このところ中東地域のジャズ・ミュージシャンが注目されていますが、イブラヒム・マーロフもレバノンのベイルート出身のトランペッターです。彼はアラブ音楽の特徴である半音より細かい「微分音」を表現するため、ふつう3つしかないトランペットのピストンを4つとした特製トランペットを使用しています。アラブ地域の伝説的女性歌手ウム・クルスームに捧げた『Kalthoum』(Impulse)は、エスニックなメロディがジャズと見事に融合した傑作です。

『I Long To See You』(Blue Note)はベテラン・サックス奏者チャールス・ロイドがビル・フリゼールと共演した話題作。カントリー・ミュージックのテイストがごく自然にロイドの世界と溶け合った作品。

ミン・ヨンチがプロデュースする「新韓楽」と、ジャズ・ピアノのハクエイ・キム率いるトライソニークが共演した新譜『HANA』(Verve)は、東洋的エキゾチシズムとジャズが巧い具合に混ざり合った面白い作品。ヨンチは韓国の現代音楽であるサムルノリの大会での優勝経験があり、彼の叩き出す韓国の伝統楽器によるリズムが小気味良いドライヴ感を生み出しています。

Shezoo(p) 壺井影久(violin) 小森慶子(cl) 小森武文(perc)によるトリニテの新譜『月の歴史 Moons』(qs)は、たいへん面白い雰囲気を持ったアルバムです。クラシック的でもあり、またジャズのようにも聴こえます。しかし中途半端な感じは一切なく、特にジャンルを特定する必要もない「グッド・ミュージック」のひとこと。

セロニアス・モンク・コンペティションで優勝したフィリピン系アメリカ人サックス奏者、ジョン・イラバゴンの『Behind The Sky』(Irrabagast Record)は、彼のパワフルでエネルギッシュなテナーの魅力が全開。サイドのピアニスト、ルイス・ペルドモの切れ味の良いピアノ・ソロも聴き所です。

そして最後は、話題のピアニスト上原ひろみの『Spark』(Telark)です。私はたまたまこのアルバムの新譜発表イヴェントを観たのですが、コントラバス・ギターのアンソニー・ジャクソン、ドラムスのサイモン・フィリップスと上原ひろみの息の合い具合が尋常ではありませんでした。
 長くチームを組んでいたからということもあるのでしょうが、ほんとうに3者が一体となって音楽が進行して行く様は圧巻としか言いようがありません。しかしそれは昔ながらの「ジャズの熱演」とは少し違っていて、実に細かい音楽的計算がなされた上での一体感なのですね。

この辺りの感覚は上原の持ち味なのでしょうが、それをしっかりと受け止めた上で「チームの音楽」たらしめているのには、アンソニー・ジャクソンの存在が大きいように思いました。ちょっとロックっぽいテイストのドラマー、サイモン・フィリップスが自由奔放に叩きながら、それが極上のジャズになっているのはじつい興味深い。

それにしても、ライヴではかなり音量のあるドラミングに対し、一歩も引けをとらずに音楽的一体感を作り上げる上原の音楽的センスには脱帽でした。このアルバムはそのライヴの魅力が完璧な形でパッケージされた傑作です。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるのスピーカーから流れる音をそのままに、店主でありジャズ評論家としても著名な後藤雅洋自身が選ぶ硬派なジャズをお届けしているUSENの音楽配信サービス「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」。毎夜22:00~24:00のコーナー「ジャズ喫茶いーぐるのジャズ入門」は、ビギナーからマニアまでが楽しめるテーマ設定でジャズの魅力をお届けしている。

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