――新曲「イカロス」のリリースに際し、“この時代を生きる中で湧き上がるように生まれてきた”とコメントされていた秦さん。その湧き上がりに何かきっかけがあるとしたら、どういった出来事ですか?
「曲が生まれたのが一昨年の後半くらいだったんですけど。その時点で先にメロディとサウンド感が浮かんできて、それに対して歌詞をじっくり熟成させるように作った曲になります。当時は今よりもっとコロナ禍のムードみたいなものがあったと思うんですけど、だからと言って具体的にそこに向けて作ったという感じでもなくて。生まれてきたメロディとサウンドにどんな言葉をのせていこうか?と考えていたときに、ふと自分のなかに“喪失”というテーマが浮かんだんですよね。だから、特別なきっかけがあったというよりは、ごく自然にそうなっていったという感覚です」
――実際に歌詞を書き始めたのはいつ頃になるんですか?
「記憶が定かではないんですけど、昨年の夏頃とかですかね。それまでは先にサウンド面を進めていってトオミ(ヨウ)さんとどんなアレンジにするかを相談して、プリプロをして、という感じでした。その間に、なんとなく浮かんでくる言葉たちを溜め込んでいました。それを最終的にまとめたのが昨年でした」
――トオミさんと進めていたサウンド感が歌詞に影響することもありましたか?
「そこは影響があったというより、すでに向かう先はあって、全部がそこに向かっていくような感じでした。サウンドも、メロディも、歌詞も、“こういうものにしたい”っていうのは曲が生まれたときにあって、そこを目指して進んでいくような作業だった気がします」
――“喪失”をテーマに書かれたという歌詞の中でも、<焼けただれた胸の奥の 傷跡に残る 温もりにすがって>というフレーズが印象的でした。こんなふうに感じながら生きている人もきっと多くて、それが虚しさにもなるし、逆に生きる活力にもなるのではないかな?、と。秦さんはこのフレーズにどんな想いを重ねたのでしょうか?
「“喪失”というのが楽曲全体のテーマにはなるんですけど、喪失って、存在がなくなるんじゃなくて、なくなってしまったという“事実”がそこに残る気がしていて」
――確かにそうですね。
「だから、その人は目の前からいなくなってしまっているものの、いなくなってしまった証は自分の中に残っている。たぶんそれがそのフレーズにつながったんだと思うんですよね。“ない”ことが“ある”というか。それは、この楽曲全体を通して言えることだと思います」
――もともと秦さんの楽曲は映像が浮かぶものが多いと思っていたのですが、今回の「イカロス」では、楽曲にインスピレーションを受け、制作された3本の映画。それらを束ねた映画『イカロス 片羽の街』としてU-NEXTで独占ライブ配信されることになっています。ミュージックビデオではなく、映画を作るというのはあまり例を見ない手法ですが、どういった経緯でこの流れになったのですか?
「「イカロス」ができたとき、それこそ、“より映像的な楽曲だな”という印象があって。聴いてくれる人に対して、それをどう届けていくか?となった場合、一般的な流れでいうとミュージックビデオを作ることになると思うのですが、“そうじゃない映像的なアプローチができないか?”という話になったんです。そこを発端に、チームのスタッフみんなでいろいろと相談しているなかで、今回の企画に辿り着きました。普段であれば、映画だったり、物語だったりがあって、それに曲を書き下ろすことが多いんですけど、それとは逆で、“楽曲から物語を紡いでもらうことができないかな?”っていう。それがこの企画の始まりです」
――楽曲の世界観を映像化するミュージックビデオと、今回のように楽曲から映像を紡いでもらったのとでは、完成した作品から感じることも違ったのでは?
「そうですね。「イカロス」という一つの楽曲でも、それぞれの監督のフィルターを通ることによって、“こんなにもアウトプットが変わるんだな”っていうところが驚きでもあり、感動でもありました。それと同時に、聴いてくれる方のなかにも、それぞれに思い浮かべる景色があることを改めて意識しましたね」
――事前に監督と話したり、脚本をご覧になったりしたんですか?
「脚本はいただいたりしましたけど、監督のみなさんとはお話しはしていないです。とにかく自由に作っていただきたかったので。制作していただくにあたっては、「イカロス」という楽曲、それから“喪失と再生”を大きなテーマとして持っていただきつつ、あとは“自由にやってください”という感じでした」
――脚本を読んでいて、さらに完成した作品を見ると、また違った印象になるんじゃないですか?
「そうでしたね。音楽でも映画でも、そういうものに触れたときの心象風景とか、思い浮かべる情景があったりすると思うんですけど、なんとなく漠然としてるじゃないですか。それが“こんなふうに形にできるんだ”と思ったと同時に、“どうやってるのかな?”って。あんなふうに瞬間を切り取って形にすることのすごさを、作品になった映像を観てすごく感じましたね」
――映画を拝見すると、それぞれの作品に“このシーンは、この部分の歌詞が元になっていそう”と感じる場面がいくつもありました。3人の監督がピックアップするフレーズが違うのも、この作品を興味深いものにしている理由の一つになりますよね。
「何がどう共鳴するかっていうのは、本当、聴く方によって違うんですよね。映画が完成した後、監督さんたちと少しだけお話しする機会があったんですけど、それぞれの方のお話を聞きながら、映画で描かれていることは、ご自身と重ねて生まれてきている部分もたくさんあるんだなと感じて…。その方が生きてきた道筋や、そういったものの蓄積の上に、創作というものがあるのかなって」
――それはきっと、楽曲制作にも言えることですよね?
「そうですね。だから、まったく自分にないものは表現できないんですよね。やっぱり、“自分がどう生きてきたか?”とか、“今どんなふうに暮らしているのか?”とかが、創作物に直に影響すると思いますし。監督さんたちとお話しさせていただいて、ジャンルの違うクリエイターの方たちも、やっぱり同じように自分のなかに“創作の種”があるんだなと思いました」
――一つの楽曲であっても“それぞれに思い浮かべる情景があることを改めて意識した”とおっしゃっていましたが、それを具現化するような今回の映画を観て、秦さん自身、自分が作る音楽に対する責任感というか、ミュージシャンとしての姿勢に刺激を受けることもありましたか?
「今回の企画では、その楽曲が“それを受け取る方のなかでどんなふうに受け取られ、どう昇華されていくのか”っていうことの明確な差を改めて見ました。普段僕の音楽を聴いてくださっている方も、創作物としてアウトプットしないだけで、それぞれに受け取ってくれているはずで、それをより強く認識できたっていうのはあります。だから、自分自身が描いているもの、その曲に込めた感情はもちろんあるんですけど、それがきっかけになって、いかに聴き手のなかで広がっていくか。これまでも意識していたことではあるのですが、そこを改めて実感するような機会だったなと思いますね」
――より聴き手のなかで広がるものをという意識は、昔から変わらないものですか?
「変わらないですね。ただ、それをどう書くかっていうのは、いろいろ変化してると思います。具体的な描写を重ねて景色を描くっていうやり方もしましたし、逆に、心理描写を重ねることで景色を生み出すとか、それらをミックスさせたものとか、景色を書いているようでいて心情を書いているとか。いろんなやり方をしてるんですけど、根本的には、その世界にある景色だったり、色だったり、匂いだったりを、どう伝えるかっていう感覚で曲を作っています」
――秦さんがそういう楽曲作りを意識するのは、自分が音楽を聴くときのベースとして、楽曲からそういったものをキャッチしようとか、そういうものが自然と感じられるアーティストが好きといったようなことがあるからですか?
「あると思います。音楽に限らずですけど、ちょっとした非日常をくれるものが好きなので。日常のなかにあるものなのに、“なんか普段と違うな”って思える感覚があるものが好きなんですよね。特に音楽なんかはそうで、この曲を聴いていた数分間は、“時間の流れが変わった”とか、“景色の見え方が違う”とか。そういう時間ってすごく尊いと思うので。自分自身もリスナーとしてそういうものが好きだし、だから自分の楽曲も、聴く人にとってそういうものだといいなと思うんですよね」
――『イカロス 片羽の街』では、3本の映像作品の後に、秦さんの撮り下ろし最新ライブ映像も。こうした構成はもともと想定していたものですか?
「はい。企画の段階からライブも含めて一つのパッケージとして考えてました」
――撮り下ろしたライブということで、セットリストなどにも映画用のこだわりが?
「大きなところで言うと、「イカロス」をライブで初めて披露する場がそこだったんです。収録したのは昨年の10月だったんですけど、当時はまだ、楽曲についても映画についても何の情報も出ていない状況で」
――しかもシークレットライブだったんですよね。
「そうなんです。シークレットライブとして告知していたので、会場に来てくださった方たちからしても、“そもそもこれは何のライブなんだ?”という雰囲気で(笑)。もちろんライブ中には、“実はこういう映画の企画があって…”みたいな説明はしたんですけど。とはいえ、いきなり“その元になった新曲「イカロス」があるので聴いてください”と言って始まるので、お客さんも何の心の準備もないまま急に新曲を聴くし、僕もそこで初めてお客さんの前で歌ってるっていう。ただ、それがそのライブを開催する意義でもあったので、そこに向かっていくようなセットリストにはなってるかなと思います」
――その場で初めて歌ってみてどうでしたか?
「これまでのライブでも、いきなり新曲をやるってことはほとんどなかったと思うんですよ。「ひまわりの約束」はリリース前にやったことがあるんですけど、そのときは確か(主題歌になった映画『STAND BY ME ドラえもん』の)予告編はすでに公開されていて。サビの部分だけはみんな聴いたことがあって、フルコーラスで歌うのが初めてっていう感じだったんです。それを除くと、「イカロス」のように完全に誰も聴いたことがないものをライブでいきなり歌うっていうのは、そのときがたぶん初めて。でも、目の前に聴いてくれる人がいる状況で歌うことで、曲の細部が露わになったり、この楽曲が持つ意味みたいなものが自分にもまた返ってきたりするっていうのは、やっぱり楽しかったですね。それをすごく感じたライブでした」
――今回の映画で最新の秦さんの楽曲、そしてライブを拝見できるわけですが、来月22日には約3年3か月ぶりとなるニューアルバム『Paint Like a Child』が発売されます。そのなかで今回の「イカロス」は、どのような立ち位置になっているのでしょうか?
「アルバムの中心というか、根幹になっていると思いますね。アルバムに収録されている楽曲で言うと、「泣き笑いのエピソード」が制作時期としては一番古いのかな。だけど、この曲はちょっとイレギュラーで…作ったのは前作『コペルニクス』の直後くらいだったんです。その後、ニューアルバムに向けた曲作りをし始めたのが、それこそ一昨年の後半でした。“次の作品はどんなサウンド感で、どういうものを作っていこうか?”っていうところの第一歩としてできた曲の中に「イカロス」とか「Trick me」があったんですよね。だから、リリースの順番としてはアルバム直前になりましたけど、(アルバムは)こういうものたちから始めようと思った楽曲の一つとして、アルバムの骨格を成す1曲だと思います」
――タイトルの『Paint Like a Child』は、晩年のピカソが残した言葉で“ようやく子供のような絵が描けるようになった”という意味とのこと。このタイトルに込めた想いも含めて、最後にもう少しだけニューアルバムについてのヒントを教えてください。
「自分が音楽を作る上で、子供が絵を描くように自由な発想で、やりたいことをやるっていうのが目標というか、そんなふうに音楽を作りたいなって、ずっと思っていて。今回のアルバムもその積み重ねではあるんですけど、1曲1曲それぞれが振り切ったものが出来たと思います。。そういう意味でも、濃いアルバムになっていると思います」
(おわり)
取材・文/片貝久美子
写真/野﨑 慧嗣
秦 基博「イカロス」Music Video
―秦 基博 × U-NEXT FILM「イカロス ⽚⽻の街」&PREMIUM LIVE「ICARUS」―
2023年2⽉11⽇(⼟)18時よりU-NEXTにて独占ライブ配信
●ライブ配信
配信開始⽇時:2023年2⽉11⽇(⼟)17:00
公演開始予定⽇時:2023年2⽉11⽇(⼟) 18:00
●⾒逃し配信
準備出来次第開始〜2023年2⽉18⽇ 23:59
●視聴料
3500円(税込)
●チケット販売期間
2023年1⽉18⽇(⽔)18:00〜2023年2⽉18⽇(⼟)20:00
※ライブ配信終了後は、見逃し配信のみ購入することが可能です。
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