前回予告した、カマシ・ワシントン『ヘヴン・アンド・アース』(Beat Record)のシークレット・ディスクを最初にご紹介いたしましょう。実を言うと、このアルバムに「ザ・チョイス」というタイトルの40分近いシークレット・ディスクが付いているということは、ライナー・ノートを書いた私も事前には知らされていませんでした。それほどこの件の情報は制限されていたのです。

こうした試みはたいへん面白いと思います。要するに「話題作り」なのですが、カマシは単に音楽的なことを考えているだけでなく、それを如何にファンに興味を持ってもらえるように伝えるかということにも、たいへん気を配っているのですね。こうした彼の「気遣い」はもちろん音楽面にも表れていて、音楽的な質の高さ、個性表現といったジャズの本筋を押さえた上でのポピュラリティということが、今回収録したシークレット・ディスクの内容にも現れています。

それは親しみやすいメロディ・ラインを持った楽曲と、それらの楽曲がそれぞれ多様で、モノトーンに陥らず、結果として「飽きずに聴ける」というところですね。付け加えれば、多様でありながら前回そして前々回にご紹介した「アース編」「ヘヴン編」を含め、すべての楽曲に「カマシらしさ」が実にわかりやすい形で現れているところでしょう。

マティアス・アイクは私が大いに気に入っているノルウェイのトランぺッターですが、今回の新譜『Ravensburg(ECM)も期待にたがわぬ出来です。聴き所は何と言ってもトランペットの音色でしょう。単にまろやかなだけでなく、サウンドの表情が実に繊細でニュアンスに富んでいるのです。

ミュージシャンを評価するとき、まずはリズム感やフレージングに耳が行きがちですが、アイクのように音色の表情が豊かなミュージシャンは実は稀なのです。その音色に乗ったフレージングもいかにも北欧のミュージシャンらしいエキゾチックな響きがあり、そこもまた彼の大きな魅力なのです。

クリス・シーリーはカントリー畑のグループ、パンチ・ブラザースのマンドリン奏者です。そのシーリーがブラッド・メルドーと共演したアルバム『クリス・シーリー・アンド・ブラッド・メルドー』(Nonesuch)は、いわゆる「他流試合」作品なのですが、不思議と違和感はありません。シーリーも良いのですが、やはりメルドーの闊達で切れの良いピアノが光っています。

次にご紹介するのは、2000年にクルト・ワイルの生誕100周年及び没後50周年を記念して行われた、マリア・シュナイダーとSWAビッグ・バンドの共演ライヴです。「スピーク・ロウ」など、良く知られたクルト・ワイルの楽曲が収録されています。

オーソドックスながら力強いプレイが聴き所のトランぺッター、ジェイソン・パルマーの新譜『ジェイソン・パルマー・アット・ウォリーズVol.2(Steeple Chase)は、ボストンのライヴ・ハウス「ウォリーズ」での実況盤です。取り立てて変わったことはしないのですが、ライヴならではの熱気が伝わる好演と言っていいでしょう。

最後は、ハービー・ハンコックが「眩しいピアノ奏者」と賞したエストニア出身のピアニスト、クリスチャン・ランダルクのECMデビュー、アルバム『Absence』です。いかにもECM的なピアニストですが、明確な個性が感じられ今後が楽しみな新人と言っていいでしょう。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるのスピーカーから流れる音をそのままに、店主でありジャズ評論家としても著名な後藤雅洋自身が選ぶ硬派なジャズをお届けしているUSENの音楽配信サービス「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」。毎夜22:00~24:00のコーナー「ジャズ喫茶いーぐるのジャズ入門」は、ビギナーからマニアまでが楽しめるテーマ設定でジャズの魅力をお届けしている。

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