「ジャズの巨人」と呼ばれているミュージシャンの中には、時代によって微妙にイメージが変わる人がいます。白人テナー奏者、スタン・ゲッツもそうした傾向があって、初期40年代末から50年代初頭にかけては、「クール・ジャズの巨人」という印象を多くのファンにもたらしました。今回収録した『スタン・ゲッツ・カルテット』(Prestige)はその時代の代表作で、独特のクールなテナー・サウンドの肌触りが特徴的です。

しかし彼が「クール派」の代表だった時期は意外と短く、次第次第にテナー・サウンドに暖か味と力強さが増してきます。『スタン・ゲッツ・プレイズ』(Verve)はその過渡期的名盤で、アドリブの切れ味も申し分ありません。

その次に収録した『スタン・ゲッツ・プレイズ・ザ・ブルース』(Verve→VSP)は、ゲッツの多面性を知るに最適のアルバムです。50年代当時ゲッツが契約していたヴァーヴのオーナー・プロデューサー、ノーマン・グランツは大のジャム・セッション好き。そのグランツが製作したさまざまなセッション・アルバムに参加したゲッツ・レコーディングから、ブルースものを集めた一種のコンピレーション・アルバムがVSPから出されたこの作品なのです。

ハリー・エディソンやらロイ・エルドリッジといったスイング時代から活躍してきたベテラン、トランペッターやら、オスカー・ピーターソン、ジェリー・マリガンといった「モダン派」たちと、ゲッツは何の違和感も無く快適にブルースを演奏しています。

共に同じヴァーヴ・レーベルに属しながら、いかにもありそうでなかったのがビル・エヴァンスとの共演盤です。『ビル・エヴァンス・アンド・スタン・ゲッツ』(Verve)は70年代に入ってからリリースされた未発表音源シリーズで、ゲッツとエヴァンスの夢の共演が聴けます。

そしてご存知「ボサ・ノヴァ、ゲッツ」です。ボサ・ノヴァは50年代の中ごろから後半にかけて、ブラジルの富裕・知識階級から生まれた洗練された音楽です。それがいろいろな経路でアメリカ人ミュージシャンに知られるようになったのが60年代に入ってから。

当時ヨーロッパで活動していたゲッツは、久しぶりに帰国したアメリカで人気回復のためこの新しい音楽に手を染めました。これが大成功。たちまち「ボサ・ノヴァのゲッツ」として以前以上の人気を得たのです。『ゲッツ / ジルベルト』(Verve)はその記念碑的作品で、本場のボサ・ノヴァ歌手、ジョアン・ジルベルトとの共演アルバムです。

その余波を駆って60年代後半にチック・コリアをサイドマンに採用して生まれた傑作が『スィート・レイン』(Verve)でした。ボサ・ノヴァ、タッチをうまく取り入れたこの作品は、ジャズ・アルバムとしての完成度の高さはかなりのもの。『ゲッツ / ジルベルト』でも採り上げたヴォーカル・チューン《オ・グランジ・アモール》をインスト・ヴァージョンで聴き比べてみて下さい。

ゲッツの凄いところは、晩年になっても創作意欲に衰えが見えないことです。『アパショナード』(A&M)はポップなサウンドながら、ゲッツのテナーの勢いは第一級です。そして最晩年、癌を宣告されながら最後の力を振り絞って吹き込んだ『ピープル・タイム』(EmArcy)に収録された名曲《ファースト・タイム》は、死を直前にしたミュージシャンの演奏とは思えないほど力に満ちていますね。いまさらながらテナー奏者ゲッツの凄みを実感させられたアルバムです。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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