遊び心の追求と体現はブランドのアイデンティティー
カンペールの靴は、ブランドを知る人ならひと目でカンペールと分かる「個性」がある。それはブランドアイデンティティーである「PLAYFUL(遊び心に溢れる)」を追求してきたからこそだろう。その歴史は初代が英国で靴作りの技術を学び、1877年、マヨルカ島に持ち帰ったことに始まる。グッドイヤーウェルト製法で高品質な靴を作るために生産を機械化し、その現場には進取の基質を備えた靴職人を集めた。自らの故郷である地中海にインスピレーションを得たデザイン、最高の素材、最新の機械、靴作りの伝統と職人技を人間的なアプローチで融合させ、家族経営によるビジネスを発展させた。
その基盤の上に、1975年以降はカンペールというブランドとして、一貫してプロダクトに体現してきたのが「プレイフル」であることだった。最も想起されるのはアイコンコンセプトだろう。「靴は左右同じもの」という常識を覆し、左右が異なるアシンメトリーなデザインを出現させた。既成概念に反旗を翻すとかではなく、人間の情緒である喜びを生み出すために遊び心を靴に体現することで、斬新でありながら思わず笑顔になるデザインへと収斂されたイメージだ。
遊び心の体現は店舗の空間デザインについても変わらない。カンペールは現在、世界約40カ国に店舗展開しているが、店舗ごとの「個性」を重視した空間を創ってきた。日本で展開する直営店47店舗も同様だ。直近では例えば今年3月に移設リニューアルした大阪髙島屋店と8月に新規出店した池袋パルコ店は、マヨルカ島へのオマージュをコンセプトに地中海らしい不規則なテクスチャーのタイルを使用し、ブランドを象徴する赤と白で構成。8月にリニューアルした新丸ビル店も同じコンセプトながら、ナチュラルカラーの長方形の無垢粘土タイルとグリーンのコントラストで地中海のアイデンティティーを表現した。いずれもカーボンフットプリント削減のため、世界中で入手可能な素材を採用していることも特徴となっている。その後、既存店舗とは全く異なるコンセプトストアとして9月19日にオープンさせたのが渋谷パルコ店だ。
インスタレーションを接点に始まるブランドコミュニケーション
「カンペール渋谷パルコ」は、渋谷パルコの4階に立地。店舗を構成する要素を可能な限りそぎ落とし、モルタルとスチールによるグレーを基調とした51㎡のミニマルな空間は、壁面の棚や売り場内に点在する什器に整然と陳列されたプロダクトを際立たせる。大きな特徴は、シーズンごとに変化するインスタレーション。このインスタレーションによって、ブランドの世界観やシーズンテーマを伝えていく。什器類は可動式で、天井にはパーティションなどを随意に設置できるレールを設けることで、ディスプレイの自由度を高め、インスタレーションやVMDのフレキシブルな展開を可能にした。
オープニングを飾ったのは、アーティストユニット「DAISY BALLOON(デイジーバルーン)」によるインスタレーション。今年3月に開催されたカンペールの50周年イベント「CAMPER 50 YEARS YOUNG」の会場で行ったインスタレーションを渋谷パルコ店のオープンに際して再構築した。50周年イベントではブランドのシグネチャーカラーとロゴ、アイコニックモデルの「PELOTAS(ペロータス)」と「KOBARAH(コバラ)」の特徴的なシルエットやソールを大胆なバルーンアートで表現したが、今回は共鳴を意味する「Resonance(レゾナンス)」をコンセプトに、粒子に見立てた丸いバルーンが新たに形を成していく様子を可視化した。「丸い形が外側から中心に向け、振動しながら形を変えていく、それらは個々の変化と同時に、全体を通して記憶の像を形成していく」(デイジーバルーン)過程を体感できるアート作品だ。インスタレーションを横や近くから見ると不規則なバルーンの集まりに見えるが、正面通路から見るとカンペールのブリッジロゴが現れる。実店舗だからこその体験を通じて来店客とブランドがつながるきっかけであり、カンペールが重視してきたコミュニケーションの在り方を象徴するアプローチとも言えるだろう。
「カンペールはアートやカルチャーを大事にしてきたブランド。渋谷パルコという館も、ファッションはもちろんアートやカルチャーも楽しみに来館するお客様が多く、インスタレーションの取り組みは親和性があります。実際、インスタレーションがきっかけで入店し、初めてカンペールを知ったというお客様も多い」と同社。渋谷パルコは訪日外国人客を含む年齢層も幅広い来館があり、特に若年層にとっての存在感を増している。カンペールが2015年から注力してきた25~34歳のコアターゲット層と合致することから、アートとVMDを融合させることでエントリー客の入り口的な空間となっていくことが期待される。
アイコンから店舗限定品まで渋谷パルコ店ならではの品揃え
オープニングでは25年秋冬シーズンのコレクションから、渋谷パルコの客層を想定してセレクトしたラインナップをレイアウトした。
さっそく動いたのは、今季デビューした「KARST 2(カースト 2)」。自然由来素材とリサイクル素材を組み合わせたサステイナブルなユニセックスライン「KARST(カースト)」を進化させ、よりパフォーマンス性を充実させた。最大の特徴は、カンペールが独自開発した超臨界発砲技術による「ReXarge®フォームミッドソール」。発砲EVA素材により衝撃を吸収しながらエネルギーを還元することで、接地後の素早い反発性と快適な履き心地を実現した。アッパーは柔らかなレザー。アウトソールにはグリップ力に定評の高いヴィブラム社製を採用した。レースアップスニーカーとメリージェーンの2タイプがあり、レースアップタイプはツインズ仕様の左右非対称カラーも揃える。渋谷パルコ店では、レースアップタイプのアッパーにエンジニアードメッシュ素材を施した限定モデルも展開する。
オープニングでは25年秋冬シーズンのコレクションから、渋谷パルコの客層を想定してセレクトしたラインナップをレイアウトした。 さっそく動いたのは、今季デビューした「KARST 2(カースト 2)」。自然由来素材とリサイクル素材を組み合わせたサステイナブルなユニセックスライン「KARST(カースト)」を進化させ、よりパフォーマンス性を充実させた。最大の特徴は、カンペールが独自開発した超臨界発砲技術による「ReXarge®フォームミッドソール」。発砲EVA素材により衝撃を吸収しながらエネルギーを還元することで、接地後の素早い反発性と快適な履き心地を実現した。アッパーは柔らかなレザー。アウトソールにはグリップ力に定評の高いヴィブラム社製を採用した。レースアップスニーカーとメリージェーンの2タイプがあり、レースアップタイプはツインズ仕様の左右非対称カラーも揃える。渋谷パルコ店では、レースアップタイプのアッパーにエンジニアードメッシュ素材を施した限定モデルも展開する。
アウトソールにはヴィブラム社製ソールを使用(渋谷パルコ店限定)
「カースト2」のメリージェーンも人気
「TWINS(ツインズ)」では、クラシカルモダンなローファーのユニセックスモデル「WALDEN(ウォールデン)」の店舗限定モデルを投入。厳選されたプレミアムレザーと頑丈なアウトソールを組み合わせたタイムレスなスタイルに、バーガンディとパステルピンクのカラーブロックを大胆に配した。
レザーシューズでは18年のデビュー以来、人気を継続する「PIX(ピクス)」が注目。アッパーにマットなレザーを用い、分厚いラバーアウトソールに垂直に切り込みが入ったデザインが特徴で、ウィメンズの「BCN(バルセロナ)」と「ロンドン」、ユニセックスの「ベルリン」という都市名の付いた3タイプを展開している。カジュアルにもオケージョンにも履けるタイプが多く、重厚な見た目に反して軽量なのもウケている。レースアップもあれば、ローファーもあり、ブーツもあるのに同じモデル名なのは、カンペールでは靴のデザインではなく、アウトソールの形状ごとにモデルを分類しているから。他のモデルもシューズもソールを見ればモデル名が分かるようになっている。前出のメリージェーンがカースト2なのも同じ理由からだ。
「ツインズ(ウォールデン)」渋谷パルコ店限定「ツインズ(ウォールデン)」
「ピクス(ベルリン)」
「ピクス(ロンドン)」のブーツ
「ピクス(ロンドン)」のローファー
今年で発売30年を迎えるアイコンシリーズ「PELOTAS ARIEL(ペロータス アリエル)」は、ヨーロッパ製にこだわり、カンペールの靴作りの伝統を象徴するモデルとなっている。PELOTASとはスペイン語でボールを意味し、手縫いのサッカーボールからインスピレーションを得てデザインされたのが始まり。ヨーロッパ産の植物タンニンなめし革(LWG認証)を使用したアッパーと87個のラバーボールで構成されたアウトソールを、ボールさながらに360度のステッチで縫い合わせた耐久性の高い構造が特徴だ。新作は前年から展開する手作業でブラッシュ加工を施したビンテージ感が魅力のレザースニーカーや、90年代のアーカイブをベースにしたボクシングブーツスタイルのハイブーツなどを提案し、好評を集めている。
サステイナブルかつクリエイティブな物作りをプレイフルに体感
カンペールは近年、サステイナブルな物作りへの取り組みも積極的に進めている。「人と地球への貢献に終わりはないことを前提として、少しずつ、より良く変えていく、しかし完成はしない旅がサステイナビリティーと考え、全てのプロセスが透明で、倫理的で、環境に配慮したものになるよう努めています」と同社。
この数年では、サーキュラーエコノミーのコンセプトに基づいて単一の原材料(EVA)で生産することで原料廃棄ゼロ、製造工程の簡略化により二酸化炭素排出量の大幅削減、簡単に分解して新しい素材や製品へのリサイクルも可能にしたサンダル「KOBARAH(コバラ)」(21年に旧モデルをサステイナブル素材で復刻)、最小限の原料とパーツに絞り込むことで廃棄する際も素材ごとに簡単に分別し、リサイクルを可能にした循環型シューズ「JUNCTION(ジャンクション)」(22年発売)などを開発している。
カンペール渋谷パルコ店では、渋谷パルコの6周年記念企画「SHIBUYA PARCO 6th Anniversary」を記念して、11月21~24日の期間中、ジャンクションにフィーチャー。スニーカーモデル「JUNCTION RUNNER(ジャンクション ランナー)」のホワイトとブラックに加え、ネイビー(メンズ)とブラウン(ウィメンズ)も展開する。アクセサリーのラバーキャップは渋谷パルコ店のみ全色を揃える。
24年に発表した「ROKU(ロク)」は、サステイナブルでありながらパフォーマンス性も高く、「プレイフル」を追求するカンペールのフィロソフィーを体現したユニセックスシューズとしても興味深い。モデル名は日本語の「6」を表し、シューズは分解・交換可能な6つのパーツで構成され、全てがリサイクル素材でできている。各パーツを組み立て、シューレースで固定するだけで履くことができる。4種類のパーツが入ったパックもECサイトで購入できるのでカスタマイズも楽しめ、寿命になったパーツはリサイクルできる。ファーストモデルは4色展開で、パーツ交換によるカスタマイズは64通り。シーズンごとにカラー展開が増えているので、さらに楽しみは広がった。「発売以来、ターゲット層を中心に人気で、SNSでの写真投稿も多いプロダクト」となっている。渋谷パルコ店でも注目度の高いアイテムだ。
カンペールはサステイナブルかつクリエイティブな物作りを続けながら、15年からはハイエンドライン「CAMPERLAB(カンペールラボ)」も展開し、24年にはアパレル領域に進出している。特に19年にアキレス・イオン・ガブリエル氏がクリエイティブディレクターに就任して以降は世界に支持を増やし、26年春夏シーズンにはパリ・ファッションウイークでランウェイショーを行うまでに成長した。現在はガブリエル氏がメインブランドであるカンペールのクリエイティブディレクターも務めている。一方、カンペールジャパンでは日本企画によるバッグも製作し、ビジネスのもう一つの軸に育ってきている。カンペールがシューズを軸としたトータルファッションカンパニーへと可能性を広げる中、今後はその多様な取り組みをブランドの世界観と共に伝える場としても、コンセプトショップである渋谷パルコ店の在り方が注目される。
写真/遠藤純、カンペールジャパン提供
取材・文/久保雅裕
関連リンク

久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。