都会的でスタイリッシュな日本のポップス……シティポップを定義づけるとするならば、そんな感じだろうか。そもそも明確な定義も決まり事もない言葉なので、解釈は人それぞれ。ここでも“これはシティポップだが、あれはシティポップではない”なんていう断定をするつもりはない。ふわっとしたイメージで問題ないのだ。

とはいえ、暫定的にシティポップの起点を決めるとするならば、1975年にしておこう。というのも、この頃から少しずつ“都会的でスタイリッシュなポップス”が、日本の音楽シーンに登場してくるからだ。ソウル、ジャズ、ボサノヴァなど従来のロックにはなかったメロディやコード進行を使用した“AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)”が流行し始めるのもまさにこのあたりから。そして、1975年に生まれたシティポップのムーヴメントは、大滝詠一や寺尾 聰が大ブレイクする1981年から、山下達郎の名盤『FOR YOU』が発表される1982年にかけて、ひとつのピークを迎えるのである。

ここでは、全3回30曲で振り返る企画の第1回として、シティポップ黎明期の1975年から最盛期を迎える1982年までに生まれた名曲10曲を紹介しよう。まさに王道シティポップのセレクトを楽しんでいただきたい。

シュガー・ベイブ『SONGS』

シュガー・ベイブ「DOWN TOWN」(1975年)

シティポップの起点を1975年にしたのは、シュガー・ベイブから始めたいと思ったから。ご存じ、山下達郎と大貫妙子が在籍したグループで、1975年に唯一のアルバム『SONGS』を残し、日本のロック/ポップス史に名を残した。ロックと言えばハードロックやブルースロックなどが主流の時代に、ソウルミュージックやラテンのエッセンスを取り入れ、7thコードを多用した斬新な楽曲やアンサンブルを作り上げた。この意気込みこそが“ロック”と言ってもいい。実際、演奏は意外と荒々しく、ガレージロックっぽい印象を受ける楽曲もある。彼らの中でも最も有名な「DOWN TOWN」はシングルカットされ、後の1980年にはEPOのカヴァーがテレビ番組「オレたちひょうきん族」のタイアップとなったのも有名な話。作詞が伊藤銀次、アルバムのプロデュースが大瀧詠一と、役者がそろい踏みしている一曲としても、シティポップの元祖だと言える。

シュガー・ベイブ『SONGS 50th Anniversary Edition』DISC INFO

2025年4月23日(水)発売
WPCL-13642 / 13643/4,180円(税込)
ワーナーミュージック・ジャパン

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荒井由実『14番目の月』

荒井由実「中央フリーウェイ」(1976年)

シュガー・ベイブがシティポップの元祖とするならば、同時期に登場したユーミンこと荒井由実はシティポップの世界観をグイグイと押し広げていった実行役ではないだろうか。1972年にデビューした時点ですでに洗練されているとはいえ、まだ五輪真弓らと並ぶシンガー・ソングライターという印象が強い。しかし、『COBALT HOUR』(1975年)で一気にカラフルな世界観へと進化し、4作目の『14番目の月』(1976年)では完全にシティポップ的な世界観を構築した。松任谷正隆によるグルーヴィーなアレンジが素晴らしいが、さらに特筆すべきは彼女のストーリーテリング。東京から山梨へ続く中央自動車道沿いに実在するビール工場や競馬場を描き、ロマンティックに表現するテクニックは後続のアーティストに大きな影響を与えたはずだ。なお、翌1977年にはハイ・ファイ・セットと庄野真代がカヴァーし、彼らにとっての代表曲のひとつになっている。

大貫妙子『SUNSHOWER』

大貫妙子「都会」(1977年)

シュガー・ベイブの解散後、1976年からソロアーティストとして活動を始めた大貫妙子。80年代以降にはヨーロッパ路線で唯一無二の存在感を放つことになるわけだが、その立ち位置を確立するまではあくまでも過渡期と言える。しかし、その過渡期に発表された『SUNSHOWER』(1977年)や『MIGNONNE』(1978年)といったアルバムが、シティポップ・リバイバルの波によって再評価されているのが面白いところだ。2ndアルバムの『SUNSHOWER』は、坂本龍一が全曲のアレンジを手掛けており、当時のクロスオーヴァーやAORのテイストを多分に含んだサウンドが中心。人気フュージョン・グループ、スタッフのドラマーであるクリス・パーカーを呼び、グルーヴィーなリズムを取り入れたのが特徴だ。なかでもスティーヴィー・ワンダーに影響されたという「都会」は、90年代からDJの間でレアグルーヴとしても再評価され、今に続く人気の一曲。



南佳孝『SOUTH OF THE BORDER』

南佳孝「夜間飛行」(1978年)

70年代のロック/ポップス系ミュージシャンが、ビートルズ以降の欧米のロックに影響を受けたバンドサウンドが主流だったのに対し、南佳孝のようなジャズやラテンがバックボーンにあるアーティストは異色でありニュータイプだったと言える。クールな歌声と彼の独特のスタイルが大きく開花したのが、1978年発表の3rdアルバム『SOUTH OF THE BORDER』だ。ここでも坂本龍一が全曲のアレンジに関わり、ラテンやブラジル音楽のサウンドを大胆に取り入れている。また、高橋幸宏や細野晴臣なども参加しており、プレYMO期の貴重な記録でもある。「夜間飛行」はサンバのリズムを取り入れた高揚感のある楽曲で、ティン・パン・アレー(林立夫、細野晴臣、鈴木 茂)のリズムセクションに、浜口茂外也と斉藤ノブの躍動的なパーカッションが重なり、ブラジリアン・フュージョン的な楽曲に仕上がっている。

松原みき『POCKET PARK』

松原みき「真夜中のドア~Stay with me」(1979年)

2010年代以降のシティポップ・リバイバルを象徴する代表曲と言っていいだろう。「真夜中のドア~Stay with me」は、今や日本だけでなく世界的なスタンダードとなった。2004年に44歳の若さで早世した松原みきだが、まさかこんなことになるとは思ってもみなかったに違いない。この1979年のデビュー曲は、発表当時も10万枚以上のセールスというスマッシュヒットを記録。竹内まりや「September」で注目を集め始めていた林哲司が作曲・編曲を手掛けており、彼の出世作としても知られる。当時の評価としては、歌謡曲とニューミュージックの中間という印象だったが、ダンサブルなビートということもあり後にDJに再評価されることとなった。また、90年代から盛んにカヴァーされるようになり、そういった下地があってこそのリバイバルヒットと言えるだろう。

寺尾 聰『Reflections』

寺尾 聰「SHADOW CITY」(1980年)

シティポップ的な感覚をお茶の間に浸透させたのは、間違いなく寺尾 聰だ。1981年に発表したシングル「ルビーの指環」とアルバム『Reflections』の大ヒットにより、ハードボイルドな大人の男のイメージと共に、洗練されたポップサウンドが街中に鳴り響くこととなった。そのサウンドを構築したのが、アレンジに携った井上 鑑。PARACHUTEというフュージョングループで活動し、新進気鋭のアレンジャーとしても乗りに乗っていた時期である。『Reflections』の先行シングルとなった「SHADOW CITY」は、曲が始まって1分間以上歌詞が出てこず、ヴォーカルは“トゥルットゥー”というバリトンヴォイスのスキャットのみという画期的な楽曲。しかしそれがまたオシャレでかっこよかった。有川正沙子による大人の世界を描いた歌詞も秀逸だ。

大滝詠一『A LONG VACATION』

大滝詠一「カナリア諸島にて」(1981年)

1981年のアルバム年間チャートは寺尾 聡の『Reflections』だったが、2位に付けたのが大滝詠一の『A LONG VACATION』である。この年はシティポップ旋風が吹き荒れたと言えるのではないだろうか。松本 隆、細野晴臣、鈴木 茂と共にはっぴいえんどで日本語ロックの基盤を作った後、ソロとしてはなかなかブレイクしなかった大滝ではあるが、本作で一気に音楽シーンの最前線に躍り出た。オールディーズ・ポップスを現代的にアップデートしたモダンなサウンドと、松本 隆が描くリゾートを舞台にした歌詞、そして大滝にしか表現し得ない心地良いクルーナー・ヴォイス。永井 博のイラストの世界がそのまま歌になったような「カナリア諸島にて」は、リゾート・ポップの最高傑作といっても過言ではない。

伊勢正三「Sea Side Story」(1981年)

70年代末よりシティポップ的世界観が音楽シーンに浸透し、ロックから歌謡曲まで様々なジャンルのアーティストが洗練されたポップスに傾倒していく。フォークも多分に漏れず、かぐや姫や風のメンバーとして知られる伊勢正三はその最先鋒と言っていい存在だ。もともとウェストコースト・ロックを好んでいたということもあり、西海岸サウンドがイーグルスからボズ・スキャッグスへと主流が移り変わっていくのと同様に、彼のサウンド志向も徐々にスタイリッシュに変化していった。1981年に発表した3作目のソロアルバム『スモークドガラス越しの景色』は、彼なりのシティ・サウンドの完成形のひとつだ。森一美&ターゲットというバンドを従えたアンサンブルは浮遊感のある独特なもので、ボサノヴァやアンビエントに通じる心地良さ。なかでも「Sea Side Story」は海辺でまどろみながら聴くには最高の一曲だ。

山下達郎『FOR YOU』

山下達郎「SPARKLE」(1982年)

シュガー・ベイブからソロ、そして数年の時を経て1980年の「RIDE ON TIME」のヒット。大滝詠一と同じく、山下達郎も紆余曲折を経てトップの座をつかみ取ったアーティストのひとりだ。レコーディングもライヴも大いに充実していた1982年に発表したのが、RCA/AIRレーベル在籍時の最高傑作と謳われる『FOR YOU』。なんといっても、達郎自らテレキャスターでカッティング・ギターを披露した「SPARKLE」のインパクトは大きかった。当時のバンドメンバーがサポートしており、ドラムスの青山 純、ベースの伊藤広規による鉄壁のリズムセクションが生み出すシンコペーションを効かせたリズム、華やかなホーンセクション、そして高揚感を生み出すエモーショナルな吉田美奈子のコーラス。これらが渾然となり、達郎のパワフルなヴォーカルを盛り上げる。今もライヴのオープニングナンバーとしてお馴染みであり、昨今では海外での人気も高い代表曲だ。

吉田美奈子『LIGHT’N UP』

吉田美奈子「頬に夜の灯」(1982年)

山下達郎と併走するように、充実した作品を発表し続けてきた吉田美奈子。彼女の代表作というとデビュー作の『扉の冬』(1973年)、「夢で逢えたら」が収められた『FLAPPER』(1976年)、人気曲「TOWN」で始まるファンク色の強い『MONSTERS IN TOWN』(1981年)など、意見が分かれることだろう。しかし、ここで推したいのが、東京とニューヨークの2ヵ所でレコーディングされた1982年の『LIGHT’N UP』。山下達郎に提供していた歌詞の世界のように、摩天楼が似合うアーバンな世界観を最大限に打ち出した傑作だ。渡嘉敷祐一、岡沢 章、松木恒秀、土方隆行、佐藤 博、富樫春生という最高のメンバーに加え、デイヴィッド・サンボーンがメロウなサックスを聴かせる「頬に夜の灯」の限りなく洗練された世界は極上で、街の風景をここまで美しく描いたバラードはなかなか思い当たらない。まさにシティポップ最盛期を代表する名曲だ。



(つづく)

文/栗本 斉
監修/本多義明、河合芳樹(USEN)

河合芳樹(かわい よしき)PROFILE

株式会社USEN 編成部所属。各チャンネルの選曲、ディレクションを担当。インストゥルメンタル楽曲をセレクトすることが多く、ヒーリングやイージーリスニングを中心に、季節/催事に合わせた音楽なども日々模索中。

本多義明(ほんだ よしあき)PROFILE

USENチーフディレクター。趣味は渓流釣り(疑似餌のみ)。好きなミュージシャンは山下達郎。SOUL、JAZZ、SSW(シンガー・ソングライター)、WORLD MUSIC、CLUB MUSIC、CITY POPや昭和のニューミュージックなどなど好きな音楽のタイプはなんとなくあるが、令和のJ-POPやK-POPにはめったに触発されないらしい。

https://x.com/tabirhythm

栗本斉(くりもと ひとし)PROFILE

音楽と旅のライター、選曲家。ウェブマガジン「otonano」エディター。1970年生まれ、大阪出身。雑誌やウェブの執筆、ラジオや機内放送の構成選曲などで活動。2022年に発表した『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』と翌年の『「90年代J-POPの基本」がこの100枚でわかる!』(共に星海社新書)が話題を呼び、テレビやラジオなど各種メディア、トークイベントにも出演。コンピレーション・アルバムの企画も行う。

 栗本 斉『「90年代J-POPの基本」がこの100枚でわかる!』BOOK INFO

2023年9月20日(水)発売
ISBN 978-4-06-529705-6
1,375円(税込)
星海社

星海社

 栗本 斉『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』BOOK INFO

2022年2月22日(火)発売
ISBN 978-4-06-527086-8
1,100円(税込)
星海社

星海社

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