村田昭彦(むらた・あきひこ) グラニフ 代表取締役 CEO
明治大学卒業後、オンワード樫山に入社。ネットプライス(現BEENOS)、カフェグローブ・ドット・コム取締役COO、ベイクルーズ上席取締役、オンワードホールディングス常務執行役員を経て、20年9月よりグラニフ代表取締役CEOに就任。
グラニフの価値は、キャンバスに描かれたグラフィック
「デザインTシャツストア」から「グラフィックライフストア」へ。Tシャツで支持されてきたグラニフを、なぜリブランディングしたのでしょうか
「私が社長に就いたときグラニフは創業して20年目で、100を超える店舗を展開していました。元々はグラフィックデザイナーの創業者が起業し、その後は株主としてファンドが経営に関与する体制でビジネスを拡大してきましたが、経営体制が変わっていく中、グラニフで働く人たちは自社をどのような会社にしていきたいのだろうと思いました。私の役割は企業価値を高めることですが、そのためにはこの会社は何のために存在するのか明確にし、全員で共有する必要があると考えました。そこでみんなで何度もワークショップを開き、この会社の存在意義は何か、自分たちはどこに向かっていくのか。グラニフがお客様に提供する価値とは何かを見直し、"グラフィック"と"豊かな暮らし"というキーワードが浮かび上がってきました」
グラフィックを通じて豊かな暮らしをサポートすると
「そうです。一方、お客様へのリサーチも実施しました。すると顧客ロイヤリティーを示すNPS(ネット・プロモーター・スコア)が2桁という高い評価でした。アパレルブランドの多くがNPSはマイナスから良くても1桁という中で、際立っていました。そのお客様が最も評価している要素がグラフィックであることも分かりました。多様なカルチャー、コンテンツから生まれたグラフィックこそが私たちの価値の源泉であり、そのグラフィックを通じて豊かな暮らしを提供していく。様々な角度からグラニフの提供価値を見直し、グラフィックライフブランドに生まれ変わることを決めました」
アイテムはTシャツに限らず、もっと広げていくということですね
「Tシャツが主力商品の一つであることに変わりはなく、以前から展開していたワンピースやスウェットなどアパレルに加え、バッグやスニーカーなどの服飾雑貨や生活雑貨を広げています。私たちにとってアイテムは"キャンバス"という捉え方です。価値は、そこに描かれたグラフィックにある。グラフィックを描く場所はアパレルだけである理由はないということです。試行錯誤しながらいろいろなアイテムを開発していますが、お客様の反応が良かったものはブラッシュアップし、反応が悪かったものはゼロから見直す。そうやって少しずつアイテムを増やしており、幸い全般的に売れています。グラフィック自体に価値を感じて、そこに表現されているカルチャーやコンテンツに共感して特定のアイテムに限定することなく購入いただいているお客様が多い印象です。とくに昔からのお客様ほど新しいアイテムに反応していただいています。直近ではステーショナリーを始めました。グラニフのTシャツを仕事には着て行きづらい人も、お気に入りのグラフィックが描かれているボールペンやノートなら仕事中でも身近に使えて楽しいと感じられるようです。アイテムありきというよりは、お客様の暮らしや利用シーンを想像してアイテムを広げています」
- 主力のTシャツ。見た途端、思わずニヤッとしてしまう表現が人気
- コットンハンカチ
- ハットやキャップも展開
- ソックスやバッグ、スニーカーもグラフィックのキャンバス
- 今夏から展開を始めたステーショナリー
今はOEMも活用すれば様々なものが作れますからね
「作ることはできると思います。ただ、当社はオリジナル商品のデザインはもとより、数多く展開しているアートやアニメ、漫画などの作家さんとのコラボレーションでも作品の再現性や構図にこだわっています。プリントでもどういう技術を使うのか、刺繍にしたほうがいいのか、ベースカラーをこの色にしないとグラフィックで描かれた色がきれいに再現できないとか。20年にわたりこだわり続けてきただけに知見も蓄積されています。とくに色についてはこだわりが強く、思い描いた色が出るまで何度もやり直します。また、単に作品のエッセンスをトリミングするのではなく、作品の世界観を生かしながらグラニフならではの遊び心を加える。当社もコラボレーション先の方も、こだわりのある者同士がキャッチボールを重ねて物作りをしています。相応の生産期間がかかってしまうのですが、そうした物作りだからこそお客様からの共感、コラボレーション先からの信頼も得られているのだと思います。グラニフとコラボしたいというコンテンツホルダーやアーティストも増えていて、これはすごく幸せなことだと思っています」
グラニフの商品はベーシックな表現の中に意外な発見があるんですよね
「トレンドやおしゃれを追求するというよりも、グラフィックを最も生かせる表現方法を追求するスタンスです。例えば"ビューティフルシャドー"というキャラクターがペンを持って、胸ポケットのステッチを描いている様子を表現したトラッカージャケットがあります。このキャラクターはプリントではなく、刺繍です。刺繍のほうが、キャラクターが描いている感じが伝わるからです」
- 植物や小動物を刺繍で表現したコットンガウンのコーディネート
- オリジナルキャラクター「ナガスギルイヌ」のボンバージャケット
- 「ビューティフルシャドー」のトラッカージャケット。胸ポケットにはペンを走らせるキャラクター
「スモールマスの集合体」としての市場を創る
リブランディングして「Hi-GRAPHIC , Hi-LIFE.(ハイグラフィック、ハイライフ)」をコンセプトにしました
「正確には"Hi-GRAPHIC , Hi-COMMUNICATION , Hi-CULTURE , Hi-LIFE(ハイグラフィック、ハイコミュニケーション、ハイカルチャー、ハイライフ)"です。タグラインとしては"ハイグラフィック、ハイライフ"と表現しています。良いグラフィックから良い暮らしを生み出していこうという意味です。私たちが提供するのは驚きや発見、ワクワクのあるグラフィックであり、そこからコミュニケーションや新たなカルチャーが生まれ、一人ひとりの豊かな暮らしにつながっていく。実際、SNSの口コミでも、"グラニフのTシャツを着て行ったらその場が盛り上がった"という投稿が多くあります。あるアーティストのアルバムジャケットをプリントしたTシャツをみんなで着てライブに行って一体感が生まれたとか、幼稚園や保育園にグラニフのTシャツを着て行ったら子供たちが集まってきてヒーローになれたとか。"同じコンテンツのTシャツを着た人がいたので一緒に写真を撮りました"など、コミュニケーションの広がりに関するツイートも結構あります。普通は他人と服がかぶったら気まずくなると思いますが、むしろ、お互いの感性が触れあることで深い喜びを感じるというか」
本来は「このキャラクター、好きなんだよね」と語らないと伝わらないけれども、その服を着ているだけでダイレクトに通じ合え、コミュニケーションにつながる
「そうなんです。ただ、コンテンツごとに熱量の高いファンがいるので、その人たちが満足できるものを提供しなければなりません。漫画であれば、担当者は全巻を読破したうえでどのシーンを切り取るのかを考え抜きます。有名なシーンはたくさんあるけれど、ファンにとっては"そこじゃない"みたいなことがあるじゃないですか。選んだシーンやその表現がハマると、"よくぞ、やってくれた""グラニフ、ありがとう"といった口コミがたくさん投稿されます。私はいくつかのファッションブランドで仕事をしてきましたが、これほどお客様に刺さっていることを実感できた経験はありません。とても嬉しいことですし、お客様の声に感動します」
一方で、お客様がコアになるほど生産量が読みづらく、SKUが増えてしまうということはありませんか
「グラニフの商品は価格的にはマス市場に位置づけられますが、一般的なチェーン店のように画一的な品揃えでマス市場を開拓しているのではありません。マスとニッチの中間"スモールマスの集合体"としてのお客様のニーズに応えていく戦略です。だから、特定のターゲットに絞ることなく、ジェンダーレス、エイジレスで、コンテンツごとに多様なお客様が対象です。スモールマスを狙うからこそ、お客様に刺さるコンテンツがカギとなります。多様なお客様のニーズに答えるコンテンツを提案し続けることは大変ですが、グラニフならではのユニークな価値を提供できれば、必ずお客様の心を捉えることができると思っています」
- 伝説のプロレスラーが繰り出す必殺チョップに憧れている子羊のキャラクター「ラムチョップ」
- 威嚇し合うレッサーパンダのキャラクター「イカク」
- びよーんと伸びた長い胴、決してダックスフントではなく、あくまで「ナガスギルイヌ」なキャラクター
- どんな時も楽しむ気持ちを忘れずに、自由気ままに過ごすイタズラ好きなキャラクター「ビューティフルシャドー」
グラフィックの体験価値を高める接点作り
昨年9月には旗艦店となる原宿店を改装しました
「原宿はトレンドやカルチャーの発信地だと考えています。世界にグラフィックライフを発信していきたいという思いから、原宿店を改装しました。店作りのコンセプトは"ホワイトキャンバス"です。多彩なデザインを発表する場と位置づけ、ミュージアムのように作品が際立つ空間、グラフィック自体が主役になれる空間にするため、白をベースに設計しています。生まれ変わったグラニフを体現するショールームでもあります。新規出店とリプレイスにより、1年半で29店舗の新しいコンセプトのショップを出店しました。既存店は15~20坪なのですが、商品カテゴリーの拡大を前提に40〜60坪で展開してきました。最近は80~100坪へとさらに面積を広げた店舗の出店も増やしています。年間10~20店舗ずつリプレイスまたは新規出店で新コンセプトストアに切り替えていく考えです」
イベントもいろいろ展開されていますが、お客様の反応はいかがですか
「店頭で感想を伺うと、"広い空間で商品をゆったりと見られるようになった""新しいアイテムがたくさんあって楽しい"と言っていただけています。以前は"ベビーカーを押しながらだとゆっくり買い物ができない""狭い売り場に女性しかいないと男性は入りづらい"といった声もありました。そういったペインポイントも解消できたと思っています。実際、店舗での滞留時間は新店舗のほうが圧倒的に長くなっています。また、スペースを広げたことで、インストア型のポップアップ展開も可能になりました。直近では国民的RPG"ドラゴンクエスト"に登場する防具屋をイメージした装飾売場を店内に展開しました。ドラクエファンの方々に開店直後からたくさん来店していただき、店内で写真撮影するなど、買い物を楽しんでいる様子がソーシャル上でもたくさん投稿されていました。ゲームの中の世界が再現された空間でお買い物できるということは、ファンにとってはすごい喜びだということが実感できました。だから近くの店に行くのではなく、わざわざそのコンテンツの世界観が表現された店舗まで足を運んでいただけるのだと思います。そういうイベントを開催することは、お客様とコンテンツホルダーの双方に喜んでいただける。今後、オンラインにはない店舗ならではの体験価値を提供していくことが重要だと改めて実感しています」
昨年11月には公式オンラインストアをリニューアルしました
「ユーザーインターフェイスを変えたことが一点です。一般的なアパレルECサイトのようにアイテム起点で商品を探すだけでなく、コンテンツ起点やクリエイター起点から商品を探せるよう変更しました。二つ目は、オンデマンドプリントサービス"グラフィックファクトリー"の開設です。グラフィックアーカイブからデザインを選び、Tシャツやスニーカーなどにオンデマンドでプリントしてお届けするサービスです。三つ目は、店舗受取サービスです。今後もOMO型サービスを順次導入してく考えです」
リニューアルして1年近くが経って、課題や強化したいことは?
「より良いユーザー体験を提供していくために改善点はたくさんありますので、継続的な改善を図れるよう組織体制を強化していく必要があります。また、リニューアル以降、コンテンツや商品の背景を紹介するオウンドメディア"ストーリーズ"の配信を開始しましたが、とても好評です。最近も絵本作家・絵描きの石黒亜矢子さんや漫画家の藤田和日郎さんご本人に登場いただき、物づくりに対する思いやその過程での色々なエピソードを紹介しているのですが、"こんなに細部までこだわっているんだ""ここまで苦労して作っているんですね"といった反響をいただいています。商品のバックストーリーは、ファンの方々にとっては知りたい情報ですし、より共感していだくためにも必要だと強く実感しました。今後もオウンドメディアを通じて、お客様にとって有益な情報をしっかりと発信していきたいと考えています」
「ナンバーワン・グラフィックカンパニー」を目指して
村田さんはベイクルーズやオンワード樫山でECに携わり、成果を上げてきました
「ECでの売り上げの上げ方や、何をKPI(重要業績評価指標)にするかなどの知見は生かせると思いますが、その程度ではないでしょうか。お客様にとってより良い体験をどう生んでいくか、ペインポイントをどう解決するか、そのためのECの活用やオンラインとオフラインの連携のあり方などのアドバイスはできることもありますが、過去の経験を頼っていても意味がなく、常に新たな発想で顧客価値を高めていく必要があります。ECに限らず、実店舗も、物作りも、結局はお客様が嬉しいこと、喜ぶことをひたすら追求していくことにつきると思いますし、そのことを全員で共有できている会社にしていきたいと考えています」
最後に、グラニフのビジョンとは
「企業向けにグラフィックを提供している会社は数多くあると思いますが、コンシューマー向けのグラフィックを追求する会社として"グラフィックと言えばグラニフ"と言われる存在になろうと、中期ビジョンとして"ナンバーワン・グラフィックカンパニー"を目指しています。また、近い将来にグローバル展開は必須であり、グラニフは海外市場でこそ強みを活かせると考えています。アジア・パシフィックエリアが中心になると思いますが、日本のコンテンツと親和性の高いフランスはもとより、アメリカなど多様な国で挑戦していきたいと思います。過去の経験から日本のブランドが海外で成功することは簡単ではないことを良く理解していますが、グラニフには大きな可能性があると信じています」
写真/小見野みどり、グラニフ提供
取材・文/久保雅裕
久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター
ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。