全3回、30曲で振り返る企画「厳選30曲で振り返るシティポップ50年史」。第2回の今回は、シティポップ・サウンドが日本の音楽シーンのメインストリームとなった80年代半ばから、J-POPという新たな潮流の中でその存在感を変化させていった90年代後半までを振り返りたい。

前回で紹介した大滝詠一『A LONG VACATION』と寺尾 聰『Reflections』が年間チャートの1、2位を制した1981年の最初のピークを起点として、杏里や杉山清貴&オメガトライブがビッグヒットを連発した80年代半ばから後半にかけてが爛熟期と言える。時代と併走するようにフュージョンも注目され、歌謡曲やアイドル・ポップスにもシティポップのエッセンスが当然のように取り入れられていくのだ。

こうした流れが頂点に達した80年代後半になると、シティポップ的な世界観は徐々に主流の座から退いていく。1990年前後を境にバンド・ブームが到来し、シティポップとは異なる価値観を持つ音楽が若者たちの支持を集めた。さらに“渋谷系”と呼ばれる新たなポップスが登場し、90年代半ば以降には小室哲哉のTKサウンドやビーイング系アーティストのヒットが席巻するなど、日本のポップスは“J-POP”という新たな時代へと突入していくのである。

とはいえ、都会的なポップスが完全に消え去ったわけではない。一部のアーティストには、後のシティポップ再評価へとつながる萌芽も見られるし、一貫してぶれずに音楽シーンの一線で活動してきたシティポップ系アーティストも少なからず存在する。いずれにせよ、拡散されて目立たなくなったが、70年代後半から80年代初頭に蒔かれた種は着実に未来に向かって根を張り続けていたのである。

杏里『Bi・Ki・Ni』

杏里「Good Bye Boogie Dance」(1983年)

大貫妙子や吉田美奈子がシティポップ第1世代だとすれば、杏里は第2世代の筆頭格。1978年に「オリビアを聴きながら」でデビューした当初は、アイドルなのかバラードシンガーなのか分かりにくい立ち位置だったが、「思いきりアメリカン」(1982年)あたりからアメリカ西海岸のイメージに近いポップな世界観を打ち出した。その極みが4作目のアルバム『Heaven Beach』(1982年)から始まった角松敏生とのコラボレーション。「CAT’S EYE」や「悲しみがとまらない」での大ブレイク前夜に生み出されたアルバム『Bi・Ki・Ni』(1983年)のオープニングを飾るこの曲は、詞・曲・編曲すべてを手掛けた角松のコンテンポラリーなブギー・ディスコ・サウンドと、杏里の溌溂としたヴォーカルの相性が最高だ。そして何より、『Bi・Ki・Ni』は彼女のサマー・クイーンとしての存在感を決定付けた傑作として、次作の『TIMELY !!』(1983年)と並ぶ夏のアンセムだ。

稲垣潤一『J.I.』

稲垣潤一「夏のクラクション」(1983年)

稲垣潤一は非常にユニークな存在のシンガーだ。シンガー・ソングライターのような雰囲気をまとっているが、基本的に自身で詞曲を書かず、秋元 康から大滝詠一まで多数の職業作家からの提供を受けている。それにもかかわらず、まるで自分の楽曲のように彼の色に染めて歌い上げるのだ。夏歌シティポップの代表曲と言ってもいいこの曲も同様で、作詞が売野雅勇、作曲が筒美京平、編曲が井上 鑑という布陣で制作されている。筒美京平は歌謡曲作家の代表的なひとりであるが、実はこの時期に洗練されたシティポップも多数手掛けており、そういった意味でも歌謡曲作家が普通にシティポップ的なサウンドを取り入れる時代になったことがよくわかる。サビの“夏のオウォオ~”という歌い回しが特徴的で、カセットテープのCMソングとして使用されてヒットした。

角松敏生『AFTER 5 CLASH』

角松敏生「IF YOU…」(1984年)

杏里と同様に、シティポップ第2世代の代表的な存在であると同時に、日本の音楽シーンにおける洗練された都会派ポップス像を加速させた人物でもある。彼の最大の特徴は、往年のソウルやAORサウンドをそのまま取り入れるのではなく、同時代のコンテンポラリー・ミュージックを大胆に取り入れ、アップデートしていったことだろう。この曲が収められたアルバム『AFTER 5 CLASH』(1984年)は、それまでのリゾートサウンド志向から一転し、夜の都会が似合うサウンドメイクに転換。ブラック・コンテンポラリーやエレクトロファンクなどのエッセンスも取り入れ、最新サウンドをいかに自分の血肉にするか試行錯誤した形跡が見られる。この曲でもブギーディスコのビートを取り入れているが、爽快さはしっかりとアピールしたセンスが見事だ。『AFTER 5 CLASH』は数ある作品の中でも、最も海外人気の高いアルバムでもある。



▼2026年5月23日(土)、横浜アリーナで行われた「TOSHIKI KADOMATSU 45th Anniversary Live」の様子。約6時間、三部構成の第1部はセルフカヴァー・プロジェクト『REBIRTH』シリーズを軸に、デビューから活動凍結までに発表されたオリジナルアルバムA面1曲目の楽曲を中心としたセットリスト。「IF YOU…」もここで披露された。

Photo by 岩佐篤樹

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_ 角松敏生(アリオラジャパン)



竹内まりや『VARIETY』

竹内まりや「プラスティック・ラヴ」(1984年)

まさかこの曲が世界中のリスナーを虜にするなど、発表当時はだれひとり予想していなかっただろう。2010年代の後半にYouTubeを通じてバズったわけだが、発表当初の1984年においても非常に新しい印象を持つ楽曲だった。竹内まりやというと初期のヒット曲「SEPTEMBER」(1979年)に代表される屈託のないポップスの印象が強かったが、山下達郎との結婚後にリリースしたアルバム『VARIETY』(1984年)に収められたこの曲は、ある意味で異色曲と言っていいだろう。デモテープを聴いてその完成度に達郎が驚いたというエピソードがあるが、彼女ならではのブラックミュージックの解釈が絶妙で、大胆な歌詞、クールな印象のメロディ、エッジーでダンサブルなビート、そして日本語詞から英語詞に切り替わるエンディングなど、ソングライティングのテクニックがこれでもかと詰め込まれている。40年以上経っても古びないのは、それだけの理由があるのだ。

杉山清貴&オメガトライブ『ANOTHER SUMMER』

杉山清貴&オメガトライブ「ふたりの夏物語 NEVER ENDING SUMMER」(1985年)

寺尾 聰がシティポップをお茶の間に持ち込んだとするならば、杉山清貴&オメガトライブはそこからさらに広げて一般大衆化していった重要な存在である。ヤマハのポプコン(ヤマハポピュラーソングコンテスト)出身のバンドでありながら、デビューに際しては康珍化と林 哲司というプロのソングライターを起用し、ノンクレジットではあったが超一流のスタジオミュージシャンにサウンド面を委ね、戦略的にリゾートポップスを生み出していった。その集大成と言っていいのが、JALのCMで使用されたこの5枚目のシングル。“Only You 君にささやくふたりの夏物語”というフレーズをもとに、2日間で作り上げたとは思えない完成度の高さを誇るのはさすがだ。杉山清貴の魅力的なヴォーカルを活かし、疾走感と爽快感がたっぷりと詰め込まれた究極のサマーソングに仕上がっている。

高中正義『TRAUMATIC 極東探偵団』

高中正義「渚・モデラート」(1985年)

シティポップの盛り上がりと寄り添うように、日本の音楽シーンではフュージョンも大きな盛り上がりを見せたのは周知の通りである。カシオペアやザ・スクエア(現在はT-スクエア)といったスターグループが続々と登場しただけでなく、渡辺貞夫や日野皓正といったベテラン・ミュージシャンたちもフュージョン・サウンドを積極的に取り入れていった。そんななかでも高中正義は多少異色で、サディスティック・ミカ・バンド~ザ・サディスティックスというロックの系譜で参入しており、インプロヴィゼーションよりもメロディアスなギターフレーズで人気を得た。昨今の海外人気では初期音源のリゾートサウンドにスポットが当たりがちだが、当時CMで使用されたこの曲こそブラック・コンテンポラリーを取り入れたスタイリッシュなシティポップ・サウンドと言っていいだろう。コーラスとギターの掛け合いがとにかくオシャレだ。

高中正義『RAINBOW GOBLINS STORY ~LIVE at Budokan 1981』DISC INFO

2026年9月30日(水)発売
初回生産限定盤(LP)/UPJY-9567/9,900円(税込)
通常盤(CD)/UPCY-8125/4,400円(税込)
ユニバーサルミュージック

SUPER TAKANAKA POP UP! in HARAJUKUEVENT INFO

2026年10月21日(水)~11月1日(日)
UNIVERSAL MUSIC STORE HARAJUKU(東京都渋谷区神宮前1-20-6)



SUPER TAKANAKA POP UP! in HARAJUKU

菊池桃子『ADVENTURE』

菊池桃子「Mystical Composer」(1986年)

シティポップ・サウンドの余波はアイドルポップスにも派生していったのは冒頭でも書いた通りだが、松田聖子に代表されるように超一流のソングライターやミュージシャンがサポートしているのだから当然のハイクオリティ。アイドル作品ゆえに楽曲よりもキャラクター性に注目が集まりがちだったが、その反面に音楽的にユニークなものが多いのも確か。菊池桃子もキャッチーなヒットシングルからは想像がつかないほど、アルバム収録曲には非常に凝ったマニアックとも言える楽曲が詰め込まれている。その筆頭が3作目のアルバム『ADVENTURE』(1986年)に収められたこの曲。メロウな洋楽テイストのサウンドは林哲司によるもので、ブラック・コンテンポラリーやAORの薫りを漂わせた名曲。ふわりとした独特ウィスパーヴォイスの魅力を最大限に活かし、心地良い雰囲気を作り上げている。

和田加奈子『Esquisse』

和田加奈子「夏のミラージュ」(1987年)

アイドルだけでなく、アニメソングに関してもシティポップ・サウンドは浸透していった。当時はアイドルやアニメはシティポップ的なアーティストと相反する世界観だと考えられていたが、実際には密接に関わっているアーティストやクリエイターも多い。とりわけ海外から見た日本のシティポップは、80年代のアニメ映像と結び付けられることがデフォルトとなっているのが面白い。和田加奈子は後にカイリー・ミノーグのヒット曲「I Should Be So Lucky」の日本語カヴァー「LUCKY LOVE」(1988年)がヒットするが、その前にはアニメ『きまぐれオレンジ☆ロード』のエンディングテーマとなったこの曲を発表している。作詞は湯川れい子、作曲は90年代以降に多数のヒットを生むTSUKASA、そしてアレンジは鷺巣詩郎という布陣によるもの。開放感のあるメロディと、きらびやかなサウンドメイクによるキャッチーなナンバーで、アニソンということを意識しなければシティポップとして十分成立する。

V.A.『アニメティック LOVE ~あのアニメあの曲にもう一度逢いたくて~』DISC INFO

2024年10月23日(水)発売
UICZ-8238/2,420円(税込)
ユニバーサルミュージック

ユニバーサルミュージック

オリジナル・ラヴ『結晶』

オリジナル・ラヴ「ヴィーナス」(1992年)

80年代末になると、シティポップ・サウンドは次第に淘汰されていく。バンドブームやインディーズブームによって、スタジオ・ミュージシャンが精緻に作り上げたサウンドよりも、ラフで荒々しいバンドサウンドの方が若者たちの心をつかむようになっていった。そして、都会的なポップスのポジションは、やがて渋谷系と呼ばれるようになるアーティストにとって代わるようになるのだ。ピチカート・ファイヴやフリッパーズ・ギターと並んで語られるアーティストがオリジナル・ラヴで、ソウルミュージックやラテンなどに影響を受けたスタイリッシュなサウンドは、シティポップ系アーティストのルーツとも近く、いわばシティポップの進化系と言っても過言ではない。「接吻 kiss」(1993年)でブレイクするよりも前のこのシングル曲は、CMで使用されて話題になり、後続するオシャレ・ポップスのひな型となった。

古内東子『恋』

古内東子「悲しいうわさ」(1997年)

90年代には、渋谷系とは別軸で、シティポップの系譜を引き継ぐアーティストも多数存在した。ただ、オーセンティックなシティポップ・サウンドは根強いリスナーはいただろうが、なかなかヒットにはつながらず、良質ながらも埋もれたアーティストや楽曲は数多い。そんななかで、珍しく王道を突き進んでブレイクしたのが古内東子だ。ソウルやAORに影響された凝ったソングライティングと、ダブルのヴォーカルやコーラスを巧みに使った歌声はもちろん、様々なシチュエーションの恋愛をテーマにした歌詞の世界が話題となり、「誰より好きなのに」(1996年)などスマッシュヒットがいくつか生まれた。この曲は6枚目のアルバム『恋』(1997年)のオープニングナンバーで、マーヴィン・ゲイの名曲から引用されたと思われるタイトルに導かれるように、小松秀行を中心としたグルーヴィー&メロウなサウンドがヴォーカルを引き立てる。



(つづく)

文/栗本 斉
監修/本多義明、河合芳樹(USEN)

河合芳樹(かわい よしき)PROFILE

株式会社USEN 編成部所属。各チャンネルの選曲、ディレクションを担当。インストゥルメンタル楽曲をセレクトすることが多く、ヒーリングやイージーリスニングを中心に、季節/催事に合わせた音楽なども日々模索中。

本多義明(ほんだ よしあき)PROFILE

USENチーフディレクター。趣味は渓流釣り(疑似餌のみ)。好きなミュージシャンは山下達郎。SOUL、JAZZ、SSW(シンガー・ソングライター)、WORLD MUSIC、CLUB MUSIC、CITY POPや昭和のニューミュージックなどなど好きな音楽のタイプはなんとなくあるが、令和のJ-POPやK-POPにはめったに触発されないらしい。

栗本斉(くりもと ひとし)PROFILE

音楽と旅のライター、選曲家。ウェブマガジン「otonano」エディター。1970年生まれ、大阪出身。雑誌やウェブの執筆、ラジオや機内放送の構成選曲などで活動。2022年に発表した『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』と翌年の『「90年代J-POPの基本」がこの100枚でわかる!』(共に星海社新書)が話題を呼び、テレビやラジオなど各種メディア、トークイベントにも出演。コンピレーション・アルバムの企画も行う。

栗本 斉(X)

栗本 斉(監修)『ディスク・コレクション 日本のフュージョン』BOOK INFO

2026年9月30日(水)発売
A5判200頁/3,080円(税込)
ISBN 978-4-401-65756-8
シンコーミュージック

シンコーミュージック

 栗本 斉『「90年代J-POPの基本」がこの100枚でわかる!』BOOK INFO

2023年9月20日(水)発売
ISBN 978-4-06-529705-6
1,375円(税込)
星海社

星海社

 栗本 斉『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』BOOK INFO

2022年2月22日(火)発売
ISBN 978-4-06-527086-8
1,100円(税込)
星海社

星海社

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