──ヤコブさんは日本語が話せるんですね。びっくりしました。
「ありがとうございます。ほんの日常会話程度ですが。6年前に来日した際に、日本が大好きだと感じたんです。日本の文化や音楽などいろんなことが好きになって、日本語を学びたいと思ったんですね。僕は10歳から38歳までずっと音楽しかやってこなかったので、趣味を持つのも大事だなと思って、日本語の勉強を始めたんです。今は忙しいからなかなか上達しないんですけれどね(笑)」
──いやいや、すごくお上手ですよ。さて、映画『ミュージック・フォー・ブラック・ピジョン ―ジャズが生まれる瞬間―』はどういうきっかけでスタートしたのでしょうか。
「2008年に『Balladeering』というアルバムをレコーディングしていたのですが、そこに記録用のカメラが入っていたんです。その時のディレクターが監督を務めたヨルゲン・レスのファンで、彼を連れてきたんです。するとヨルゲンがとても気に入ってくれて、この映画を撮ろうという話になりました」

──ヨルゲン・レスはどういう人なんですか。
「もともと映画評論家であり、映像作家でもあるという人なんです。彼は60年代のジャズが好きだったのですが、70年代以降のアブストラクトなジャズがあまり好きではなく、いったんジャズから離れていたらしいのです。でも、僕のレコーディングを見に来てジャズに再会し、それが感動的な瞬間だったらしく、映画にしたいという気持ちが芽生えたようです」
──映画はその2008年からごく最近までとても長いタームで撮影されていますが、そういうものになるという計画があったのでしょうか。
「いや、全然違います。僕は2012年にリー・コニッツたちと一緒に録音した作品で賞を獲ったので、その作品を披露する北欧ツアーを企画しました。そのツアーを記録しようというのが映画の発端です。その時の映像も良かったのですが、それだけではなくもっと他の映像を加えたいということで、レコーディングセッションやインタビューなども撮影することになりました。結果的に、14年間のさまざまな素材をパッチワークのように組み立てた映画になりました」

──この映画の面白さは、急に過去に遡ったり、最近の映像になったりして、時系列順になっていないところだと思います。
「ヨルゲンはたくさん映画を撮ってきたのですが、いわゆる実験的なアートムービーが多いんです。とにかくいい素材を集めて、時間軸も場所もランダムにつながっています。そうすることでアブストラクトな印象をもたらしていますし、実際の音楽にも通じるのではないかと思います」
──それは感じました。編集がまるでジャズのインプロヴィゼーションのようで、独特のリズムを感じます。
「ジャズを題材に執った映画ですし、自分自身の音楽に対するアプローチに似ているなと感じたので、そう感じられたことがとてもうれしかったですね」
──音楽そのものが素晴らしいのはもちろんなのですが、個々のミュージシャンの素顔もとてもユニークですね。リー・コニッツとポール・モチアンの会話には思わず声を出して笑ってしまいました。
「本当にあの二人は、あの通り面白い人でしたよ(笑)」
──ああいう映像は、音楽が生まれる現場だからこそですし、音楽ファンにとってはとても貴重なシーンだと思います。
「僕にとってもあの二人が会って話している場所にいることができたことは、とても貴重な経験でした」
──そうそうたるレジェンドたちが登場していますが、彼らから学んだことは何でしょうか。
「ポール・モチアンは、ふだんでもさらっとすごい話をしてくれるんですよ。チャールズ・ミンガスがこうだったとか、キース・ジャレットがどうだったとか。ビリー・ホリデイから手にキスをされたとも言っていましたね(笑)。ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードで一緒にライヴをした時も、“君が座っているその椅子にコルトレーンも座っていたんだよ”なんて言われて鳥肌が立ったりもしましたし」
──すごいエピソードばかりですね!
「一方でリー・コニッツは、僕の作る音楽にとても興味を持ってくれて、すごく練習もしていたそうです。彼のスタイルは複雑なメロディラインやハードなリズムのイメージが強いのですが、僕が彼の音楽に感じたのは繊細な美しさだったんです。だから、彼がシンプルなメロディに即興を加えることは、すごく新しくて貴重なことだと思いました」
──彼が語るエピソードが、この映画のタイトルであるミュージック・フォー・ブラック・ピジョンにつながるのも面白いですよね。
「彼は僕の音楽を理解しようと努力してくれていたけれど、よく“自分が参加する意味が分からない”って言っていましたから。ただ彼は抽象的な話をするのが上手で、あのエピソードもそんな話のひとつであって特に意味はないんです。でも、この映画のタイトルに合うのではと思って名付けました」

──トーマス・スタンコも、ヤコブさんにとっては非常に重要なミュージシャンだと思います。
「まさに!彼は僕にとってのメンターと言っていい存在です。僕はECMレコードで何度かレコーディングしているのですが、プロデューサーのマンフレート・アイヒャーがトーマスに僕を推薦してくれたそうです。当時の彼のバンドは、ドラムス、ベース、ピアノといういわゆる典型的なジャズの編成だったので、ギターが入る余地はあるのか疑問でした。でも彼は“お前自身がお前の居場所を見つけろ”と言うんです。“なぜならお前にここに居て欲しいからさ”と。それでペダルを使ってエフェクトをかけてみるなどして実験を繰り返したことが、僕の今のギタープレイのベースになっているんです」
──それはECMのミュージシャンならではという感じがします。やはりECMは特別なのでしょうか。
「僕は自身のレーベルであるLoveland RecordsとECMの両方から作品をリリースしていますが、ECMは著名なアーティストがたくさん名作を残しているので本当に夢のようです。チャールズ・ロイド、ヨン・クリステンセン、ケニー・ホイーラーといろんなミュージシャンと一緒に演奏することができました。でも、初めてのセッションの時はプレッシャーが強くて、半年ほど出来上がった作品を聴くことができませんでした(笑)」
──さらにユニークな人物として印象的に描かれていたのが、ダブルベース奏者のトーマス・モーガン。彼が朝起きてからのルーティンの様子も、とてもリズム感があって面白かったです。
「彼の話でいうと、一緒にツアーを回った時、ホテルの部屋が彼の隣だったんです。翌朝、早朝のフライトだったので、朝4時半にアラームをセットしておいたら、隣の部屋からも音楽が聞こえてきたんですよ。でも、1曲ではなく、15秒すると次の曲、30秒すると次の曲とすぐに変わるんですね。なんだろうと思ってそのあとロビーでトーマスに合流して聞いてみたら、歯磨きとか髪を直すとかひとつひとつの行動に何秒かかるかを把握していて、それぞれの行動を音楽でプログラミングしているというのです!」
──なるほど、映画で見たとおりのルーティンなんですね。
「映画には彼のインタビューシーンがありますよね。音楽とは何かと聞かれて、言葉にしようとするのにすごく時間がかかっている。そのシーンがこの映画の方向性を決定づけたと言っていいかもしれません」
──確かにあの沈黙には見入ってしまいます。ふつうだったらカットされてもおかしくないですよね。
「そう!でもあのシーンだけは絶対にカットしないでくれとお願いしました。それによって、この映画がアブストラクトになるのではないかという方向性が見えたのです」
──この映画は音楽の現場を記録した映像としてとても貴重であるだけではなく、とてもジャズ的な余韻を感じることができる作品だと思いますが、ヤコブさん自身はどう感じていますか。
「この映画で得たものと言えば、まさに残された記録そのものだと思います。ヴェネチア映画祭では1500人の前で上映し、終わったとは10分くらいスタンディングオベーションが続きました。その瞬間は忘れられないですし、心にぐっとくるものがあります。僕の音楽を信じてくれたたくさんのミュージシャンと一緒に作品や演奏を残した記録が14年分詰まっています。この映画を観た人が、何かを生み出すときのインスピレーションになってくれたらうれしいですね」
――映画の中でヤコブさんの14年間を追ってきたわけですが、これから先も気になります。
「実は映像はまだ撮り続けています。この映画にも出演していた高田みどりさんとのレコーディングセッションや、デンマークで子どもたちに音楽を教えているところも記録しているので、もしかしたら続編ができるかもしれません。それと、ブリュッセル市から依頼を受けて75分間の映像作品を作っていたり、デンマークでフェスを企画したり、日本でのコンサートやアジアツアーも考えています」
──では日本でヤコブさんに会える機会も増えそうですね。
「はい、そのためにもっと日本語を勉強しないといけないですね(笑)」
(おわり)
取材・文/栗本 斉
通訳/青木絵美
監修/小島万奈(USEN)
協力/篠原 力(ディスクユニオン)

『ミュージック・フォー・ブラック・ビジョンージャズが生まれる瞬間ー』2025年 ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋 他 全国公開
監督/ヨルゲン・レス、アンドレアス・コーフォード
出演/ヤコブ・ブロ、リー・コニッツ、ポール・モチアン、ビル・フリゼール、高田みどり、マーク・ターナー、ジョー・ロヴァーノ、ジョーイ・バロン、トーマス・モーガン、マンフレート・アイヒャー、他
配給/株式会社ディスクユニオン

2025年大阪・関西万博 北欧パビリオン「デンマーク・ナショナルデー」EVENT INFO
4月24日(木)、大阪・関西万博 北欧パビリオンにおいて、ヤコブ・ブロ、ニコライ・ブスク、高田みどりが、北欧のフォーク、即興演奏、ミニマリズムが融合した詩的で幻想的なパフォーマンスを披露する。同日、デンマーク系日本人シンガー・ソングライター、ミイナ・オカベのライブも行われる。

映画『ミュージック・フォー・ブラック・ピジョン ―ジャズが生まれる瞬間―』のスクリーン越しに聴こえるジャズをUSENでCOLUMN
USENのジャズ担当ディレクターが、映画『ミュージック・フォー・ブラック・ピジョン ―ジャズが生まれる瞬間―』から聴こえる音楽やミュージシャンを知るためのチャンネルをピックアップしました。
松浦俊夫 ~USEN MUSICキュレーター~
日本を代表するDJ/アーティストである松浦俊夫。音楽や芸術への造詣が深く、音楽のキュレーションにおいても特別なセンスが光ります。そんな松浦氏が今回1曲目にセレクトしたのが、ヤコブ・ブロの新作『Taking Turns』(2024年)より「Milford Sound」。美しもスリリングな傑作です。
JAZZ (diskunion)
ジャズファンに人気のショップ、ディスクユニオンとのコラボチャンネル。注目の若手から大物アーティストまで、現代進行形ジャズの“旬”を詰めこんでお送りしています。もちろんヤコブ・ブロの最新作もこちらでお楽しみいただけます!
salon jazz(Instrumental)
新旧のインストゥルメンタル・ジャズの中からECM作品をはじめとする美しい作品をお送りしてます。このチャンネルを象徴するのが、映画でも話題に上ったヤコブ・ブロ『Balladeering』(2009年)からの1曲。私が思う、最も美しい演奏のひとつです。
文/小島万奈(USEN)
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