――まず、salyu × salyu(サリュ・バイ・サリュ)というプロジェクトを再始動させた経緯から聞かせてください。
「去年の秋に、ミニマルミュージックの代表的な作曲家テリー・ライリーさんに“ライブに出演してもらえないだろうか?”というお声がけをいただいたのが大きなきっかけですね」
――どういう依頼でしたか。
「私にとってSalyuはソロ、salyu × salyuはコーラスワークの活動というカテゴライズとしていますが、テリーさんからは“salyu × salyuのようなコーラス隊を組んで参加してくれないか?”というご依頼でした。salyu × salyuの1stアルバム『s(o)un(d)beams』をリリースしたのが2011年、私の歌のバックグラウンドは合唱団ですが、このアルバムを引っ提げたツアーでは幼なじみを中心に結成したコーラス隊を組んでいました」
――ライブにおける4人編成でのコーラス隊の名称を「salyu × salyu sisters」と名付けてましたね。
「そう!それがライブ編成での最初のカタチです。そして、今回テリーさんのお声がけをきっかけにまた新しいメンバーと組んで、その現場に臨むというのが久しぶりにコーラスワークを始めたきっかけになりました」
――2021年9月に新潟県佐渡島で行われたテリー・ライリーのライブ「SPRIT」に参加しましたが、どんな経験でしたか?
「テリーさんの楽曲にコーラスとして参加させていただいたのですが、英語の曲や他の国の言語やヴォーカリーズやスキャットだけの曲などいろんなタイプの曲があるなかで、譜面が存在しつつも、即興のセクションもあってすごくスリリングな体験だったんです。久しぶりの合唱体験に深く感動しました。そんなテリーさんのプロジェクトが終わってからも続けていければという思いもありその後も、練習をしたり、本番の機会があったら取り組んだりっていうことをしてきていたんですよね」
――メンバーはそのときに今の3人に?
「そうですね。私のソロ活動でもコーラスに欠かせない人で、絶大な信頼を置いていているヤマグチヒロコさんとそこに、加藤哉子さんを迎えました。このライブがきっかけとなり今の編成となっていきましたね。」
――加藤さんは元CANNABISで、YEN TOWN BANDにコーラスとしても参加してました。
「数年前になりますが、初対面はCharaさんの家で出会ったんです。Charaさんはいろいろな世代の方と交流をお持ちで、お食事会をしばしば催されていて。そこに呼んでいただいた際にお話をして。加藤哉子さんはソロアーティストとしても、コーラスのお仕事としても、外からお客さんとして見させてもらっていて、以前から“すごくいいな”と思っていたんです。そう思っていたらちょうど、ヤマグチさんと哉子さんが一緒にお仕事をする機会が多くなってきたんですよ。“二人の声の相性もすごくいいんじゃないかな?”って感じていたし、“二人でタッグを組んでお仕事することも増えてきた”って聞いて、“これは間違いないな!”と思って」
――新しいメンバーで、ほぼ10年ぶりにsalyu × salyuとしてステージに立って、どんなことを感じましたか。
「まず、このコロナ禍の中で、人の声の存在の大きさをひしひしと感じていたんですね。特に2020年代に入り、本当に街に出れずに、家にこもって、一人で過ごしているときに、ラジオやテレビから流れてくる人の声に触れて、声が持つ力ってすごいなと改めて痛感しました。その中でも、私が最も“人の声ってすごい!”って感動するのはコーラスなのですが、“コーラスなんて今、絶対にできないしな…”って」
――そうですよね。
「コーラスって、人が増えれば増えるほど、難しくなるんですよね。だから、練習量は、ソロの時とは比べ物にならいくらい必要なんです。しかも、歌うとなると、密室でやらなければいけないので、“今、コーラスをやるのは、なかなか難しいだろうな”って思っていて。でも、時を経て、去年はコロナ禍でのルールやマナーができていく中で、マスクしながらではあるけど、お互いに気をつけながら、練習できるようになって。そうやってこのコロナ禍で声の力を大きく痛感していた中で、やっぱり久しぶりに人の声を合わせて、すごく面白さを感じたんですね。1+1が2という世界ではないんですよ。すごい掛け算が起こっていくんです。ひとりひとりの声が持っている、1つではない情報量の多さにすごく感動したし、驚きましたね。そういったことを感じる機会でした。」
――新曲を作ったりもしたんですか?
「いや、新曲の制作はしてないです。2011年にコーネリアスさんに作ってもらったsalyu × salyuの楽曲たちをはたと思い出して、“もう1回、トライしたいな”と思ったんですよね」
――それはどうしてですか?
「今、テリーさんの曲が3人で挑戦できたのであれば、きっと小山田さんの楽曲も“できるだろう、頑張ろう!”みたいな気持ちになったんですよね(笑)」
――(笑)
――ビルボードライブツアーが決定した時はどんな心境でしたか。
「やらせていただけることになって、すごく嬉しかったです。声の力というのを届けるにあたって…もちろん、ソロのスタイルの素晴らしさや力強さもあるけど、それとは反面、コーラスが持つ力もまたとても大きいなと。これは、私の中での価値観ですね。今、どうしてこんなに声が心に響くんだろうって考えてみると、去年の10月に、完全無観客でのオンラインライブ『ap bank fes ’21 online in KURKKU FIELDS』があって。その時に、Mr.Childrenの櫻井和寿さんとKANさんが二人だけのアカペラで声を重ねた「弾かな語り」という楽曲を歌ったんですよね。それに本当に感動してしまって。もう声だけで、生命力や人間の面白さとか、いろんなことが伝わってきたし、今だからこそ感じ取ることのできるものがあって。それに胸を打たれたことも、Salyuの活動と、salyu × salyuの活動を両立していきたいと思うようになった後押しの1つになってますね」
――salyu × salyuとしてのワンマンライブもほぼ10年ぶりとなりますが、どんなツアーになりそうですか?
「今回、3公演あって。東京と大阪、それから横浜。大阪から横浜が1カ月ほど期間が空いていることもあり、都内にお住まいの方は東京にも横浜にもいけますし、Salyuのファンの方は“両方、行きます!”って言ってくださる方も多かったりするんですよ。だから、東京と横浜のどちらも楽しんでくださる方のためにも、私自身の挑戦のためにも、ちょっと内容を少し変えてみるということにトライしてみたいなと思って。だから、東京と大阪の内容と横浜とでは内容を変えようと思っています。東京と大阪では、ギターと歌の世界観、横浜はピアノを中心に展開する、バリエーションをつけて進んでいくツアーになります」
――前半が羊毛こと、市川和則(Gt)さんで、後半が皆川真人(Pf)さんが参加するんですね。
「あと、横浜では、チェロを加えようかなと思っていて。林田順平さんという若手の素晴らしいチェリストも迎えた、そんなメンバーでやろうかなと思ってます」
――11年前のライブはサンプラーやループマシーン、シンセベースなども組み合わせたサウンドコラージュの世界が展開されてました。
「今回はもう一回、原点に戻ってというか、3人の声を見せるというのがテーマになってますね。楽曲のクオリティーを届けるというのはもちろん、人間の声が織りなす遊びを楽しんでもらいたいし、驚いてもらいたい。アコースティックという方向に特化しているステージになると思います」
――タイトルの意味も聞いていいですか?現代音楽のカリスマ=カールハインツ・シュトックハウゼンの「6人にヴォーカリストのためのシュティムング」をやるわけでないんですよね。
「あはははは。違います!私、何年もそのタイトルがずっと印象に残っていて、“いいなー”と思っていて」
――ホーミーとか倍音で歌うわけではない?
「ホーミーはできませんが、ほんとに曲芸に近いプレイがたくさんあるので、人間の声が織りなすオーケストレーションという意味では同じだと思います。ただ、ライブの軸となるのは、小山田さんが作ってくださったアルバムの楽曲たちですね。そこに、テリー・ライリーさんの楽曲をカバーさせていただいたり、スティーヴ・ライヒの楽曲もトライしながら、Salyuの楽曲のコーラスアレンジも皆さんに聞いていただくってことも考えていて。」
――それは、楽しみですね。
「“この曲か!”って驚いてもらえると思います。ずっと一人で歌ってきた「to U」も3人編成でアレンジしていて。他にもいろいろと考えてはいますが、一番光が当たるのはアルバム『s(o)un(d)beams』の楽曲ですね」
――リハーサルですでに手応えは感じてますか?
「(※取材日)羊毛さんを加えたリハーサルはまだなんですが、ヴォーカリスト3人の稽古は、ちょこちょこ集まって、始めています。それはそれは、みんな毎日、必死です(笑)。ほんとに難しい楽曲ばかりだし、覚えていかないといけないことが多くて。でも、すごく楽しいんですよね。ほんとにやりがいを感じます」
――今、感じてる楽しさってなんですか?
「パズルで、最後の1ピースをはめるときって嬉しいじゃないですか。その経過は美しいし、難しい曲に取り組んだという達成感もある。音楽の醍醐味を感じさせてもらってるって感じですかね。一番はじめは腰が重かったりして。“えぇ〜!これをやるのか〜”って思ったりすることもあるし(笑)、一人じゃなくみんなでやることの大変さもあったりするんですが、みんな歌が好きだから付き合ってくれて。日々、淡々と稽古していくと、急にできるようになったりするんですよね。ハーモニーやリズムがピッタリと合う瞬間が急に来たりする。まだまだ最後の1ピースをはめられてはないけど、その1ピースをはめるためにみんな一生懸命に…きっと一生涯続けるんでしょうけど、そういう音楽の素晴らしさ、ありがたさを感じますね」
――楽器としての身体の変化や成熟は感じますか?
「感じますね。あらゆる意味で、“自分”というものを映し出してくれるのも楽曲ですし、また、“追いつこう”という挑戦をくれるのも楽曲にあって。もちろん、歌えなくなっているところもあるんです。誰もが子供からおばあちゃんになるまでに、当たり前のように声が変わっていくじゃないですか。自然なものでもあるので、そこは前向きに受け入れつつ、でも、“できるようにするにはどうすればいいかな?”って考える楽しさもあって。そして、子供の頃にはなかった大人の声というのもある。そういう変化を楽しむのも音楽が映し出してくれるからこそわかることではありますね」
――20年前にLily Chou-ChouとしてSalyuさんに初めてインタビューさせてもらったときに、“この身体は歌うことが好きなんです。命だから、歌っていかないといけないんです”っておっしゃってたんですよ。
「まぁ〜、ずいぶん高尚なことをおしゃってますね(笑)」
――あはははは。でも、歌うことが好きで、歌うことが楽しいっていう根っこが変わってないのがすごいなと感じて。
「変わってないですね。楽しさや憧れは、年齢を重ねるごとに深まっていってる気がしますね」
――お客さんにはどんな気持ちで足を運んで欲しいですか。
「私が音楽を好きになったきっかけ=子供の時に歌を磨いた環境はコーラスだったんですけど、その原点にあたるsalyu × salyuというスタイルを久しぶりに披露できるので、声の面白さ、ハーモニーを楽しみにしていただけたらと思います。特に生で対面できるライブ会場という、実際にそこにいるからこそ感じられることもあって。ぜひ、声の織りなすハーモニーの鮮やかさ、身体性みたいなものを楽しんでもらえたらいいなと思います」
――では、Salyuさんが楽しみにしてることは?
「久しぶりのsalyu × salyuとしてのワンマン公演で、心を込めて準備してきているので、お届けできる場があること自体がありがたいし、楽しみだと思っています。あとは、皆さんの率直なリアクションも楽しみですね。今後の私のコーラスワークの発展のためにもいろんな意見を聞きたいです。当日は声は出せないけど、拍手や表情でリアクションしてくれるのが楽しみですし、ライブが終わったあとはたくさん感想を書き込んでほしいです。そういう意味で、コミュニケーションをとることも楽しみの1つですね」
――今、“今後”とありましたが、salyu × salyuとしての活動も続けていくんですね。
「そう思っています。Salyuがあるからこそできるんですけど、声を仲間とともに磨く場、その過程が、私にとっては、とても大事なんですよね。仲間といろいろと言い合いながら成長していける場が本当に大切で。ハーモニーが美しいかそうではないか、その場で全てを教えてくれる。これは一人ではできないし、ほんとに仲間がありがたくて。私にとってのsalyu × salyuは、歌の面白さを見出したり、力をつけたり、自分を磨いたりする場。研究の場所みたいなところですね。また情勢次第で練習ができなくなっちゃうかもしれないので、なんとも言えないんですけど、基本的には、Salyuとsalyu × salyu、どっちもあることが、私にとっては健康的な在り方かなと思ってます」
――近い将来、新曲も聞きたいです。
「そうですね。急いでは考えてないけど、そうできたらいいなとは思います。コーラス隊という肉体がしっかりあれば、新しい作品にも取り組んでいけるけど、10年経っちゃってますからね。ほんと0からという感じなので、まず、ベース作りをして。自分である程度、整ったなと思ったら、また楽曲を作っていけたりしたらいいなと思います」
(おわり)
取材・文/永堀アツオ
LIVE INFORMATION
salyu × salyu “3人のヴォーカリストによるシュティムング”
2022年8月18日(木) Billboard Live TOKYO
1st Stage Open 17:00 Start 18:00 / 2nd Stage Open 20:00 Start 21:00
2022年8月24日(水) Billboard Live OSAKA
1st Stage Open 17:00 Start 18:00 / 2nd Stage Open 20:00 Start 21:00
2022年9月23日(金・祝) Billboard Live YOKOHAMA
1st Stage Open 15:30 Start 16:30 / 2nd Stage Open 18:30 Start 19:30
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