インタビュー

――2024年10月から「Workout HIP HOP」「Chill HIP HOP」という新しいチャンネルが立ち上がってひと段落といったところですね。

「そうですね。現状では楽曲のストックを入れ替えたり、削除したりということは基本的には考えていなくて、楽曲を増やしていく方向で常に最新のシーンに寄せていってる感じです。最新のシーンを意識してはいますが、選曲している候補曲の中には、チャンネルのコンセプト上、ミドルスクールとか90年代ぐらいの楽曲も入ってきますね。だから年代の縛りは設けていません。これは番組の性質と折り合いがつくのであればという大前提ですが」

――なるほど。70年代あたりのオールドスクールは含まれない?

「うーん……そこまでのシーンの黎明期の曲はいまいまは選曲の視野には入れていません。HIP HOPの歴史においては、オールドスクールやミドルスクールっていう捉え方も人によって違いますし、このチャンネルではそこまで明確にセグメントする必要はないかなって思っています。なので、音楽シーンの最先端であるHIP HOPという音楽を用いて店舗など商業施設の空間を演出するというコンセプトに向かってストックを太らせるために日々の選曲作業に注力しています」

――太らせるというのは、そのチャンネルで流れる楽曲のレパートリーを増やすという意味ですね?

「はい。もう少し時間が経過して、ある程度ストックができたなという段階で、アタマから全部聴きなおして精査します。この曲は外そうかな……ということももちろんあるかもしれません。それは曲の良し悪しというよりも、全体のバランスだったり、シーンそのものも変化していきますし、その時の正解がいつでも正解ということではないという意味です。これは「Workout HIP HOP」「Chill HIP HOP」どちらのチャンネルも同じです。というか、ほとんどの新チャンネルがそうです。とりあえず、というと聞こえが悪いですが、まずはローンチさせてお客様からのフィードバックや制作チーム内の検証作業を経て育てていくというアプローチですね」

――どれくらい太らせたいんですか?(笑)

「とりあえず600から700曲くらい。そこでいったん検証しつつ、1,000曲くらいまで。一般的なポピュラー音楽の楽曲尺なら、だいたい500曲を越えると24時間そのチャンネルを掛けっぱなしにしても同じ曲がリピートしないくらいのストックになるので」

Photo by Victor Muruet(PDM 1.0)

――「Workout HIP HOP」「Chill HIP HOP」のインストラクションに“Cleanバージョンで”とありますが、これは?

「歌詞の制限――いわゆる放送禁止用語をオミットしたバージョン――です。USENは商業施設や公共施設のBGMとして使っていただくツールなので、海外のメディアで放送されているラジオエディット・バージョンなども積極的に使用しています。なので、この2つのチャンネルに関しては、オリジナルバージョンがExplicit――放送禁止用語や放送に相応しくない言葉を含むという意味合いです――と設定されている楽曲で、放送用に編集されたCleanバージョンなどがリリースされていない場合は使用を控えているので、候補曲がかなり振るいにかけられてしまうのが悩ましいですね。体感的にはWorkout、Chillのコンセプトにフィットする楽曲は数十曲に1曲あればOKくらいで、100曲以上試聴して1曲も使える楽曲がなかった……なんてこともあったり。ただ無印の「HIP HOP」チャンネルについては”放送楽曲の一部に過激な表現が含まれます”と但し書きをつけていて、中にはExplicitな楽曲も含まれます。もちろんそういった、いわゆるあぶない要素が魅力となるシーンでもあるので、こちらはよりコアなHIP HOPリスナーも意識しつつ、格好いいHIP HOP空間の演出という部分に重きを置いたセレクトで構成している感じですね」

――選曲作業は三浦さん含めてディレクターや、セレクター陣の人力とセンスに頼っている部分が大きいと思いますが、聴感上の選曲って言語化するとどういう基準でしょう?

「言語化するのはすごく難しいんですが、たとえば一般的にHIP HOPという音楽からイメージされがちな、ある種暴力的だったり、セクシュアルな楽曲――歌詞はもちろんですが、トラックや声質からそういう雰囲気が強く感じられるものも含めて――は、省いています。アレンジとか曲調を見る前段階というか、まず一聴した際の印象が想定している利用シーンや空間のBGMとして相応しいのか?といった部分はかなり意識しています。これはレギュレーションやマニュアルがあるわけではないのですが、HIP HOPに馴染みのある人、ない人など、どういった人が、どういったシチュエーションでその曲を耳にするのか?といった状況を想定して判断しています」

――それこそ聴感上という意味では、「Workout HIP HOP」も、「Chill HIP HOP」も、特にHIP HOPに興味がない人が聴いていてもストレスがないというか、流行りの曲を集めたBGMとして使い勝手がいいんだろうなと感じます。

「まさにそこが狙いでもあって。世界的にはもちろんですが、日本国内でもHIP HOPっていう音楽の需要は高まっていますし、店舗でもオーナーさんであったり、現場のマネージャーさんであったり、店内BGMに関しての決定権を持っている方が若い世代にシフトしているので、トレンドの音楽に敏感になっていると思うんです。だからUSENもそれに応えられるコンテンツを揃えていなくちゃいけない。あとはインバウンド需要の高まりという部分も見越して、Cleanとかラジオエディット中心の選曲で、使いやすくて整理されているHIP HOP系のチャンネルをローンチさせつつ、既存の「HIP HOP」チャンネルもベンチマークを見直してブラッシュアップしました」

Photo by Elvert Barnes(CC BY-SA 2.0)

――Workout、Chillが付かない無印の「HIP HOP」チャンネルと新チャンネルの差分というか棲み分けってどうなっているんでしょう?

「たとえば現在の御三家であるケンドリック・ラマーやドレイク、J. コール、あとは新進気鋭のラップアーティストたちの新曲がゆったりとスタイリッシュに楽しめるのなら、それは「HIP HOP」にも「Chill HIP HOP」にも入るでしょうね。むしろ、「HIP HOP」チャンネルは、ここ数年をかけて選曲やコンセプトをマイナーチェンジして、より店舗空間向けのセレクトへとシフトしたので、「HIP HOP」に選んだ曲がWorkoutとChillのどちらかに振り分けられているパターンもめずらしくないです。加えて、この3つのチャンネルそれぞれにターゲットとして想定しているユーザーさん像が違っているので、使っていただいている店舗や空間をイメージして棲み分けている感じですね。逆にこの3チャンネルで共通して意識しているのは、お店の客層はもちろんですが、オーナーさんやそこで働いているスタッフさんがHIP HOP好きであるとして――俗な言い方ですが――イケてるBGMという感覚で使っていただけるプレイリストになっているかということです。一般的に広く使ってもらえるということを意識すると、やはりコアなリスナーさんには受け入れられないかも……という懸念も少ながらずありますが、HIP HOP好きのリスナーさんにも興味をもって楽しんでいただけるチャンネルになるよう、耳が擦り減ってしまうんじゃないかと思うくらい日々尽力しています(笑)。また業種としては、バーやカフェのような飲食からスポーツ用品店、ジム、美容室といったところの使用率が上がっていますし、さらにWorkout、Chillに関しては、HIP HOP好きじゃないオーナーさんにもおすすめできる使いやすいチャンネルになったという手応えも感じています」

――もちろん、HIP HOP好きのオーナーさんなら、三つのチャンネルを時間帯やシチュエーションで使い分けてもらったりしてもいいわけですよね?

「まさしく。デイタイムはWorkoutで、夕方以降はChill、それ以外のアイドルタイムには無印のHIP HOPという使い分けもおすすめです。ニュアンスで使い分けるなら、アクティブでダンサブルな雰囲気が欲しければWorkout、スタイリッシュでリラクシンかつゆったりめのテンポがよければChillがハマると思います」

――ここで三つのチャンネルそれぞれにレファレンス的な楽曲を挙げてもらえますか?

「基本的には直近に話題を集めた楽曲などを意識して、無印のHIP HOPなら、Common, Pete Rock「When The Sun Shines Again ft. Bilal& Posdnuos」、ケンドリック・ラマー「Not Like Us」、チャンス・ザ・ラッパー「3333」。Workoutは、ジェシ「Total 90」、 ポール・ラッセル「Lil Boo Thang」、アンダーソン・パーク「King James」。Chillはedbl&Kofi Stone「Lena」、Niko B「forteen days」 、Barely Trev&Paul Russell「yours !」といったところですね」

――なるほど……無印はアーティスト名を見るだけで納得感というか王道感があります。Workoutに入っているジェシ「Total 90」ってブラーの「ソング 2」が元ネタですが、元ネタがわりとパンキッシュなのに、この曲は角が丸められた感じになっていて面白いですね。Chillは、edblがHIP HOP?って思ったんですが、聴いてみるとすごくしっくりきます。

「王道といえば、ジェイ・Zは歴史上最も偉大なHIP HOPアーティストと言われていますが、仮に彼が来月アルバムをリリースしたとして、その収録曲が3つのチャンネルで1曲もかからない可能性もあるんです。それは聴感上のフィルターが刺激的過ぎる、一般的なイメージでネガティブ過ぎると判断した場合ですが。なので、すごくとんがった主張のコンセプトアルバムだと1枚まるまるボツってこともふつうにあり得ますね。アーティスト自体の立ち位置が攻撃的だったりする場合もやはり取り扱いが難しいことがあるかもしれません。Clean、ラジオエディットを中心に選曲していますし、もちろん実際に試聴して、歌詞カードもチェックしたりもしていますが、アメリカ英語中心の楽曲が多いので、どうしても言葉自体の意味合いや文化的背景について日本人である僕には理解が及ばない部分もあります。コンセプト、方向性という意味ではある程度固まりつつありますし、海外では店舗用BGMとして一般的に利用されているHIP HOPを日本でも安心して楽しんでいただけるように試行錯誤を重ねて、三つのチャンネルとして提示できたかなとも思います。空間演出のためのBGMとしてもっと多くの方々にHIP HOPという音楽に触れていただけるよう、選曲にチャレンジしていきたいですね」

(おわり)

取材・文/高橋 豊(encore)
監修/三浦祐司(USEN)

Photo by flows_2000(CC BY-SA 2.0)
Photo by Victor Muruet(PDM 1.0)

Photo by Elvert Barnes(CC BY-SA 2.0)

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三浦祐司PROFILE

三浦祐司(みうら ゆうじ)。株式会社USEN 制作1部所属。「HIP HOP」をはじめとする各チャンネルの選曲、ディレクションを担当。コンシャス・ラップ、トラップ、ドリル……日々、世界中から登場する多種多様なラップ音楽に目がくらみつつ、結局一番好きなのはファンキーでダンサブルなHIP HOP。

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