チャーリー・パーカーが切り拓いたビ・バップ・ムーヴメントをピアノで実践したモダン・ジャズ・ピアノの開祖、バド・パウエルは、天才的閃きで彼以降のジャズ・ピアノ・スタイルを一新しました。日本のファンに人気のあるウィントン・ケリーはじめ、ソニー・クラークやトミー・フラナガンなど、多くのピアニストがパウエルのスタイルを踏襲するところから自らの経歴をスタートさせています。

パウエルは若い頃警官に暴行され情緒不安定を来たし、それが演奏にも影を落しています。時期によって好不調の波が激しいのです。今回はほぼ年代順に彼の演奏をご紹介しましたが、初期のアドリブの冴えで聴かせる演奏から晩年の枯淡の境地まで、終始一貫した強烈な個性は圧倒的な存在感をもって聴き手に迫ってきます。

最初に収録したアルバム『ジャズ・ジャイアント』(Verve)の《テンパス・フュージット》の凄まじいスピード感は思わず背筋に戦慄が走ります。単に速いだけでなく、切迫感をもった強靭なタッチは誰にも真似できません。そして同じアルバムに収録された《アイル・キープ・ラヴィング・ユー》では、パウエルならではの底知れぬロマンチシズムが素晴らしい。

同じく初期の名演『アメイジング・バド・パウエルVol.1』(Blue Note)の《ウン・ポコ・ロコ》の集中力や、夭折したバップ・トランペッター、ファッツ・ナヴァロとの競演では、「俺が、俺が」のソロの奪い合いが、いかにもビ・バップ的です。まだ若いソニー・ロリンズの演奏が聴けるのもこのセッションの魅力です。

ソニー・スティットとのワン・ホーン・セッションを収録した『スティット・パウエル&J.J.』(Prestige)でも、自分のソロこそが一番とばかり逸りに逸った演奏の勢いは、まさにビ・バップの聴きどころと言ってもいいでしょう。50年代以降パウエルの影響下に活躍する、前述した「パウエル派ピアニスト」たちの整った演奏では味わえないスリルがこの時期のパウエルの魅力ですね。

パウエルは晩年パリに活動拠点を移しましたが、『トリビュート・トゥ・キャノンボール』(Columbia)は、その時期にヨーロッパで活躍していたテナー奏者ドン・バイアスと共演したアルバム。プロデュースはキャノンボール・アダレーで、録音からだいぶ経ってから発売されました。若い頃に比べタッチの切れ味こそ若干の衰えを見せていますが、フレージングに込められた表情はむしろ深みを増しています。

パウエルは作曲の才もあり、名曲《クレオパトラの夢》が一世を風靡した『アメイジングVol.5~シーン・チェンジス』(Blue Note)は、ジャズ喫茶のリクエストの常連でした。パウエルはこのセッションを最後にパリに移住したのです。すべて名曲ですが、意外と他のピアニストたちによって演奏されてはいません。それは、この曲の境地を表現できるのはパウエルしかいなかったということなのかもしれませんね。

『セロニアス・モンクの肖像』(Columbia)も晩年のパリでの録音です。パウエルは若い頃モンクに音楽理論を教わっており、そうした経緯からモンクの曲目を採りあげていますが、演奏はまったくパウエルの味付けとなっているのが興味深いですね。この時期のパウエルの枯淡の境地はやはり彼ならではのもの。若い頃の勢いのある演奏と比べて聴くと、味わいも一層深まります。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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