──まず、Cover Selection『ICON』を制作するに至った経緯から聞かせてください。

「きっかけは、去年の 10月に博品館劇場で行われたイベント『祝!昭和100 THE SHOW = FOUR SEASONS』に出演させていただいた時に、制作の方に“野島さんの声に合うはずだから”とおっしゃっていただけて、「私はピアノ」を歌わせていただいたんです」

──桑田佳祐さんが作詞作曲して、原由子さんが歌った、サザンオールスターズの曲ですね。1980年にリリースされて、同年に高田みずえさんや研ナオコさんがカバーしています。

「実は、私はその提案をいただいたときに初めて「私はピアノ」を聴いたんです。それまで歌ったことのないテンポ感と歌い回しで…息が続かなかったり、歌えてはいるけど歌いこなせていない感覚があったので、毎日のように練習して本番に挑みました。その日のライブ映像をTikTokに投稿してみたら、たくさんの人に見ていただいて。その時点では、私もマネージャーさんも“え? どうして?”という感じでした」

──これまでとは違う反響があったんですね。

「そうなんです。そのあと、去年の11月に地元の名古屋で『野島樺乃One Man LiveECHOES vol.01~』の昼公演で、昭和歌謡メインのカバーライブを開催しました。その時に歌った「私はピアノ」のライブ映像をSNSに投稿すると、100万回再生を超えたり、フォロワーが35,000人くらい増えたり、今までにないくらいの反響をいただいてたんです」

──カバー動画がバズったことはどう感じましたか?

「私が一番驚きました(笑)。「私はピアノ」が持っている力を感じましたし、46年前の曲なのに、今もこんなに熱烈なファンの方がいるということにも驚いて。しかも、11月にワンマンを名古屋で開催してから、12月にあったお仕事もほどんど愛知だったので、1ヶ月くらい実家に帰っていたんです。お仕事がない日は、朝起きて、家の掃除をして、家族でお昼を食べて…みたいな普通の何の刺激もない毎日を送っていました。年の瀬はみんなが忙しくしているのに、私はこんなにオフがたくさんあって大丈夫かな?って…」

──ソロデビュー1年目の年末ですよね?

「はい。“これは大丈夫じゃない!”と思っていました(笑)。だから、SNSの発信を頑張ろうと思って、毎日のようにコンスタントに動画を更新し続けていました。ある日、寝て起きたら1,000人、2,000人とフォロワーが増えていました。それはそれで、逆に怖いじゃないですか」

──あははは。あまりにも急だから。

「昨年の4月にソロデビューしてから、毎日、死に物狂いで編集して、“バズれ!”と思いながら投稿もしていたんです。路上ライブをしても、フォロワーは10人か20人増えるくらいだったのが、寝て起きてたら1,000人、2,000人と増えていて。改めて、SNS の拡散の影響力と速さに怖さを感じながらも、そうやって伸びた時に、皆さんが他の映像を遡って見ていただける状態にはできていたから、やっぱり継続は力なりだとも思いました。きっかけが一つあると、その後に上げる動画も皆さんが見てくれるようになったので、今年に入って改めて SNS の影響力の強さを知りました」

──野島さんをグループ時代から追いかけている身としては、ラテン歌謡の「私はピアノ」でバズったのが意外でした。

「そうなんですよ。私も今まではバラードでしっとり聴いていただく楽曲が多かったですし、自分もそういう楽曲を好んで歌っていました。リズムも疾走感もある楽曲で、私自身はすごく難易度の高い曲だと思っていましたし、テンポが速いからこそ表情をつけるのが難しかったです。“ただ歌っている”にはならないように歌っていたので、“私の声に合っている”という声をいただけたことがすごく嬉しかったです。自分では気づけなかった、新たな発見でした」

──改めて、「私はピアノ」の歌詞はどう捉えましたか?

「<ラリー・カールトン>や<ビリー・ジョエル>とか、海外アーティストさんの名前が出てくるのが面白いですし、<女にゃ>という言い方はなかなか最近の曲では使われないので、楽曲自身が持つ昭和の雰囲気みたいなものにすごく惹かれました」

──失恋ソングですよね。

「いろんな捉え方ができる楽曲ですよね。切なくて哀愁が漂っていますけど、もう割り切ってるような強さも感じます。感情が整理はされているようで、畳みかけるように歌ってもいて。失恋ソングってねっとりしっとりと歌うことが多いですけど、この楽曲は言いたいことを全部畳みかけるように言って、すっきり終わる感じが私は好きです。でも、言葉の節々に<あなたがいなければ一から十までひとり>とか、<あなた>という存在がいたから、私は私らしくいれたというメッセージがこもっていて。私にはまだ共感できない恋愛ですけど、“自分の青春の歌です”とか、“昔の恋愛を思い出しました”と言ってくださる方も多いので、そういう方に届けば嬉しいです」

──レコーディングにはどんなアプローチで望みましたか?

「私もいろいろな昭和歌謡を聴いてきましたけど、ただの“渋”ではなくて、本当に独特で、似たような歌もないと思ったので、練習しながら苦戦しました。“これはどうやって一息で歌っているんだろう?”とか、こんなに畳みかけるように歌っていたら、感情のつけどころがないというか…とても難しかったです。原さんも高田みずえさんも淡々と軽快に歌われている感じはありますけど、みなさんの色が違って独特で、真似しようと思ってもできなかったので、“私は私”と思って歌いました」

──野島さんバージョンはどんな想いで歌ったのでしょうか?

「私は令和にブラッシュアップした感じで歌いました。あえて自分のよく使うエッジボイスやタメ、ビブラートを生かして自由に歌っています。それが原さんや高田みづえさんとは全く違うから、初見で聴いた時に別物と思いますし。昭和の奥ゆかしさがあるか?と言ったら、少し令和に寄ってるというか…。地声と裏声の行き来も多いので、そこは自分の歌唱力も表現できるポイントだと思ったので」

──コメントでは“妖艶だね”とか、“余裕がありそう”という意見が多いですね。

「逆に“僕が知ってる歌じゃない”とか、“違う!”という声もいただきますけど、リアルの世代を生きてこられた方々が、何十年も経った後に、25歳の私が歌う「私はピアノ」を聴いて、“野島さんバージョンも好きです”と言っていただけると嬉しいです」

──『ICON』では、シティポップブームの火付け役となった松原みき「真夜中のドア~Stay With Me」(1979年)もカバーしています。

「高校生の頃からこの楽曲が好きで、プレイリストに入れていました。ベースのリズム感とか、サウンドがすごく好きで。流行に乗っかってミーハーでカバーしたように感じる人もいるかもしれないですけど、ライブでもう何度も歌わせていただいている楽曲で、私なりの世界観が出来上がっていて…」

──どんな世界観ですか?

「私は等身大で歌っています。言葉で表すのは難しいんですけど、ピュアでありながら少し計算高い女性をイメージしながら歌っています」

──(笑)。ピュアでありながら計算高い女性が等身大なんですか?

「等身大です。あはははは。“私は私、貴方は貴方”と、突き放すような感じで言いつつも、“昨夜言っていた貴方の言葉とか、貴方のそのジャケットのシミとか、細かいところを気にしているのよ“という鋭さを持っているという」

──この曲も別れの歌ですね。

「そうですね。でも、寂しさの割合は少ないように感じています。松原みきさんの原曲を聴いても、そんなに寂しさは感じられないです。気持ち良く伸び伸びと歌われているのが印象的だったので、私もABメロには素直な感情を乗せつつ、サビは気持ちよく歌っているので、その伸びを皆さんにも聴いてもらいたいですし、フェイクの部分はこだわって、ライブでは毎回変えています。だから、音源でも聴いていただいて、ライブではまた違う歌い方を楽しんでもらいたい一曲です」

──そして、竹内まりやさんが中森明菜さんに提供した「駅」(1986年)をカバーしています。

「以前からファンの方からのリクエストが多かった曲でもあり、私のお母さんがすごく好きな楽曲でもあるんです。お母さんが大学生の頃に、竹内まりやさんのバージョンを聴いていたらしくて。失恋した友達がこの曲を聴いて泣いていて、それにつられて泣いたという思い出があるようなんです。お母さんは今でも聴いていますし、歌詞がとてもいいんですよ。胸が痛くなるくらい哀しいですし、何十年も前の曲ですけど、すごく共感できる恋愛だと感じていて。恋愛って昭和も平成も令和も変わっていないって思います」

──歌詞のどこに共感しましたか?

「別れて自立していく女性の姿を描いていると思うんですけど、<あなたがいなくてもこうして/元気で暮らしていることを/さり気なく告げたかったのに>とか…“別にあなたがいなくたって、私は元気に健康に、毎日充実していますよ!”っていう。ほんとうはさりげなくではなくて、思いきり伝えたいのに、それは大人げないから、さりげなく、少し控えめに伝える…って。すごく共感できるんですけど、レコーディングは一番時間がかかりました」

──野島さんのこれまでにはない発声になっていますね。

「最初に歌った時に、アレンジの木内(友軌)さんに“竹内まりやさんっぽいね、意識しているの?”と言われたんです。別に意識していたわけではないですけど、ずっと聴いてきた曲ですし、自然に“「駅」はこういう歌”という自分なりの固定概念がそのまま歌に乗ってしまって。でも、せっかくカバーさせていただくのなら、モノマネではなくて、私の「駅」を作らないといけないと思って。そこからいろんな歌い方を探して行き着いたのが、ノンビブラートで歌う歌い方でした。サビは感情的に歌っていますけど、ABメロはマイクに鼻がつくくらいの位置で、こしょこしょ話のようなトーンで歌っています。そんな歌い方をしたことなかったので、ピッチコントロールも難しくて。ビブラートも癖で嫌でもかかってしまうくらいなので、それがすごく時間がかかりました」

──ヘッドホンで聴くと耳元で囁かれているくらいの近さがありますね。

「密度が高いですよね。息継ぎとか、言葉と言葉の間の口の動きがわかるようなサウンドになっていると思います。今までの歌い方とは全く違うレコーディングの仕方をしたので、かなり手こずりましたけど、とても気に入っています。自分的には、大きく口を開けて、大きな声で歌えば歌うほど感情が乗ると思っていて…小声で歌うと感情を乗せるのが難しいですし、ビブラートもかけられないと、伝わらないんじゃないか?と思っていました。でも、あえてビブラートをかけずに歌った部分が、より際立たせている感じがして。また新しい引き出しを増やしてもらって感謝しています」

──もう1曲、キャンディーズ「年下の男の子」(1975年)をカバーしていますが、この楽曲を選曲した理由を教えてもらえますか?

「この楽曲も昭和 100年のイベントで、桑田靖子さんと一緒に歌わせていただいたんです。私もアイドル出身なので、そのリンクがあると思って選んだのと、誰でも真似できるような振りもあったので、TikTokに向けて発信したら面白いと思って、遊び心で選びました」

──『ICON』収録曲の4曲の中では異色のセレクトですよね?

「そうですね。最初の3曲を聴かせた後、最後に全部かっさらっていくくらいハジけちゃいます。面白半分にというか…聴き応えをしっかり持たせたくて、あえてカラーが違う楽曲を選曲しました。実は「駅」と「年下の男の子」のレコーディングが同じ日だったんですけど、高低差がありすぎて(笑)。「駅」を先にレコーディングして、“ふう~”って一息ついてから、“よし、行くか!”という感じだったので、ブースでも笑い声が入るくらい、私もはっちゃけながら楽しく歌っています」

──3人組の歌らしく声色も多彩になっていますね。

「3人の楽曲を一人で歌うと寂しくなるので、私も3声を使っています。怒っているお姉さんバージョンと、年下をわしゃわしゃと可愛がっている親バカ系バージョンと、普通にノーマルで歌う私の声をガッシャンコしているので、わちゃわちゃ感が強めになっていると思いますし、久しぶりに口角をアップアップして歌ったので楽しかったです。ライブでもきっとみんなが笑顔になれるようなハッピーな曲なので、セットリストの最後の曲に相応しいかな?って思っています」

──カバー曲が4曲揃って、『ICON』 というタイトルにはどんな意味を込めていますか?

「昭和を象徴するような名曲を集めたので、“象徴”という意味を込めた『ICON』というのと、私も“令和に歌謡曲を歌うシンガー”としての“象徴”になるような存在になりたいという想いで、『ICON』というタイトルをつけました」

──今後も歌謡曲を歌っていくのでしょうか?

「歌っていきたいです。私の原点が合唱で童謡を歌ってきたことなので、それに近いとも思っていて。今後、おじいちゃんやおばあちゃん、子供たちの前でも歌えると嬉しいですし、同世代をはじめ、これからの世代の子たちにも歌い継いでいきたいです。今、レコード盤ブームで、昭和レトロブームも到来しているので、“シティポップで有名な楽曲以外にも、名曲はもっとたくさんあるんだよ”というのを伝えていきたいです」

──そして11月には東名阪福ツアーが決定しています。

「ずっと東名阪ツアーを目標としていたので、ソロデビューから1年で実現できたことはすごく嬉しいです。その基盤になっているのは、アイドルの時から応援してくださっているファンの人たちなので、本当に感謝しています。みんなで繋いできたバトンだと思いますし、まずは念願を叶えられて嬉しいという気持ちが大きいです」

──ツアータイトルは『PROLOGUE TOUR』ですね。

「“やっとスタートラインに立てた”という、“序章”の意味を込めています。将来、“このツアーから私は始まったんだ”って振り返られるツアーになればいいなと思って。いつか、全国ツアーができるようになった時に、“何百人っていうキャパでもやったね”、“キャパとか関係なく楽しかったよね”と思い返せるツアーにしたいです。あと、毎回、ライブのタイトルには、私の想いだけではなく、みんなへのメッセージも込めています」

──これまでのワンマンライブには『Euporia』や『ECHOES』というタイトルがついていました。

「“みんなが幸せに思える場所に”とか、“木霊のように心に反響して残るように”とか…そういう意味もあって、『PROLOGUE』=“序章”も、みんなの人生の序章になったらいいなと思っていて。ライブで得た感動や響いた言葉があれば、それを胸に“また明日からの日々を頑張ろう”と思ってもらえる…そんな前書きになるようなライブを届けたいと思って『PROLOGUE』というタイトルをつけました」

──最後に初のツアーに向けた意気込みを聞かせてください。

「過去最大規模なので動員できるのかが不安でしかないんですけど、まだ時間もありますし、いろんなところでストリートライブは継続していきたいと思っています」

──ほんとうに全国各地で歌っていますね。

「歌うのが本当に楽しくて。新宿はまさに東京という雑踏感がありますし、渋谷はインバウンドで海外の方が多くて。横須賀は帰宅ラッシュで、改札のピッピッピッっていう音を聞きながらライブしたりとか、気づけば日が落ちているとか、日本橋では圧倒的なサラリーマンの多さとか。水戸ではみんなが温かくてじっくりと聴いてくださいました。本当にその土地土地で違う雰囲気があるので、私もその場所に合わせたセットリストを組んでいます。そこでの出会いも面白いと感じていますし、ツアーに向けて、がむしゃらにひたむきに歌って、地道に私の歌を聴いていただける方を一人、二人と増やしていきたいと思っています」

(おわり)

取材・文/永堀アツオ
写真/野﨑 慧嗣

RELEASE INFROMATION

野島樺乃『ICON』

2026年624日(水)発売
ZEST-0034/2,500円(税込)

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LIVE INFORMATION

KANO NOJIMA PROLOGUE TOUR

2026年11月8日(日) 東京 GRIT at Shibuya
2026年11月14日(土) 大阪 PLUSWINHALL VILLEBOA
2026年11月15日(日) 愛知 Lion cafe
2026年11月20日(金) 福岡 ROOMS

東京・大阪・名古屋
1部開場13:30 / 開演14:00 2部開場17:00 / 開演17:30
福岡
開場18:30 / 開演19:00

KANO NOJIMA PROLOGUE TOUR

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