Office Augusta 30th MUSIC BATON Vol.8元ちとせ『えにしありて』

昨年11月からスタートしたライブシリーズ「Office Augusta 30th MUSIC BATON」のVol.８として、“元ちとせ『えにしありて』”が開催された。所属するオフィスオーガスタの設立30周年を記念するライブであり、元ちとせとしても2月にメジャーデビュー20周年を迎え、７月にオリジナルアルバムとしては14年ぶりとなる『虹の麓』をリリースした直後というタイミングで開催されたライブでもある。

会場に一歩足を踏み入れると、ステージや場内のあちこちに青々とした葉の植物やピンク色が鮮やかなブーゲンビリアなどが飾り付けられ、まるで南の島のような景色が広がっていた。さらに場内には奄美群島・加計呂麻島での期間限定移住生活を綴った「夫とちょっと離れて島暮らし」でSNSを中心に話題になったイラストレーター・ちゃずによる島の海や花などの風景を極彩色で描いたイラストのパネルや大きなタペストリーも。入り口では島で昔から愛されている塩飴も配られていて、ライブが始まる前から元ちとせの故郷・奄美大島の風を至るところで感じる。

ライブは、オープニングアクトにシマ唄の歌い手である牧岡奈美を迎えてスタートした。鹿児島県・喜界島出身の牧岡は、三味線を奏でながら伝統的なシマ唄を熱唱する。2曲目では、ご子息を招き入れて親子共演が実現。母の歌と三味線、息子のチヂン（奄美地方の太鼓）が賑やかなシマ唄を聞かせてくれる。

オープニングアクトが終わると、元ちとせの歌声が神々しい「コトノハ」のイントロダクションが流れる。アコースティックギター、キーボード、パーカッションという3人のバンドメンバー、そして元ちとせがステージに登場する。静かなギターの音色が響き、祈りを捧げるような歌声。1曲目は、2001年にインディーズでリリースされた初の全曲オリジナルアルバム『コトノハ』の表題曲「コトノハ」だ。素朴だが力強いリズムを刻むパーカッションが、祈りのような歌声をバックアップする。続けて披露されたのは、5thシングル「いつか風になる日」。やさしいギターの爪弾きから、シマ唄特有のこぶしをまじえた歌声が会場を包む。その歌声は、おおらかにさざめく波のようなうねりのようだ。そして、最初のMCを挟み、やはり深く大きく広く、心地いい元ちとせの歌声が会場に響き続ける。最新アルバム『虹の麓』に収録された「あなたの夢で目覚めた朝に」では、少し肩の力を抜いたような歌声が徐々に熱を帯びていく様がいい。同じく『虹の麓』収録の「感謝」では、思いがあふれるような歌い出しからゆったりと高揚していく歌声が印象的だ。そこから一転、同じオフィスオーガスタの盟友である岡本定義が作詞作曲を手掛けた「甘露（アムリタ）」では、アップテンポな曲調に元ちとせの声も弾む。スティングの「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」を思わせる、ジャズとレゲエが融合したリズムが心地いい「はなだいろ」がスタイリッシュに会場を彩る。

大きな拍手が起こる中、元ちとせが語り始める。
「デビューして20年。いろんな出会いや別れがあって、歌でたくさんのことを学ばせていただきました。そして、オフィスオーガスタは30周年。オフィスオーガスタのおかげで歌の旅が続けられているし、愉快なアーティストたちに囲まれて（笑）、家族のように20年間お世話になれて、そのおかげでみなさんとも出会えています。尊敬しあいつつ、元ちとせと同じ事務所で良かったと思われるように、これからも歌の旅を続けさせていただきたいなと思っています」
そんな言葉に続いて、最新アルバムの『虹の麓』に込めた思いを語り出す。
「『虹の麓』は、14年ぶりのオリジナルアルバムです。上田現（「ワダツミの木」のプロデュースなど、元ちとせの多くの楽曲に携わった。レピッシュの元メンバー）という、大切な大切な人が14年前に旅立ってしまい、それから自分の歌をどう届けていけばいいのか…。そんな中で、デビューから20年の節目でオリジナルアルバムをということで、新しい出会いもありました。自分の歌の表現を、また一つ教えてもらったと思います。受け取ってください」

そう語る元ちとせが披露したのは、『虹の麓』に収録されている「船を待つ」、「夏雲雀」、そして表題曲の「虹の麓」だった。穏やかなバラードながら、叙情的なメロディーとサビで聴かせるこぶしのダイナミックさが印象に残る「船を待つ」。夏の終わりの夕暮れを感じさせるような「夏雲雀」。そして、有機的に絡み合いながら牧歌的なムードを醸し出す演奏と、抜けのある軽やかなボーカルがさわやかな風を運んでくる「虹の麓」。同じくオフィスオーガスタに所属するシンガーソングライター・長澤知之が作詞・作曲を手掛け、アルバムタイトルにもなった重要な一曲で、ライトな曲調だが、元ちとせが永続的に歌ってきているテーマ・平和への祈りが込められている。このアルバムでの「新しい出会い」という言葉のとおり、これまでの彼女の表現にはなかったようなタイプの楽曲も含め、たった今の、現在進行形の元ちとせの歌が気持ちの奥に沁み渡ってくる。続くMCでは、オフィスオーガスタに入ったばかりのときに同じ事務所の先輩である山崎まさよしと出会い、山崎の曲をカバーしたことが自身の転機になったと語る。

「こぶしを回したり、裏声を使ったりするのは奄美のシマ唄の伝統なんですけど、かつての私はシマ唄以外でこぶしを使ってはいけないと思って一生懸命使わないようにしていました。でも、それだと“歌っている”という気がしない。“私は、どういう歌を歌えばいいのか？”…そんなときに出会ったのが、山崎まさよし兄さんの「名前のない鳥」です。スピード感のある曲で、テンポに付いて行こうと歌っていたら自然とこぶしが回りました。そのとき、“やっと（自分の歌を）歌えたな”と思ったんです」

そんな言葉に続いて、山崎まさよしが作曲し、2012年に山崎がセルフカバーした「ひかる・かいがら」が披露される。フォーキーで土の匂いがするサウンドに、切なさもたたえながら、大地のように力強い元ちとせの歌声が映える。そして、この日のクライマックスの一つとなった「ワダツミの木」。レゲエに影響されたバックビートと、深遠で荘厳な歌声に魂が揺さぶられる。その後は、再び最新アルバム『虹の麓』から、シンガーソングライター・折坂悠太プロデュースの楽曲「暁の鐘」。静かな曲調の中にありながら強いメッセージ、祈りが伝わってくる一曲だ。そして、童謡を思わせるようなメロディーが郷愁を誘い、エレガントなピアノが彩りを添える「えにしありて」でライブの本編は幕を閉じた。

アンコールを求める大きな手拍子がすぐに巻き起こると、元ちとせが一人でステージに姿を現す。三味線を弾きながら歌ったのは、奄美のシマ唄である「ヨイスラ節」だった。最新アルバムには同曲のリミックスが収録されているが、この日のステージでは歌と三味線のみ。むき出しのシマ唄が、崇高なムードを会場に醸し出す。歌い終わると、再びバンドメンバーをステージに呼び込む。アンコールの2曲目は、やはり奄美のシマ唄である「豊年節」だ。オープニングアクトの牧岡奈美も再び親子で登場し、元ちとせとのツインボーカル＆チヂンでますます賑やかな豊年節。ラテンジャズのようなテイストのダンサブルな演奏に、自然にハンドクラップが起こり、ステージ上も客席も笑顔で溢れた。

そして、この日のライブのラストを飾ったのは「おやすみ」だった。シマ唄をルーツとする元ちとせの歌、そしてポップス的なメロディーやサウンドが癒合して得も言われぬ魅力を放つ。シマ唄とポップス双方の良さをブレンドし、ほかの誰にもない生命力を放った感動的で素晴らしい歌唱だった。元ちとせのライブがもっと見たい。元ちとせの歌がもっと聴きたい。あの日、あの場所にいたすべての人がそう思ったはずだ。

取材・文／大久保和則

写真／清水ケンシロウ

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