新世代ジャズ・ミュージシャンの特徴として、昔のようにピアノ・スタイルとかサックスのフレーズだけでは説明出来ない多様性を備えているということがあります。例えば現代ジャズ・シーンを切り拓いたロバート・グラスパーにしても、ピアノ演奏だけで注目されたわけではありません。むしろ彼は、プロデューサー的な資質が称賛の対象になっている面すらあります。また、カマシ・ワシントンの魅力は彼のテナーだけでなく、バック・コーラスを含めたトータル・ミュージックを創出したところが大きいのですね。
こうした現代ジャズ・ミュージシャンの特徴を備えた新人がまた現れました。ピアノ・キーボード奏者ジェームズ・フランシーズによる新作『フライト』(ブルーノート)は、若干陳腐な表現ですが「才能の煌めきが際立つ」デビュー作と言っていいでしょう。それは彼自身のピアノ演奏にも当てはまり、また、トータル・ミュージックを作り出す才覚に対しても言えると思います。今後の活躍な楽しみなニュー・スターですね。
テナー・サックスのウォルター・スミス3世、そしてベースはラリー・グレナディアという一流のメンバーによる、ドラマー、ビル・スチュワートによる新作『バンド・メニュー』(自主製作)は、地味ながらテナー・トリオならではの聴き応えが魅力です。
3番目に収録した新譜は日本人ベーシスト、遠藤定の『Mercurius』(UPLIFT JAZZ RECORD)です。彼は第2回ちぐさ賞受賞者で、メンバーはピアノの今村真一郎、ドラムス木村紘によるピアノ・トリオ編成。トラックにより、トロンボーの張替啓太、フルートのEriSAがゲスト・ミュージシャンとして参加しています。オーソドックスながら現代性も感じさせる演奏といっていいでしょう。
そして今回一番興味深かった新譜が、ピアノ、キーボード奏者、マーク・ド・クライヴ・ロウによる『ヘリテージ・ワン&ツゥー』(Rings)でした。1曲目『The Offering』にも日本的なイメージが窺えますが、圧巻は2曲目に収録した「Bushido 1」でしょう。もちろんこれは「武士道 1」という意味で、日本趣味全開なのですね。
最初にこの曲を聴いたときは若干戸惑いましたが、何回か聴くうち「うーん、こういう発想もあるんだな」と妙に納得させられたのです。「納得」した理由は、よく考えてみれば「戸惑い」は私が日本人だからこそで、視野を広くとってみれば、こうした情緒的というか歌謡曲的とも思える旋律は、あまたある「エスニック・メロディ」の一つなのかもしれないと思い至ったからです。例えばエチオピアの音楽は、知らないで聴けば日本歌謡そのものですが、地理的に離れていることもあり、どうやら「影響関係」はさほどなさそうなのですね。
もっとも、ニュージーランドのコンテンポラリー・ジャズ・シーンでデビューしたマーク・ド・クライヴ・ロウの母親は日本人で、彼自身東京で活動していたこともあり、このテイストは間違いなく日本由来ですが、彼が日本の古い音楽から受け取ったイメージは、おそらく私たちとは微妙に違うのではないでしょうか。その「違い」が、興味深い音楽を生んでいるのです。
オルタナティヴ・ロック・バンド「ウィルコ」のギタリスト、ネルス・クライン率いるネルス・クライン4の新譜『Current, Constellations』(Blue Note)は、“ジャズ”がその表現領域を広げていることが実感されるアルバムです。そして、最後に収録したミシェル・ペトルチアーニの発掘ライヴ音源『One Night In Karlsruhe』(Jazzhaus Record)は、説明の要もない快演です。これはお奨め盤ですね。
文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

USEN音楽配信サービス 「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」
東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるのスピーカーから流れる音をそのままに、店主でありジャズ評論家としても著名な後藤雅洋自身が選ぶ硬派なジャズをお届けしているUSENの音楽配信サービス「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」。毎夜22:00~24:00のコーナー「ジャズ喫茶いーぐるのジャズ入門」は、ビギナーからマニアまでが楽しめるテーマ設定でジャズの魅力をお届けしている。
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