前回予告したとおり、今回もまた「ジャズの巨人」です。ビル・エヴァンスはさまざまな人気投票で必ず上位に入る人気ミュージシャンであると同時に、ジャズを長く聴き続けてきたコアなジャズファンからも高く評価されている、まさにジャズの巨人です。彼の功績は、モダン・ジャズ・ピアノの改組、バド・パウエルの業績を引き継ぎつつも、白人ミュージシャンらしい個性とピアノ・トリオのスタイルを一新するという、大きな改革をなしたことです。

とは言え、誰しもデビューの頃はさまざまな要素が混在していたり、いまひとつスムースさを欠いていたりするもの。その辺りの変化が良くわかるように、今回は録音年代順に聴いていくことにします。最初にご紹介するのは、エヴァンスを世に紹介したリヴァーサイド・レーベルからの記念すべき初リーダー作『ニュー・ジャズ・コンセプション』です。悪くない演奏ですし、後のエヴァンス・スタイルの萌芽が見えますが、少々ギクシャクしていたり肩に力が入り過ぎのようなところもうかがえます。それが『エヴリボディ・ディグス・ビル・エヴァンス』(Riverside)ともなると、まったく同じ傾向ながら完全に一個のピアニストとしての個性を確立させています。

そしてなんと言っても、マイルスのサイドマンという当時のジャズ・ピアニスト憧れの地位を手に入れたのが『カインド・オブ・ブルー』(Columbia)です。マイルスはこの時期、エヴァンスからの影響をあからさまに語っています。そしてもちろんエヴァンス自身の音楽的進歩も大きかった。その成果が歴然と現れたのがスコット・ラファロとの共演第1作『ポートレイト・イン・ジャズ』(Riverside)です。ここでの《枯葉》は絶品。

エヴァンスはサイドマンとしてのアルバムは比較的少ない方ですが、キャノンボール・アダレイとの異色作『ノウ・ホワット・アイ・ミーン』(Riverside)は傑作です。エヴァンスの代表作とも言うべき名曲《ワルツ・フォー・デビー》も素晴らしい。以下は世に「リヴァーサイド4部作」と呼ばれた、ラファロとの貴重な共演盤に記録された名演集です。まず耽美的とも思えるリリカルな表現が魅力的な《ナルディス》は、『エクスプロレーションズ』の白眉。そして極め付き名盤『ワルツ・フォー・デビー』からは、出だしの一音から聴き手を魅了する《マイ・フーリッシュ・ハート》。最後は同日録音の『サンディ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』から、通好みの名曲《グロリアス・ステップ》。

ビル・エヴァンスというと、共演するミュージシャンとの魅力的なコラボレーションが有名ですが、その代表がジム・ホールとの『アンダーカレント』(United Artists)でしょう。《マイ・ファニー・ヴァレンタイン》はジャズマン同士がお互いの出す音によって刺激され、よりスリリングなアドリブが展開される「インタープレイ」の典型的名演です。もちろんこれはラファロとの共演体験の賜物。

《ハイ・マイ・ハート・シングス》もまたエヴァンスの名演で知られた名曲ですが、これは同名のアルバムから。そして、その名も『インタープレイ』(Riverside)とされたフレディ・ハバード、ジム・ホールとの共演盤は極め付き《あなたと夜と音楽と》が有名です。エヴァンスとしては珍しい、寛いだ気分のライヴ盤が『シェリーズ・マン・ホール』(Riverside)。こういうエヴァンスも悪くありません。

そして、ヴァーブに移籍してからの代表作がエディ・ゴメス、ジャック・デジョネットを従えた新トリオによるモントルーでのライヴ盤で、かつての名演《ナルディス》をまったく違う切り口で演奏しています。晩年の枯淡とも言える境地を吐露した名演が、ハーモニカの名手トゥート・シールマンスと共演した『アフィニティ』(Warner Bros,)。そして最後期エヴァンスの傑作が『アイル・セイ・グッドバイ』(Fantasy)です。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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