最初にご紹介するのは、ビートルズの名盤『サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(パーロフォン)にインスパイアーされたジャズ・ミュージシャンたちによる作品『ア・ディ・イン・ザ・ライフ』(Impulse)です。
このアルバムが面白いのは、従来のビートルズ・カヴァー集とはまったく趣が違っていて、よほど注意して聴かないと原曲が何だかわからないというところですね。つまり、ミュージシャンたちのスタンスが昔からあった「スタンダードをやる」という発想ではないのです。
しかし、だからこそジャズの醍醐味である「それぞれのミュージシャンたちの個性」が明確に表れているのです。1曲目《ゲッティング・ベター》を演奏しているのはイギリスの「フラワー」というグループで、メンバーはアイドリース・ラーマン(sax)、レオン・ブリチャード(b)、トム・スキナー(ds)です。一昔前のダークなサイケデリック・ムードが醸し出されているところが面白い。
2曲目《フィクシング・ア・ホール》のごろっと気分が変わったピアノは、カマシ・ワシントンらとの交流で知られるアメリカ西海岸で活躍するキーボーディスト、キャメロン・ブラウンの切れの良い演奏です。これも原曲とはだいぶイメージが違いますね。
3曲目、トランペットの新人キーヨン・ハロルドによる《シーズ・リーヴィング・ホーム》もごく自然なジャズ演奏ですが、言われなければビートルズ・ナンバーとわかる方は少ないのでは…。 そして4曲目《ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト》を演奏するのは、第22回の「新譜紹介」に登場した女性ハープ奏者、ブラディ・ヤンガーです。こちらも彼女の個性が良く出ています。
次のアルバムは、このところ意欲的に作品を発表し続けているドラマー、アントニオ・サンチェスの新作『Lines in the sands』(Cam Jazz)です。現在の彼は単なるドラマーの域を超え、コンポーザー、バンド・リーダーとして独自の世界を築きつつありますね。彼の現在社会に対する想いがサウンドに結実したスケールの大きな作品で、収録したのは26分にも及ぶタイトル・ナンバーのパート1とパート2です。
3枚目のアルバム『スタンダーズ』(SMK Jazz)は、ニューヨークの新人ベーシスト、アレキサンダー・クラッフィーのデビュー・アルバムで、タイトル通り良く知られたスタンダードが並んでいます。聴き所は話題のギタリスト、カート・ローゼンウィンケルの参加です。
そして4枚目にご紹介するのは、こちらも話題を一身に集めて活躍中のバンド・リーダー、挟間美帆の『Dancer in Nowhere』(Verve)です。彼女が率いる室内楽団“m_unit”による新譜で、彼女の音楽家としての「引き出しの多さ」を知らしめる作品と言えるでしょう。繊細で緻密なサウンドが新鮮です。
最後は大御所、チック・コリアによる『Trilogy 2』(Universal Jazz)です。私は彼が話題作『ナウ・ヒー・シングス、ナウ・ヒー・ソブス』(Solid State)でデビューした頃から同時代的にさまざまなアルバムを聴いて来ましたが、あれから半世紀、いまだに創作意欲が衰えないだけでなく、ピアニストとしての技量においてもまったく衰えが見えないのは驚くばかりです。ライヴだけに聴衆の反応も旺盛ですが、確かにこんなライヴを観ればファンは大満足でしょう。記念碑的作品《ナウ・ヒー・シングス、ナウ・ヒー・ソブス》もやってます。
文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

USEN音楽配信サービス 「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」
東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるのスピーカーから流れる音をそのままに、店主でありジャズ評論家としても著名な後藤雅洋自身が選ぶ硬派なジャズをお届けしているUSENの音楽配信サービス「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」。毎夜22:00~24:00のコーナー「ジャズ喫茶いーぐるのジャズ入門」は、ビギナーからマニアまでが楽しめるテーマ設定でジャズの魅力をお届けしている。
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