――浜田さんは1974年生まれだそうですが、ご自身の音楽的なプロフィールをお聞かせいただけますか?
「音楽は物心がついた頃から、主に洋楽を聴いていました。マイケル・ジャクソン『オフ・ザ・ウォール』(1979年)が好きでしたね。あとはアメリカのチャート物から、高校生の頃に UKブームだったのでザ・ストーン・ローゼズやザ・シャーラタンズ、大学時代はオアシスですね……といったロックや、808ステイトやKLFといったダンスミュージックも好んで聴いていました。近年は移動が多いので、もっぱらストリーミングサービスで様々な音楽を聴いています。ヨーロッパでは自分で運転する機会が多いので、そういう時間もよく音楽を聴いています」
――クラシックもお好きで、訪れた先で公演に足を運ぶことも多いそうですね。
「クラシックは元々親が好きで、小学校の頃からオーケストラのコンサートに連れていってもらっていました。僕が通っていたイェール大学は、音楽教育ではジュリアード音楽院などに次ぐ有名どころで、学部のオケもかなりレベルが高いんです。僕の在学中だとヨーヨー・マがマスタークラスを教えに来たり、毎週末、かなりハイレベルな学内コンサートを安価か無料で観ることができたので、それで改めてハマりましたね」
――レストランという空間における音楽の存在意義について、浜田さんの考えを聞かせてください。
「レストランを構成する要素は、皿の上に乗っている料理以外にも大事な要素があります。端的に言えば、有形なものであれば室内建築や装飾など、無形なものならばサービスなどが挙げられます。レストランという場所の体験価値には、もちろん料理が美味しいお店もあるし、それに越したことはないのですが、なかには、ずば抜けて美味しいわけではないのだけれど、何だかまた訪れたくなるお店というのもありますよね?」
――確かに。それは、俗に言う、ホスピタリティの良いお店、居心地の良いお店ということでもあるのでしょうか?
「ええ。そのあたりの自分の考えかたについては、2024年に上梓した『美食の教養』(ダイヤモンド社刊)にも書きましたが、僕にとっての何だかまた訪れたくなるお店の多くは、店内で流れている音楽、つまりBGMが構成要素の大きな一つだった。いわゆるファイン・ダイニングと呼ばれる海外の高級レストランには、音楽に気を遣っているお店も多く存在します。その理由の一つとしては、海外のトップクラスの料理人に、アーティスト気質の人が多い点が挙げられます。日本のトップクラスの料理人のかたは、比較的アルチザン気質――いわゆる職人気質ですね――のかたが多い。アーティスティックな人というのは、絵であろうが、料理であろうが、アウトプットの媒体を選ばないので、料理の器のような有形なものと同じように、音楽にも自分なりの拘りをお持ちのかたが圧倒的に多いんです」
――なるほど。ほかにはどういった要因が挙げられますか?
「お店の規模感でしょうか。日本では、寿司文化が象徴的な通り、数席のカウンターだけでもお店が成立します。でも、海外でカウンターだけのお店というのは、極端に小さい部類に入る。つまり、大抵はワンオペではなく、チームで運営することになる。すると、たまたまシェフが音楽に興味が無くても、誰か音楽のセンスに秀でた人がいたりするんですね。一概には括れないものの、このあたりは大きな要因ではないかと感じています」
――これまでの店内BGM体験として興味深かったものは?
「音響も含めて考えると、イタリアはブルニコにあるAtelier Moessmer(アトリエ・メスマー)という三つ星のガストロノミーでしょうか。音楽に造詣が深いシェフがやっていて、スピーカーも、特別な一つのスピーカーだけで音が部屋中に回るように考えられていて、音に包まれるような感覚を体験しました。建物と空間に合った音楽という点では、FPM(Fantastic Plastic Machine)の田中知之さんがキュレーションを手掛けられている猿田彦珈琲 The Bridge原宿駅店や、同じく田中さんのキュレーションによるパリ16区のフレンチレストラン、Blanc Paris(ブラン・パリ)は面白いですね」
――さて、今回のプレイリストを作るにあたって、プレッシャーなどは感じられましたか?
「著書でさまざまなレストランについてあれこれ書いていますので、多少は感じました。でも、“その分の責任は負わなきゃな”という思いもありましたし(笑)、総じてとても楽しかったです」
――では、今回のプレイリストのテーマを聞かせてください。
「今回はプレイリストを3つ作れる機会ということでしたので、まずはリラックスする時間を演出するものを考えました。リラックスは、おそらくレストランに向けた音楽でも、特にニーズのあるテーマでもあると思います。ただ、リラックスがテーマではあるものの、アンビエントっぽい曲は入れず、基本的に全てビートがある曲で構成しています」
――それでいて、全体的なBPMは均一に揃っていますね。
「はい。曲順や曲間が認識出来ないぐらい、同じような速さとトーンでシームレスに音楽が流れていきます。つまり、抑揚が無いので、音楽を聴くためのプレイリストではありません。誤解を恐れずに言えば、“音楽が気になり過ぎない”プレイリストといったところでしょうか。レストランでリラックスして料理を食べていただくためのプレイリストということです。レストランを出た後、“そう言えば何か音楽が鳴っていたかも?”と思っていただけたら本望ですね。DJやミュージシャンといった音楽のプロの方々は、そのかたのキャラクターや美意識、エゴが反映されるものがニーズとして求められると思いますが、自分はそういう立場ではないという“わきまえ”も、かなり意識しました」
――とは言うものの、ハイスペックなトラックメイカーやDJ、センスの良いバンドやジャズセットに、STUTSさんのような旬な存在が並んでいて、浜田さんのリスナーとしての嗜好も垣間見えます。
「最初はどうしても僕自身が好んで聴いて知っているアーティストから並べましたが、最終的にはやはりレストランでリラックスしてもらう上での最適解という目線で整えました。既知のアーティストの知らなかった曲にも出会えて、それも楽しかったですね。大まかなジャンルの括りとしてはジャジーなHIP HOPやローファイということになると思うのですが、そのためにもあまりいろんなジャンルに手を出さずに、全体を通してミニマルテクノみたいな“心地良い単調さ”を描き出せればと考えました」
――確かにミニマルテクノは言い得て妙ですね。あと、U.F.O.(United Future Organization)の曲が選ばれているのも興味深かったです。
「そこだけは先程お話ししたエゴと唯一矛盾する思い入れなのですが(笑)、昔からU.F.O.が大好きなので、1曲入れておきたくて選びました。でも、U.F.O.って比較的BPMが速めの曲が多いので、入れ込むのに少し苦労しました。2000年頃、青山のBlueというクラブによく行って、U.F.O.の方々がレコードを回しているのも見ていたので。言わば、私的な“エモい”ポイントですね」
――曲のタイトルには、春夏秋冬という四季と、“日本”が含まれていますが、そこは意識されてのことでしたか?
「このプレイリストを利用していただくお店のかたやお客さまがたの大半は日本人のかたでしょうから、そこでより親しみや琴線を感じてもらえたらと意識はしました。とは言え、海外のかたが聴いても普遍的な心地良さを感じていただけると思います。僕自身、オランダやドイツの店で日本のジャジーなHIP HOPを聴いたことがあるのですが、めちゃめちゃエモい気持ちになった経験があります(笑)。もしかすると海外のかたには少しエキゾチックに感じていただけるかもしれませんね」
――音楽が気になり過ぎないということで言えば、音楽を店内でかけるボリュームも重要なポイントな気がします。
「まさにそうですね。欧米の比較的華やかな流行りのお店では、BUZZ――ある種の心地よい喧騒ですね――を生むために、わざと大きなボリュームでかける場合もあります。音楽のボリュームが大きいと人は声を張らなきゃならなくなり、声を張るとテンションが上がるからですね。照明をメニューが読めないぐらい暗く落としてムーディーな演出を生むのと同じようなセオリーです。以前、音楽プロデューサーの友人と訪れた日本の寿司屋に、聴こえるかどうかという僅かなボリュームで波の音を流しているお店があって、とても感動しました。このプレイリストも、その場や料理に合ったボリュームで試していただければと思います」
――最後に、改めてプレイリストを活用していただくユーザーの皆様に向けて一言お願いします。
「無論、その空間におけるベストな音楽を目指すのならば、建築の段階から音響まで考えるフルオーダーということになりますが、当然、コストもかかりますし、既存のお店でそこまでは……という考え方もあるでしょう。そこで、仮にこれまでの数値が90点だった体験が、このプレイリストを使っていただくことで93点や95点くらいまで上がるかもしれない、といったプレイリストを目指しました。正解は一つではないという前提で、料理に飲み物をペアリングするような感覚で考えました。料理を邪魔しないという究極で言えば、飲み物ならば水、つまり音楽ならば無音ということになってしまいますが、それよりはもっと料理が引き立ち、楽しめるペアリングのような音楽があるんじゃないかな?という考え方です。つまり、無いよりはあったほうがいいのでは?といったご提案ですね。皆様のお店に合わせて、有効に活用していただけたらうれしいです」
――今後公開予定の2つのプレイリストも楽しみです。
「最初がリラックスでしたので、次はもっとエッジィな攻めのアプローチというか、良い意味で背筋が伸びるものになるかもしれません。これから考えますが、楽しみにしていただけたら幸いです」
(おわり)
取材・文/内田正樹
監修/大園絢音、北村魁知(USEN)
写真/平野哲郎
取材協力/Suppage(株式会社Styrism)
「OTORAKU -音・楽- 」PLAY LIST「Chillhop Dining BGM」by 浜田岳文
1. UNITED FUTURE ORGANIZATION「TEARS OF GRATITUDE」
2. re:plus band set「Solitude」
3. Kan Sano「On My Way Home」
4. Anomalie「Notre-Dame Est」
5. nitsua「Morning Horizon」
6. Jazztronik「EVOKE」
7. STUTS「Conflicted」
8. Uyama Hiroto「End of the road」
9. Ljones「July」
10. Ljones「Mango Kimono」
11. Ljones「Autumn Groove」
12. Ovall「Slow Motion Town」
13. Shingo Suzuki「Night Lights 2020」
14. 賽「JAPAN THREE (feat.澤村一平)」
15. Kazuhiro Bessho「HARU」
16. Blazo「Essential Violet」
17. re:plus × 島裕介「Evening glow」
18. Ljones「Feelings, Mutual」
19. Bonobo「Terrapin」
20. L'indecis「Soulful」
21. L'INDECIS「Second Wind」
22. SUKISHA「Cigar」
23. 7SEEDS,GREEN ASSASSIN DOLLAR「Everything」
24. 7SEEDS,GREEN ASSASSIN DOLLAR「Lights」
25. 7SEEDS,GREEN ASSASSIN DOLLAR「Osdope」
26. DJ OKAWARI「Luv Letter」
27. tsunenori「Umbrella」
28. Anomalie「Mollo」
29. Jazztronik「Still Sea」
30. nitsua「shadow of a tree」
31. nitsua「slow light on a feather」
32. Ovall「Neon」
33. Shingo Suzuki「Echo From The Sky」
34. Blazo「Exotic Azure」
35. Blazo「Lucid Dream」
36. Bonobo「Jets」
37. Bonobo「Ontario」
38. L'indecis「Wine & Roses」
39. SUKISHA「Decision And Beginning, Minami-osawa」
40. SUKISHA「Welcome to NewNormal」
41. DJ OKAWARI「Daydream」
42. DJ OKAWARI「After the Wind」
43. tsunenori「View of the Ocean」
44. tsunenori「Another Perfect Day」

浜田岳文『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』BOOK INFO
発売日:2024年6月26日(水)発売
1,980円(税込)
ダイヤモンド社
…… and more!
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浜田岳文「Chillhop Dining BGM」インタビュー(前編)――"Foodie"という生きざま
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