Kan Sanoインタビュー

――2022年は『Tokyo State Of Mind』のリリースをはじめ、さまざまなコラボレーションやプロデュースワークなどもありましたが、1年を振り返ってみていかがですか。

「『Tokyo State Of Mind』の制作を冬に終えたあと、すぐに次のアルバム制作を始める予定だったのですが、ライブや他の仕事もありなかなか進められず、春、夏、秋とあっという間に過ぎてしまいました。春に自宅スタジオを引っ越してから制作機材や制作環境を少しずつ変えています。今年は次の制作に向かうための心の準備期間だったのかもしれません。来年に向けて、残りの2ヵ月はそろそろ本格的にアルバム制作に力を入れていきたいと思っています」

――既発曲の「On My Way Home」「DT pt.2」「Sit At The Piano」などが国内のみならず世界中で高い評価を獲得したなかで、『Tokyo State Of Mind』をリリースしたわけですが、作品への向き合い方に変化はありましたか。

「アルバムジャケットの写真は、環七通りにある事務所近くの交差点で撮影したので、車で環七を通る度に撮影の日のことを思い出します。2022年の東京に住む自分の足跡や匂いみたいなものをアルバムに記録したいと思いながら制作していました。昔から自分を精神的に追い込んで制作するスタイルなのですが、あまり深く考えず気楽に作った方が結果的に良い曲ができたりするのが音楽制作の難しいところで。今作だと「逃飛行レコード」がまさにそういう曲です」

――まさに自分の足跡という意味にも通じると思いますが、ご自身のルーツミュージック、あるいはKan Sanoさんがミュージシャンを志す契機になった作品やアーティストは?

「初めて買ったCDはMr. Children。洋楽だとザ・ビートルズです。アルバムをひとつのアートフォームと捉えるビートルズの姿勢には影響を受けましたし、だからこそ僕は今でもアルバムという形態に拘りを持っているのだと思います。ビートルズのいちばん好きな作品は『アビイ・ロード』です。マイルス・デイヴィスの自らの音楽に進化を求め続ける生き方にもかなり影響を受けています。マイルスのいちばん好きな作品は『ビッチェズ・ブリュー』です」

――松浦俊夫 prsents HEXとしての活動、ドラマの劇伴やCM、プロデュースワーク、さかいゆうさんやさまざまなアーティストの作品への参加など、ソロワーク以外の活動も活発ですが、そうした経験がソロ作品にインスピレーションを与えていると実感することはありますか?

「語弊を恐れずに言うと、プロデュースワークやサイドワークは息抜き、ガス抜きみたいな感覚がちょっとあります。自分が表現したい音楽を模索しながら作ることと、他者の音楽表現のお手伝いをすることは、音楽に向かう姿勢がまったく違います。前者は自分の内側、後者は自分の外側に向かう感覚です。やっぱり僕は自分の作品を作りたい、残したいという欲求が常に根底にあります。もちろんプロデュースで試したアイデアやモチーフを自分の作品で使うことはありますし、逆もあります」

――今回、OTORAKUキュレーターとして、BGMの選曲という作業に携わっていただきました。

「尊敬する松浦俊夫さんや小西康陽さんも参加されているので、オファーをいただいた時はとてもうれしかったです。コロナ禍で毎月プレイリストを作ってシェアするようになり2年半ほど経ちます。テーマを決めて、その中から更に厳選したプレイリストを作ってみたいと思いました」

――Kan Sanoさんは、日常生活のなかで、BGMとして音楽を聴くシチュエーションや聴いている音楽のジャンルは?

「家ではリビングでレコードを聴いています。朝起きたら――夜型なので起床はほぼ昼ですが(笑)――まずレコードをかけます。かけるレコードはその時の気分で選びます。寝起きで選ぶレコードは大体静かなジャズやクラシックが多いですね。元気がある時はチャールズ・ミンガスをかけます」

――では、お店などの商業施設などで聴こえてくる、いわゆる街鳴りの音楽に意識が向かうことはありますか。

「僕は職業柄、音に敏感なので、正直なところ静かな場所が落ち着くのですが、聴いたことのない音楽、知らない曲が流れているとワクワクするしテンションがちょっと上がりますね。気になる曲はすぐにShazamします。なので、僕が“お店のBGMに求めること”は新しい音楽との出会いです」

――今回のプレイリストは「Kan Sano ~Melody At Night 沈黙から生まれるメロディ~」というテーマですが、ご自身の言葉でもう少しブレイクダウンしていただけますか。

「自宅にいるような感覚で、ひとりで静かにゆったりと過ごせる夜のカフェやバーをイメージしました。空間に馴染んでいく、溶け込んでいく音楽を選びました。ウィスパーボイスと言われるような囁き声のボーカルが好きなので、そういう曲がわりと多いかもしれません。インストもありますし、さまざまなジャンルから選びました。どれも日常的に僕がよく聴いている曲です。レファレンス的な曲を挙げると、サブリナ・クラウディオ「basic needs」、Budamonk jlamotta Suzume「The very thoughts of you」、ジェリ・サザーン「 I’ll wear the green willow」、矢野顕子「someday」です」

――BGMとふだん聴きのパーソナルミュージックとの違いは意識されましたか。

「まったく意識していません(笑)。すべて僕が日常的に聴いている、聴いてきた曲から選んでいます」

――今回の選曲を終えての感想はいかがですか。

「選曲してみると、改めて自分の音楽の趣味嗜好がよく分かって面白かったです。幅広いジャンルの音楽が並んでいますが、どれも僕が好きな音楽ですし、全体を通して聴いていくと一貫性というか、何か共通項が見えてくるのかもしれません」

――新しい1年のはじまりが見えつつある時期ですが、Kan Sanoさん自身の今後の展望を聞かせてください。

「来年はアルバムを出したいです。気合を入れつつ、いかに力を抜いて制作できるかが今の課題です」

(おわり)

取材・選曲監修/林 健斗(USEN)
文・構成/高橋 豊(encore)

「OTORAKU -音・楽- 」PLAY LIST「~Melody At Night 沈黙から生まれるメロディ~」 Curation by Kan Sano

夜、静かに過ごしたい時に合う音楽。究極のBGMとは沈黙、つまり無音なのかもしれません。それでも、最小限の音数で、最大限に力強く響く歌達は、沈黙を超えた究極の静けさを与えてくれます。

1. Sabrina Claudio「Basic Needs」
2. BudaMunk,J.Lamotta「The Very Thought Of You」
3. RHYE「Taste」
4. sade「Love Is Stronger Than Pride」
5. Nina Simone「I Think It's Going to Rain Today」
6. ラパキヴィの花「Phlox」
7. 矢野 顕子「SOMEDAY」
8. Jeri Southern「I'll Wear The Green Willow」
9. 53 Thieves「three a.m.」
10. Maeta「Teen Scene (feat.バディ)」
11. Uyama Hiroto「End of the road」
12. キース・ジャレット「Blackberry Winter」
13. Brad Mehldau「When It Rains」
14. shirley horn「You Won't Forget Me」
15. Bill Evans Trio「If You Could See Me Now」
16. スティーヴィー・ワンダー「You And I」
17. Jaco Pastorius「Three Views of a Secret」
18. Isao Tomita「Suite Bergamasque, Claire de Lune, No. 3」
19. Louis Armstrong「Nobody Knows The Trouble I've Seen」
20. Bill Charlap「Never Will I Marry」
21. Jaco Pastorius「John and Mary」
22. Joe Pass「My Old Flame」
23. 児玉奈央「I Know」
24. 長谷川健一「美しい影」
25. 寺尾紗穂「九年」
26. RUNG HYANG「Trapped」
27. Myron「Best Is Yet To Come」
28. Meshell Ndegeocello「Grace」
29. Meshell Ndegeocello「Fool of Me」
30. Roberta Flack「Do What You Gotta Do」
31. Sam Cooke「A Change Is Gonna Come」
32. JOHN LENNON「Love [Remastered 2010]」
33. Galimatias「Laying Low」
34. Selah Sue「Celebrate (feat.ミック・ジェンキンス)」
35. Charlie Lim,Linying「Hummingbird」

OTORAKUキュレータープレイリスト

EXTRA ISSUE――origami PRODUCTIONS 15年の歩みとOTORAKUキュレーション

――はじめに2007年の創設から現在にいたるまでのorigami PRODUCTIONSの歩みを振り返っていただけますか。

対馬芳昭(origami PRODUCTIONS)「既存のヒット曲やJ-POPの形式に捉われず、自由なジャムセッションを繰り広げていたミュージシャン達の姿に感動し、彼らが自由に音楽をやれる場所を作りたいという思いでレーベルを創設しました。現在は楽曲のリリースやライブに加え、映画、ドラマやCM楽曲やアーティストのプロデュースなど多岐に渡って活動をしていますが、最初から順風満帆だった訳ではなくさまざまなトライ&エラーの結果、世の中に受け入れられたものが自分達のカラーとなっています」

――2022年に創設15周年を迎え、今年4月には「origami SAI 2022 Tokyo - origami PRODUCTIONS 15th Anniversary -」も開催されましたが、1年を振り返って特に印象に残った出来事はありますか?

対馬「毎日が印象深いので特にこれ、というものはないです(笑)。音楽はヒットしたかどうかが評価になる事が多いですが、そういった事に翻弄されず、一喜一憂せず、日々の努力を続けていく事で少しずつ結果が出ればと思っています。自分達がいいと思える音楽を作り、聴いてくれる人がいる。それがいちばんの喜びです」

――2022年11月30日にさかいゆう&origami PRODUCTIONS名義でカバーアルバム『CITY POP LOVERS』がリリースされます。

熊井鍊寺(origami PRODUCTIONS)「レーベル設立前から親交の深いさかいゆうさんと、origamiアーティスト全員が参加させていただいだ作品が15周年のこの年にオーガスタさんからリリースされることに不思議な縁を感じます。特に山下達郎さんをカバーした「SPARKLE」は、まさに全員集合な一曲。音源として、今のorigamiメンバーが集結した楽曲は何気に初めてなので、かなり貴重な機会になりました。さらに、代表の対馬の古巣であるビクタースタジオで撮影したMVも必見です!」

――今回、「origami PRODUCTIONS×USEN」というコンセプトのもと、所属アーティストのみなさんににOTORAKUキュレーターとして参加いただけることになりました。その第1弾としてKan Sanoさんのプレイリストがローンチしましたが、大変ユニークな取り組みになったのでは?

佐藤杏香(origami PRODUCTIONS)「オファーをいただいてすぐ社内で話し合いましたが、即決でした。USENさんのニュースは日々社内でチェックをしています(笑)。origamiのアーティストは選曲の機会をいただくことも多いですが、今回は店舗BGMということでふだんとは一味違った選曲をしています。ぜひお店でプレイリストの雰囲気を楽しんでいただけたら幸いです」

――OTORAKUは店舗や商業施設向けのBGMサービスです。個々のアーティストから劇伴、他アーティストのプロデュースなどさまざまなシチュエーションで音楽に携わっているorigami PRODUCITONSさんの視点から商用BGMについての考え方やフォーカスするポイントをお聞かせいただけますか?

佐藤「お店の個性が表れる点だと思います。照明、インテリア、売り物、制服など、コンセプトを表すための要素はたくさんあると思いますが、BGMもその一つ。その他の要素が全く同じだったとしても、BGMが違うだけで雰囲気がかなり変わるので面白いですよね!個人的な話ですが、学生時代のアルバイト先はBGMとその音量で選んでいました(笑)」

――音量は、ときとして音楽のジャンル以上にその場所の雰囲気づくりに影響を与える重要な要素ですよね。さて、最後に今後のorigami PRODUCTIONSの展望をお聞きしてインタビューを締めたいと思います。

対馬「コロナで活動が限定されてしまいましたが、音楽は性別、人種、国境を超えていくユニバーサルランゲージです。来年からは様々な国で演奏したいですし、人種を超えたコラボレーションを増やしていきたいです」

(おわり)

取材・選曲監修/林 健斗(USEN)
文・構成/高橋 豊(encore)

DISC INFOKan Sano『Tokyo State Of Mind』

2022年4月27日(水)発売
通常盤/OPCA-1051/2,750円(税込)
origami PRODUCTIONS

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さかいゆう&origami PRODUCTIONS『CITY POP LOVERS』

2022年11月30日(水)発売
初回生産限定盤(CD+DVD)/POCS-23909/4,950円(税込)
通常盤(CD)/POCS-23029/3,300円(税込)
newborder recordings / Office Augusta Co., Virgin Music Label & Artist Services

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