――そろそろアルバムができそうだな?とか、この曲ができたからアルバムになりそうだな?というポイントはありましたか?
「シングルで細かく出していたから、ちゃんとパッケージにまとめたいと思っていました。「拍手喝采」もそうだし、「心解く」もそうだし、あと「火傷」とか「ありがとうございました」とか、ライブでは発表してるんだけど、何にも収録されてない強い推し曲が溜まってきたというのもあるかもしれないですね」
――結果、17曲のフルボリュームで。
「名刺的一枚だと思ってて。これ一枚聴くと湯木慧がだいたいわかるよみたいなものがなかったので、名刺みたいなものを作りたいなと思って作りました」
――1曲目はアルバムに関するコメントで、舞台が始まるような印象を持ちました。
「まさに。コンセプトが物語というか、演じるということをテーマとして掲げて作っていたので、1曲目もそうだし、舞台のために書き下ろした楽曲がたくさん収録されていたり、映画の主題歌が収録されていたり、演じる、お芝居とか物語みたいなのはテーマとして書いて」
――演じるというのは俳優だけがやってることではないというか。
「人間みんなやってると思ってて。一人ひとりが物語の役者としていて、ほんとのことは分からなくて、出てる言葉はセリフかもしれないし、とか思いながら作りましたね」
――そういうことを意識しはじめたのはいくつぐらいですか?
「結構早かったです。ませた子どもだったんですよ、たぶん。だから、“誰がほんとのこと言ってんだろう?”とか、疑う、窺うとか、そういうのすごく早くからしてきて。小学校高学年、中学生ぐらいからですね。思想に対して幅広く思いました。例えば「74億の世界」って曲があって、小中学校ぐらいに書いた曲なんですけど、お腹を空かせてどこかの国で死んでる子どもがいて、だから平和に暮らせて命があるだけで幸せで、みたいなことを道徳の時間かなにかに学んだんですよ。それに対して“ん?”と思うような子どもだった。“それだけじゃない、普通に命があっても幸せって、誰かに比べられて決まるものじゃないのに変なの”って思ってたような(笑)子どもでした」
――それがずっと続いてる感じなんですね。
「自分だけの思想というか、アーティストはみんなそうだと思うんですけど、思想家だから。それがわりとちっちゃい頃から形成されてた気はします」
――腑に落ちました。今回はアルバム新曲もありますし、既発曲、過去のミニアルバム収録曲もあります。名刺代わりの一枚にするための選曲の基準はありましたか?
「ターニングポイントになった曲は入れてるし、5周年なので5年前のデビュー曲、「一期一会」という曲を歌い直して入れたりしていて。6つテーマがあって、一番最初のトラックにもあるんですけど”With、Who”とか6つ”W”に関するキーワードがあって、そのキーワードに当てはまるものと、あとは演じるということに繋がるものを入れようという感じで収録曲を決めました」
――なるほど。「拍手喝采」はアルバム先行曲のような立ち位置に結果的になりましたね。この曲で始まって、「火傷」「二酸化炭素」と繋がる印象があります。
「流れの面白さみたいなのも考えて。「拍手喝采」は幕開け、舞台でウィーンって幕が開くときのような曲ってイメージで作ったので一番最初にしました。開幕曲として置いていて、「火傷」がきて。「火傷」は燃えたりするから「二酸化炭素」が出て、それで繋げてたりします」
――「火傷」のアウトロと「二酸化炭素」のイントロは繋がってるんですか?
「繋がってます」
――いいアイデアですね。「二酸化炭素」の歌詞に“しゃべることすらCO2吐いてるみたいな”という表現があって、そこまで考えるとこんがらがってきませんか?
「そうですね。「二酸化炭素」でいうと、もともと私、植物が大好きで、尊敬してるですけど、人間のことが嫌いで、人間なんて生きてるだけで、なんか二酸化炭素――悪いものじゃないし必要なんだけど(笑)、生きてるだけで迷惑をかけてると思ってたんです。で、私、メダカを飼っていて、水の中に酸素が足りなかったんですよ。で、大事な人が教えてくれたんですけど、その水面にふーって息を吐いてて。“何やってんの?”と思ったんですよ。まずそんなに空気が入るわけないし、“しかもそれ二酸化炭素だから”って言ったら、“人間の吐く息の中にも少しながら酸素も含まれてて、全てが二酸化炭素しか出してないわけじゃないよ”っていうことを教えられたときに、はっとして。“あ、これはそういうことなんだな”と思って(笑)」
――それはこの曲を作った後に知ったんですか?
「後に知って。でもレコーディングするときに歌詞を変えました。それを踏まえて、ちょっと変わってるところとかもあって。結構前に出来た曲なんだけど、知ってる人でも今この曲を聴くとなんか違う捉え方ができるんじゃないかな?という音源になりました」
――歌詞に“いたい”という単語が登場しますが、<痛い>から<居たい>に変化していくから、違う感覚だけど、思いは一緒というふうに受け止めました。
「すごく素敵に解釈していただいて、それも正解です」
――聴く人の解釈の幅がある方が嬉しい?
「うん。意図したものとして伝わるのが美しいとは思わないので、全然。むしろなんにも考えてくれないのが悲しいから、何か考えてほしいと思いながら作って聴いてもらってるので、すごい違う形になったら、それはそれで嬉しいし、伝えたいことがちゃんと伝わることも嬉しいし、と思いながら曲も絵も描いてますね」
――言葉って限りなく、やはり言葉どおりに伝わりがちじゃないですか。
「絵と言葉の違うところですね。絵は言葉がないから、より受け取った人がいろいろ考えることができるじゃないですか。でも言葉ってそのままなんで、最近すっごいめんどくさいなと思うんですけど、でもだからこそ歌というものがあって、メロディがついたり、歌詞があって、歌詞カードに載ってる文字と音で聴く文字の印象ががちがかったり、音読み訓読みとか、いろいろあるから、そういうのを駆使して構築されたものが曲っていう作品で。作品だから幅広い捉え方で聴いてもらえたらいいなという感じです」
――「十愛のうた」から「金魚」の流れもいいですね。
「十愛(とあ)っていう人が主人公の舞台の曲なんです。そこから「金魚」の流れは一気にアルバムが雰囲気を増すというか、色濃くなって深くなるところが「金魚」あたりですね」
――主人公の一人称として書いたんですか?
「「十愛のうた」は“十愛が歌っている歌を書いてほしい”と言われて、十愛になって書いた歌ですね」
――そういうふうに説明を受けるとその役が歌ってるんだなと思うんですけど、なかなかズバリな感じじゃないですか。<どうして歌を歌うのかなんて わからない>とか。これは湯木さん自身も思うところですか?
「うん。ちょっと重ねながら書いた部分もあったと、図らずもそのタイミングの私と似ている部分があったりして。マンネリじゃないですけど、創作に対して。なんか進めない感じがある時に書いた曲だったと思うので」
――そういう意味だったんですね。“そもそも歌う理由なんてない、理由は忘れてしまった”みたいなことなのかなと思ったんです。
「ああ。そういうとこに行きたいと思います(笑)。」
――そして「金魚」は歌詞と同時並行な感じで、身体を巡る金魚がお腹から出てきそうな感覚がある曲で。
「「金魚」は従兄弟のお姉ちゃんが美大の卒展で「嘘つき」ってインスタレーション作品を作ったんですけど、その作品を見に行った時にめちゃめちゃ感動っていうか、感化されて勝手に書き下ろしたのがこの「金魚」っていう曲で。嘘とかをテーマにして書いていて。人の作品から影響を受けて書き下ろすって、よく漫画を読んで書き下ろす人とか、映画を見て曲を書く人とかいると思うんですけど、やったことがなくて。「金魚」は結構、前の曲で初めて何か影響を受けて書き下ろした、人の作品から影響を受けて書き下ろした楽曲で。そういう意味の“W”だったり、私だけじゃなくて、誰かから影響を受けて曲ができる。その「十愛のうた」とか「嘘のあと feat.実」とか「二酸化炭素」もそうなんですけど、舞台のその役の子がいて私がいて、Wキャストみたいな“W”、その楽曲を作るために二人の人格で作ってるみたいなのもテーマにあったりもしますね」
――「スモーク」はリアレンジされたんですか?
「いや、してないです。そのまま入ってるものも何曲かあります」
――いわゆるロックバンドのサウンドじゃなくてフォークロアな楽器の感じですね。
「確かに。生っぽいバンドの感じかと思いきや、ピアノとストリングスをめちゃめちゃ大事にしてるという」
――この<ないものねだりな僕らが決めた>の部分とか、湯木さんも若いですけど、さらに若い世代の人に歌ってる感じがしたんですけど。
「確かに自分自身に歌ってる曲がほとんどなので。ちょっと前の時期に作ったので、今の私にも響くし、より若い世代の方にも、何か悩んでる人に響くんじゃないかなと個人的には思います」
――そういうふうに勝手に受け止めた曲がいくつかあったんですよ。「心解く」の<変えられないと思う時間は 僕らにはもう、要らないだろう>、これも若い世代の人に歌ってる印象があって。
「まさにですね。映画(『光を追いかけて』)の主題歌として書き下ろさせていただいた楽曲ではあるんですけど、自分にとって大切なものしか作りたくないので、自分にとっても大切な楽曲になって。、映画の物語もまさにそんな感じで、変えたいと思ってるのに変わらない状況とか、わかってるのに動けない現状とかいうものに対して歌ったりしたので、どんどん行動していっていいと思うし、していい世代だと思うし、まさにそういうことを書きました」
――こんなこと言っても始まんないなとか、わからないだろうなとか思いがちなのかもしれない。
「そうなんですよね。そうそう。理由をつけてやめさせられる行動を教えられた世代な気がする。“これこれこうだからやっちゃダメ”とか、諦める方法をたくさん教えられた年代、私もそうかもしれないけど。だからこう、何かにチャレンジするとかじゃなくて安定が一番、とか」
――安定が一番と言われてきて、今みたいに行動が制限される時代がきて、“本当にそうだったのかな?”と思ってる10代の人も多いんじゃないですかね。
「うん。矛盾の狭間で頑張ってる世代だと思いますね。教えられたことと現状との違いとか。言ってることと言われることの違いとかっていうので、“どういうこと?”ってなってるのかなと思うので」
――「MahounoHimitsu」でネタバラシがあって、「二人の魔法」に行くところもいいですね。
「それ、『音色パレットとうたうことば』っていう、かなり前のミニアルバムに「魔法の言葉」って楽曲があって、それの続編的な楽曲に「MahounoHimitsu」があって、“魔法の秘密はこれだったのか!”ってなって、「二人の魔法」になってっていう、前の前のミニアルバムから繋がってて(笑)。具体的なことをいうと、長い長いアルバムなので箸休め的なトラックが欲しかった、ちょっとこう、視野が変わるようなトラックが欲しかったから、その環境を想像して、こういう感じのトラックにしました」
――子どもも含め、いろんな世代の人でコーラスしてる割に、<どうせ死ぬんだから>っていうなかなかなパンチラインがあって。
「そうですね。すごいことを歌った後にみんなにコーラスを歌わせるっていう(笑)。やりたいことの一つというか、思想の具現化みたいな感じ」
――別にネガティヴなことじゃないですもんね。
「うん。“死ぬ=不幸”、“死=いけないこと”みたいな、逆に生きてるから幸せっていうのは小学校の頃の話に戻るんですけど、その考え自体が私にはなかったから。すごいいいことだと思う、終わりがあるって。終わりがないほうが怖いですから。終わりを設けられてるってーー諸行無常かもしれないですけど、いいことだと思うんですよ。良い方に捉えて、“どうせ死ぬんだからイエイ!”みたいな明るい曲(笑)」
――人間って例えば不老不死とか、生きてるあいだ、何の不自由もしたくないとか求めちゃうじゃないですか。それで、お金とか権力とかに行っちゃう。でも、終わりがあるとわかってると優先順位が変わってきますよね。
「人間の生き方は考え方なので、人生で例えばいかにネガティヴなこととか嫌なこととか、あとは死ぬということとか、終わりがあるということとかをいかにいいように捉えられるかによって人生が豊かになるって決まると思う。要は考えようなので。悪いことをいいこととして思えるようになることが最高のハッピーへの近道、そういう楽曲かもしれないです」
――「一期一会」を2022年バージョンとしてリテイクしたんですね。
「そうです。これは歌に合わせて」
――今歌ってみるとどうですか?
「私はこの5年を私として緩やかに生きているから、あんまり変化がわからなかったんだけど、録ってみてディレクターさんやスタッフさんに話を聞くと、ちゃんと成長した歌声になってるんだなと思ったり、あとは5年前の「一期一会」の音源と今回の2022年バージョンを並べて聴き比べると、ちゃんとこの5年分が積み重なった喉になってるんだなって思うような音源になってます。面白かったです」
――ちなみにこのアルバムの中で新曲と言うと?
「「二人の魔法」といちばん最後の「XT(クロストーク)」という楽曲ですね」
――「XT」はクロストークなんですね。“それでも行くぜ”って感じがします(笑)。
「(笑)。この曲は私、人生で恋愛の曲っていうか、愛だの恋だのって曲を書いたことがなくて、それよりも命とか植物の生命のほうが興味のあることだったんですよね。でも初めて愛するものに対して綴った楽曲が「XT」で。アルバムをなんか新しいことで終わりたかった。新しい方向を向いて締めくくりたかったから、一番最後に初めて書いた愛の曲を入れたんです」
――一番前向きになりました。
「ほんとですか?嬉しい」
――恋愛の曲なのにっていうのも言い方がおかしいですが(笑)。
「でもそのとおりなんですよ。私、この曲、歌詞カードをみんなに見てほしいんですけど、“あなた”っていう言葉を漢字の貴方って文字とカタカナとひらがなで書き分けていて、最初、漢字の貴方で歌っていたものがだんだんひらがなのあなたに対して歌うもの?そしてその両方であるアナタに対して歌う物語になっていて。最初は1個人というか私の愛する人に対して書いていった楽曲なんだけど、書いていくうちにファンの人を思う楽曲になって行ったんですよ。だから聽き手に向けた楽曲になってます。私がただただ好きな人を思った曲ではなくて、それを「XT」を聴いた人に伝えるメッセージのある楽曲になりました」
――“このままでは終わらんぞ”という気持ちが人間にはあると思うんですよね。今ちょっとしんどい人もいると思うんですけど。
「このコロナ禍って言ったらなんですけど、みんななんかうまくいかないこととか、ネガティヴ方向ですごい嫌になっちゃうこともたくさんあると思うので。でもほんとに行くところまで行くと幸せだったらそれでいいやみたいなことが、例えばお酒を飲む瞬間とか、頑張ってがまんしながらみんなでちょっとご飯に行くタイミングとか、家で子どもとゆっくりする時間が増えたとか、ほんとにささいな幸せに気付ける最悪な社会だと思うんですよね。最悪な社会だからこそ、普通にあった幸せに気づけるからこそ、今が幸せならそれでいいって思えちゃったりするんですよね。でもそう思えることって一見いいかもしれないけど、でもヤバい社会だからこそ思えてることだから、それで安心しちゃダメだよって。“幸せだからいいよね、ちょっと飲みに行けるからいいよね”じゃなくて、振り返ってみて、“いやいやいや”、って思って、まだ足りないから、もっと先に行こうみたいな思いを込めた曲なんですよ」
――愛する人でも友だちでも会えただけでも嬉しいっていう気持ちを持ちながら、それを栄養にしてほしいですよね。
「そうですね、そうそう。そこで満足しちゃうんじゃなくて、糧にして」
――間違ってると思うことや、変えたいなと思ってることに向かっていけるように。
「確かにそう考えたら、“幸せに逃げるんじゃなくて、幸せを力にして、より良くというか、戦う力にして生きていこうと私は決めたんだけど、みんなはどう?そういう感じ(笑)。”そうなれ!“って言ってるんじゃなくて」
――今年は好きなことを自由にできるようになったらいいですね。
「悲しい2年ってどうしても思ってしまうから。その中でもベストは尽くしてきてるかもしれないけど、2年を取り戻すような、すごくにぎやかな1年になったらいいなと思います。このアルバムとともに。ツアーもありますし」
(おわり)
取材・文/石角友香
写真/野﨑慧嗣
Release Information湯木慧『W』
2022年2月22日(火)
通常盤
CD/LDTN-1003/3,300円(税込)
初回限定盤
CD+DVD+スペシャルパッケージ/LDTN-1002/5,500円(税込)
LD&K SHOP限定
CD+フォトブック/LDTN-1004/4,950円(税込)
TANEtoNE RECORDS
Live Information『W』リリース記念全国ツアー「Wは誰だ。」
5/7(土) 東京・渋谷スターラウンジ
5/14(土) 大阪・心斎橋BOHEMIA
5/15(日) 愛知・名古屋BL cafe
5/22(日) 福岡・ライブハウス秘密
5/28(土) 北海道・PROVO
6/4(土) 神奈川・横浜1000CLUB