この番組は私が経営するジャズ喫茶「いーぐる」で流れる音源をそのままお送りすることで、居ながらにして「ジャズ喫茶気分」を味わっていただこうという趣向です。選曲はジャズの歴史は録音が始まってからに限っても100年を超すので、どうしても「20世紀の名盤」が中心となります。言ってみればこちらはジャズ喫茶の「通常運転」ですね。
それに対し、動きつつある現在のジャズシーンをお届けするため、毎月4本の2時間番組の内、1本を21世紀以降の音源の的を絞った「新譜紹介」としています。通常運転では歴史的音源が多数あるので、番組ごとに一定の「ストーリー感」を持たせるのはさほど難しく無いのですが、「新譜」は数が限られるので、その辺りに若干苦労いたします。極めて多彩な新譜の世界観をどう違和感なく繋げるか…
というわけで、今回は激しめのサウンドから徐々に寛ぎ方向に向かう選曲です。このところゴーゴー・ペンギンのクリス・アイングワースはじめ、従来の「ピアノスト」の枠に収まりきらないジャズ・ミュージシャンが続出していますが、キャメロン・グレイヴスの新作『Seven』(Artistry)は、まさにそうした傾向を良く表したアルバムです。鍵盤を叩き続ける激しいリズムは、ジャズというよりむしろメタル的。かと思うと抒情的なトラックもあり、また、カマシ・ワシントンがゲスト参加した極めて「ジャズ的」な楽曲もあるという多彩さが聴き所。
それに続く『Pardon My French』(Madlib Invazion)は、レーベル名が示すようにヒップホップの世界で知られた「マッドリブ」ことオースティン・ジャクソン・ジュニアと、同じくジャズとヒップホップ・シーンを横断するドラマー、ビートメーカー、カリーム・リギンスによる新チーム、ジャハリ・マッサンバ・ユニットによる新作です。
伝統的ジャズファンはどうしてもソロに耳が行きがちですが、ヒップホップ・シーンを通過した“ジャズ”は、むしろリズム / ビートこそが聴き所となっています。このアルバムも聴き手の身体に沁み込むようなビートに浸ることによる心地よさが聴き所です。
冒頭の2枚はまさに「今のジャズ」ですが、現代ジャズのもう一つの方向に作曲の重視があります。今や大御所、パット・メセニーの新作『Road To The Sun』(BMG / ADA)は作曲家としてのメセニーを前面に打ち出し、今回収録したトラックは自作曲をメセニーではなく、グラミー賞も受賞したアメリカのクラシック・ギタリスト、Jason Vieauxが演奏しています。興味深いのは、誰が演奏しても出てくる音はメセニー・ミュージックなのですね。
今回個人的に一番気に入ったアルバムは、グレッチェン・パーラトの10年ぶりのスタジオ録音最新作『フロール』(Core Port)でした。彼女はジャズ・ヴォーカリストとして必須の条件を100%満たしています。それは一声でグレッチェンとわかる個性的なヴォイスと歌い回し。ジャズを他の音楽ジャンル分ける重要なポイントは、インスト、ヴォーカルに関わらず、「人が聴こえるか」にあります。楽曲に関わらずカマシ・ワシントンの演奏からはカマシの堂々たる演奏姿が浮かび上がるように、グレッチェンの歌からは彼女のキュートな存在感が活き活きと実感できるのですね。
それに加え、この新作の聴き所は歌手としてのグレッチェンの「引き出しの多さ」でしょう。実に様々なタイプの楽曲をすべて魅力的かつグレッチェンの歌にしているのは見事としか言いようがありません。ヴォーカル・ファン、必聴のアルバムです。
今回はクラシカルなサウンドのギター・アルバムが重なりますが、アルゼンチンのピアノ、パーカッショニスト、カルロス・アギーレがイスラエルのギタリスト、ヨタム・シルバースタインと共演したデュオ・アルバム『En el jardin』(Inpartmaint Inc)は、暖かさと音楽に対する慈しみの感情に溢れた作品です。コロナ禍で荒みがちな心を癒す素晴らしいアルバムです。
最後は桑原あいの『Opera』(Verve)。彼女の音楽を愛する著名人たちがリクエストした楽曲を桑原がソロ・ピアノで披露するという趣向で、これが彼女の新境地を拓いたと言えそうです。タイトルの「オペラ」とは、このアルバムがクラシック向けのホール、東京オペラシティ・ホールで録音されたことに由来するもので、奥行と空気感豊なアコースティック・ピアノの音色が堪能できます。聴き所は何と言っても桑原のピアノ・テクニックで、繊細さと力強さを併せ持った演奏は聴き手圧倒させる力があります。
文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

USEN音楽配信サービス 「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」
東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるのスピーカーから流れる音をそのままに、店主でありジャズ評論家としても著名な後藤雅洋自身が選ぶ硬派なジャズをお届けしているUSENの音楽配信サービス「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」。毎夜22:00~24:00のコーナー「ジャズ喫茶いーぐるのジャズ入門」は、ビギナーからマニアまでが楽しめるテーマ設定でジャズの魅力をお届けしている。
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