせよ、事前に今回はピアノ・ジャズ特集にしようとか、UKシーン紹介といった「企画もの」をやろうと考えたことはありません。音源が限られているためセレクトに無理が生じるからです。

そうした「縛り」の中で、今回は奇跡的に購入アルバムの内、気に入ったものを選んでみたらすべて日本人ミュージシャンの作品となってしまいました。

これは日本ジャズシーンの活性化を示すと同時に、今回の「コロナ禍」で優れたミュージシャンたちが改めて各々「自分の音楽」を見つめ直した結果ではないかと想像しています。

ピアノと弦楽四重奏による上原ひろみの新作『Silver Lining Suite』(Universal)は、コロナの渦中に上原が書き下ろした組曲「シルヴァー・ライニング・スイート」が収録されています。

チェット・ベイカーの名唱で知られる楽曲「ルック・フォー・ザ・シルヴァー・ライニング」は直訳すれば「銀色の裏地を見つけよう」で、いったいなんのことやらですが、これは英語のことわざ「すべての雲の裏側は(日の光を受けて)銀色に光っている」、つまり「どんな不幸にも、何か良いところがある」という意味を踏まえた曲名なのですね。

現在多くのミュージシャンが活動を制限され困難を抱えていることと思いますが、上原の新作はそうした状況下にもかかわらず生まれた「優れたもの」の一つに挙げられるでしょう。ストリングス・サウンドとピアノが混然一体となった素晴らしい作品です。私はSACD盤を購入したのですが、艶に満ちた弦の響きと溶け合ったピアノの生々しい音色はライヴ体験を彷彿させるものでした。

NYシーンで活躍したドラマー、ギタリスト、プロデューサー桃井裕範の新作『Flora and Fauna』(Goon Trax)は、コロナという限られた状況を逆手にとり、データのやり取りだけで後半で改めてご紹介するトランぺッター佐瀬悠輔らゲスト・ミュージシャンたちと共演した興味深い作品です。

私も柳楽光隆さんによるご本人のインタビューを読むまでそうした「内幕」は知らないで聴いたのですが、こうした試みは現在の作曲と即興の中間を狙う極めて野心的なものだと思いました。桃井の切れ味の良いドラミングに乗ってギターのNir Felderや、サックスのMelrawといったミュージシャンたちが桃井の書いた楽曲を演奏しているのですが、「現場でのインタープレイ」至上主義に一考の余地を与える完成された音楽と言っていいでしょう。

サックス奏者太田剣、ピアニスト秋田慎治、ベーシスト土井孝幸のトリオ・ユニットk.a.t.のファースト・アルバム『Our Tomorrow』(Scramasax Record)は、ドラムスがいないことによって生まれるゆったりとした流れの中で暖かみのあるサックスとピアノが交差する心地よい作品です。変わった編成のトリオですが、その狙いが良く活かされたアルバムです。

さて、ここでゴロっと空気が変わります。それぞれ人気バンドのスタープレイヤーたちが「フロアを躍らせるセッション」を合言葉に集結したインストセッション・バンド、POLYPLUSの新譜『Move』(Playwright)は、まさにコロナ下の鬱屈を吹き飛ばすような爽快感にあふれた熱演です。

特に冒頭に収録したJABBERLOOP所属のキーボーディストMELTEN作の2曲「Quarter」「Rain」のシンプルなノリの良さは、こういう時節にこそ望まれる音楽なのではないでしょうか。

先ほど触れた新進トランぺッター佐瀬悠輔の初リーダー作『#1』(P.Vine)の聴き所は、何と言ってもけれん味無くトランペットを吹き上げる佐瀬のジャズに対するストレート・アヘッドなスタンスでしょう。秋元修のタイトなドラミングに乗って、メロディアスなフレーズを歌い上げる佐瀬は実にカッコいいですね。サイドのギター、小金丸慧の好演にも注目です。

最後はミニマル・ポストクラシカルのピアニスト、コンポーザーWataru Satoの新作『After World』(Playwright)です。ピアノ、プラス、ヴァイオリン、チェロのクラシカルな楽器編成から生み出される聴き手に豊かなイマジネーションを喚起させる音楽は、これもまた現下の状況において望まれる音楽なのではないでしょうか。本人による「コロナ禍でなければこのテーマでまとまらなかった」といった発言が聴き手に伝わっている証左ですね。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

USEN音楽配信サービス 「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」

東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるのスピーカーから流れる音をそのままに、店主でありジャズ評論家としても著名な後藤雅洋自身が選ぶ硬派なジャズをお届けしているUSENの音楽配信サービス「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」。毎夜22:00~24:00のコーナー「ジャズ喫茶いーぐるのジャズ入門」は、ビギナーからマニアまでが楽しめるテーマ設定でジャズの魅力をお届けしている。

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