まずご紹介するのはベテラン、サックス奏者ジェリー・バーガンジーのクインテット・アルバム『ザ・セヴン・レイズ』(Savant)です。楽器編成はバーガンジーのテナー・サックスにフィル・グレナディアのトランペット、それをピアノ・トリオのリズム・セクションが支えるオーソドックスなスタイル。ちなみにフィル・グレナディアは、ブラッド・メルドーのベース奏者として知られたラリー・グレナディアのお兄さんです。
演奏はごくオーソドックスなスタイルでメンバーの息も合い、良い意味で安心して聴ける作品と言えるでしょう。ていねいにフレーズを積み上げて行きつつも温度感の高いバーガンジーのテナー・サウンドは、好感が持てますね。そしてそれを支えるフィル・グレナディアの颯爽としたトランペットも心地よい。
2枚目のアルバムは、第1回新譜特集でご紹介したイギリスのベテラン、サックス奏者、ジュリアン・アーギュロスの『Tonedas』(EDN)。こちらはアーギュロスがワンホーンでじっくりと聴かせる演奏で、けれん味のないストレートなスタイルはジェリー・バーガンジーに通じるものがあります。ただ、バーガンジーがいかにもホットな「アメリカン・ジャズ」なのに比べ、アーギュロスの演奏はイギリスの風土のせいか、若干の渋みというか香辛料が効いているようにも思えます。
そして今回の目玉はブラッド・メルドーの話題作『ファインディング・ガブリエル』(Nonesuch)でしょう。90年代、先ほど触れたラリー・グレナディアらを率いた個性的ではあってもオーソドックスなピアノ奏者としてファンの前に登場し、その後果敢にポップスに挑戦した作品などで単なるピアニストの枠を超える「音楽家」としての存在感を増してきたメルドーが、マーク・ジュリアナと5年ぶりの共演を果たしたのが本作です。
聴き所はコーラスを多用したユニークな世界観の提示で、これは聖書にインスパイアーされたことが大きいようです。タイトルあるガブリエルとは、旧約聖書に登場する大天使ガブリエルのことで、それだけに描き出された音楽世界のスケールは壮大です。メンバーも豪華で、きらびやかなトランペットは話題の新人アンブローズ・アキムシーレ、そして何とバック・コーラスを務めるのはこれも注目のヴォーカリスト、ベッカ・ステーヴンスというのですから、これは聴き逃せません。
音楽の傾向こそ異なれ、メルドーの新作はカマシ・ワシントンらが目指す「テーマ性のあるジャズ」の一環と捉えることが出来るでしょう。
北欧のベース奏者、ジャスパー・ホイビー率いるピアノ・トリオ「フロネシス」によるアルバム『ウィ・アー・オール』(EDN)は、とてもアコースティック・ピアノ・トリオとは思えないダイナミックで刺激的な演奏が魅力ですね。それもいわゆる“フリー・ジャズ”ではないスタイルで斬新さを出しているところが聴き所で、ヨーロッパを中心に彼らが高い評価を得ているのがよく理解できるアルバムです。
次にご紹介するデクスター・ストーリーの新作『Bahir』(Rings)は実に興味深い作品です。デクスターはLAで生まれ育ったアフリカ系アメリカ人ですが、この作品はなんとエチオピア音楽の影響を強く受けているのですね。ご存知かもしれませんが、エチオピアの音楽は日本の歌謡曲にとてもよく似ているのです。以前ご紹介したマーク・ド・クライヴ・ロウの音楽も日本趣味全開でしたが、こうしたタイプのエスニック・テイストが今ジャズ界で注目されているのはたいへん興味深い現象です。
最後にご紹介するジュリアン・ラージのアルバム『Love Hurts』(Mac Avenue)は、彼のギターの上手さが光ると同時に、彼の音楽的バック・グラウンドの広さが聴き所でしょう。懐かしいようなメロディ、心に染み入るフレーズが温かなギターで奏でられます。
文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

USEN音楽配信サービス 「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」
東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるのスピーカーから流れる音をそのままに、店主でありジャズ評論家としても著名な後藤雅洋自身が選ぶ硬派なジャズをお届けしているUSENの音楽配信サービス「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」。毎夜22:00~24:00のコーナー「ジャズ喫茶いーぐるのジャズ入門」は、ビギナーからマニアまでが楽しめるテーマ設定でジャズの魅力をお届けしている。
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