――そもそもボーカリストから作家に転向された主な理由はなんだったんですか?

「自分自身がもともと表舞台に立つことがあまり得意ではないので、歌うということにもちょっと疲れというか、しんどく感じてしまっていたりもして。いろんな方に“これからどうしたらいいんだろう?”っていう相談をさせていただいた時に、みんな口を揃えたかのように“作家やってみたら?”とアドバイスを頂いたんです。その時自分的には、歌いたい気持ちも少し残ってはいたので、少し落胆したような気持ちだったんですけども、“作家という形で音楽を続けていけるならそれも良いのかな?”っていう気持ちにだんだんと切り変わっていって、作家の事務所をご紹介いただきました。」

――表に出るのが得意じゃなかったんですか?

「当時からずっとそうでした(笑)。ラジオ番組や雑誌の取材、人前で喋ることとか、人前に立って歌うことだったりとか、そういうことがずっと苦手で」

――今回、ご自分で作って歌うところに戻って来られた一番の大きな理由っていうのは?

「やはり作家としてだと、“こういう曲を作ってください”というリファレンス曲みたいなものが必ずあって、それに沿って曲を作っていくんですけど、そうじゃなく自分の中から自然に湧き出てくるもの、“これ誰が歌うんだろう?”っていう曲もたくさんあるんですね。“もっと自由に自分の音楽を表現したいなあ”っていう気持ちが湧いてきて、それで“自分の曲をもし歌えるなら”という感じで、数年前から自分の曲をストックして行くということやっていました」

――トレンドにはご自身に合うものと合わないものが出てきますよね。

「ちょうどEDMブームがあって、その後あたりからどんどん発注書の内容がそういう傾向のもの、海外の洋楽を意識したものがすごく多くなっていって、海外の作家さんなんかもクレジットにたくさんお見かけするようになって。その中でやっぱりカッコよさをすごく追求されるようになっていったんですね。それはそれで刺激にはなったんですけど、だんだん自分の中で曲を作ることが辛くなっていったというか、曲を作ってても“これ本当にいいのかな?”って、自分でもいいのか悪いのか区別がつかなくなっていって。精神的にもなんかまずいなという感じになっていったので、一旦、作家をやめるという意向を伝えさせていただいて。フラットな状態になって、本当に自分が何をやりたいのか、何ができるのかっていうところをもう一度よく考える時間を持ちましたね」

――自分の作品を作りたいという意志はまずどなたに?

「一番最初にデモを聴いていただいたのは松尾(潔)さんで。“錆びない才能ですね”って言っていただいたり(笑)。それまでも松尾さんとはずっとやり取りさせて頂いてたので。私が作家として活動している間もお声を掛けてくださったり、松尾さんの番組で私の曲をかけてくださったり、ずっと応援してくださっていたんですよ」

――ちなみにデビュー当時のプロモーターがジェーン・スーさんだったということを最近知りました。葛谷さんのボーカリストとしての復活を喜んでらっしゃる方ではないかと。

「そうですね。凄く喜んでくださって、“歌に戻ってきてくれてありがとう”と言われました」

――昨年リリースされたベストアルバム『MIDNIGHT DRIVIN' -KUZUYA YOKO MUSIC GREETINGS 1999~2021-』に収録された新曲2曲(「midnight drivin’」、「Honey」)を聴いていた時点で、ネオソウル以降の現在の音楽だなと思いました。

「ありがとうございます」

――葛谷さんのボーカルは細部は変化はされてるんですけど、いい意味であまり変わっていなくて。

「結構そう言っていただけますね。いろんな方に“声、変わらないね”とか」

――歌い続けている人じゃないとこうならないんじゃないかなと思ったんですが。

「でも逆に喉を酷使してなかったので、保ててたのかなとは思うんです」

――なるほど。再始動にあたって何か最近の音楽の傾向も葛谷さんの背中を押した部分はありますか?

「私の「サイドシート」という曲なんかはシティポップの流れから、今の若い世代の子たちにまた聴いていただけたりしていたので、その辺りは少し意識したりもしました」

――リスナーとしての葛谷さんは新しいものを追いかけるタイプなんですか?

「どういうものが流行ってるのか、どういうものが受け入れられているのかっていうのは一応チェックします。でも最近は逆に昔よく聴いていた私の原点となった音楽を、もう一度聴き直したりしています」

――オールタイム・フェイバリット的なものを?

「そうですね。一応90年代ですかね。洋楽はその辺りから聴き始めましたから」

――ずっと好きなものと新しいものの両方があるんですね。

「そこはミックスして表現していけたらいいなと思います」

――やはり“オリジナルのフルアルバムをリリースしたい”と思われました?

「やっぱりそうですね。アルバムで今のこの葛谷葉子をじっくり聴いていただきたいっていうのはありましたね。でもそれがこんな形で早く実現するとは思ってなかったんですけど」

――今回のアルバムで歌いたいことのテーマはありましたか?

「収録曲の「Tokyo Tower」がアルバムの中心になった曲でもあるんですけど、、その「Tokyo Tower」っていうタイトルの一本の恋愛ドラマみたいな感じで、東京を舞台に繰り広げられる様々な恋愛エピソードみたいなものが描かれた、そんなアルバムだと思っています」

――東京タワーにしかない東京らしさというか、象徴的なものがありますよね。

「そうですね。私は上京したときに初めて住んだマンションから東京タワー見えていたんです。東京タワーを見て、“あ、東京に来たんだな”と思って夢に向かってがんばろうと励まされていたので、自分にとっても特別な存在でもあります」

――そして今回初めてセルフプロデュースでアルバム制作をしたその理由は?

「セルフプロデュースですが、共同プロデューサーの方にも助けていただいてできたという感じです。あと本当に才能あふれるアレンジャーの方のお力があって完成できたので、感謝の気持ちでいっぱいです」

――さまざまなアレンジャーを迎えていらっしゃるということはそれだけ葛谷さん自身に各々の楽曲のイメージがちゃんとあったからこそ成立してるのかなと思いました。

「デモの段階で、一応自分でアレンジはするんですけど、そのアレンジを膨らませてやっていただいた方もあれば、本当に自由にっていうか、あまり“こういうふうにしてください”って言わずにやっていただいた方もいらっしゃいますし、それぞれな感じで。でもそれがうまくその曲の一番良いところを引き出してくれたと思います」

――具体的にそれぞれの楽曲についてお聞きします。このアルバムの中心にもなっているっていう「Tokyo Tower」の着想はどんなところからですか?

「この曲は20年ぐらい前にEPICにいた頃に作った曲なんです。EPICの一室にグランドピアノが置いてある部屋があったんですけど、そこで“曲できるまで帰れません!”みたいなミッションを課せられて(笑)。そのときに作った曲です」

――カンヅメ状態で。

「1日1曲がノルマで3日間通いました。そういうことをしたのはその時だけなんですけど(笑)」

――今回収録されたのは今、しっくりきたからですか?

「時代の流れで、またシティポップがたくさんの方に聴かれていて、もしかしたら今だったらこの「Tokyo Tower」が違和感なく聴いていただけるのかな?って思いました。逆に今しかないのかな?っていう感覚もありました」

――それは曲調だったり歌詞のテーマだったり?

「そうですね。20年前に作った曲でもありますし、当時は『月9』(ドラマ)をイメージしながら多分作ったと思うんです(笑)。そこで“東京タワー”っていうキーワードが思い浮かんで、その世界観を広げていったという感じなんです。その世界観を壊したくなくて、当時の歌詞の多くを残しています。」

――この曲の主人公の女性には悲壮感があるわけじゃなくて、<待っててあげるから>っていう余裕を感じます。

「(笑)。ちょっと強がり的な…来てほしいんだけど、っていう」

――宮野弦士さんのアレンジで、キャッチーな仕上がりになっているなと思いました。

「そうですね。“これはどういうイメージで?”って言われた時に“『月9』な感じでお願いします”としか言ってなくて(笑)。“その一言でで充分わかります”と言っていただいたんです(笑)」

――だからといって90年代に戻る感じでもなくて。

「“ちゃんと今の感じは入れてほしいです”っていうのもお伝えしつつ」

――次の「Perfect! Your Love」はギターリフのリズム感が印象的で。

「この曲は6~7年ぐらい前に書いた曲なんですけど、デモの段階でどういうアレンジにしたらいいのかすごく迷ってしまっていて。そのときにドージャ・キャットの曲を聴いて、“あ、この感じはこの曲に合うかも”っていう感じで制作しました」

――歌詞はその当時に書かれたんですか?

「歌詞は最近書いたものです」

――ラブソングの側面もありつつ、ここ2~3年のコロナの期間があったからこそ踏み出そうっていう雰囲気を感じました。

「そうですね。なかなか会いたい時に会えなかったりとかもするでしょうし、出会いも難しくなってる時期でもあったと思います。でもこの曲を聴いて少しでもハッピーな気分になってもらえたら嬉しいですね」

――「Seaside Hotel」では「midnight drivin’」でもギターを弾いていらっしゃったIkkubaruのMuhammad Iqbalさんがまた参加していますね。

「これはもう「midnight drivin’」に続くような感じの曲調だったりもするので、ぜひまたIkkubaruさんにとお願いしました」

――インドネシアでもシティポップは人気がありますし。

「私も好きでIkkubaruは聴かせて頂いたりもしてますし、とても心地いいですよね。切なかったりもするし、暖かい感じもするし」

――最近アジアのバンドの人たちは気負いなく本当に好きでやってるっていう印象が強いです。

「そのスタイルがいいですよね。どうしてもアーティストっていうか、職業となると商業的な音楽を求められてしまうじゃないですか。でも彼らはすごく音楽を楽しんで、自分の独自の世界を表現されているので素敵だなって思います」

――歌詞の着想はどこから?

「私、韓国ドラマ大好きなんです。この歳になったらなかなかそういうドキドキ感から離れてしまうじゃないですか(笑)。だけどそういうドラマからドキドキ感をいただきながら、スタジオに入って曲を作るってことも結構やっていたりして。「Seaside Hotel」は、そんな韓国ドラマにインスパイアされてできたんです(笑)。韓国ドラマって自分の気持ちを結構ストレートに伝えるじゃないですか?じれったさがないというか。そんなところが見てて気持ちいいなって」

――分かります。1エピソードが長かったりしますけど見れちゃいますもんね。

「ねえ?展開が早かったり、面白いですよね」

――韓ドラの話を盛り上げてしまいそうで怖いんですけど(笑)。葛谷さんのお気に入りは?

「ちょっと前ですが『ユミの細胞たち』のシーズン2にめちゃくちゃはまりました(笑)」

――(笑)。アルバムに話を戻して、鈴木雅之さんへの提供曲のセルフカヴァーである「53F」ですが、アレンジャーがMU-FU(Mime、Last ElectroのギタリストJun Uchinoによるソロプロジェクト)さんなのに驚きました。

「私の曲を聴いてくださっているファンの方でMimeさんを聴いている方が多くて。それで、“一緒にやれたら面白いんじゃないか?”と共同プロデューサーからご提案いただき今回お願いしました。」

――今の葛谷さんにとってこの曲のイメージってどんな感じですか?

「この曲も先ほどお話ししました、「Tokyo Tower」を書いたのと同じ時期、まさに閉じ込められた時に書いたんです(笑)」

――シチュエーションから生まれてる感じですね。

「そうです。午後6時スタートだったので、ちょうどいい感じの夜景を見ながら(笑)書きました。歌詞のイメージが思いついたのは六本木ヒルズの展望台に行った時だったんですよ。幸せなんだけどどこかこう切ない、“本当にこの恋が、この幸せが続くのかな?”みたいな、そういう女性の気持ちを表現しました」

――提供されている曲の中でもなぜこの曲を?

「ファンの方からも「53F」をセルフカバーしたものを聴いてみたいという声を多くいただいたので」

――「Rendezvous」はアルバムの中でも若干90年代のUKのレアグルーヴに近い印象でした。

「これは割と最近書いた曲なんです。自分の曲で言うと「サイドシート」だったり、シティポップの持つ軽やかさや都会的な雰囲気を意識して作った曲ですね」

――歌詞が今のマインドだなと思った部分があって。<どこへ行っても 行かなくても構わない>と言うフレーズがいいですね。

「ありがとうございます(笑)。恋人とのデートのような曲に聴こえるかもしれないですけど、自分の中では本当の自分というイメージで書いたんです。なかなか自分と向き合うって難しかったりもするんですけど、本当の自分を知っていくことで、意識的にもっと楽に生きられたらいいかなっていう、そんなことも思いながら書きました」

――続く「月の魔法」はおなじみの藤本和則さんのアレンジで、歌詞は映画のようです。

「これは完全に人物設定というか、状況設定をして書いた曲ですね。特に恋をしてる女性の可愛らしい部分を描きたくて」

――続く「最後の恋」は松下奈緒さんへの提供曲ですけど、このアルバムの流れで聴くとこのアルバムのこの位置のためにある曲ようですね。

「(笑)。本当はこの曲はアルバムのラスト曲になる予定だったんですけど、ラスト前になったんです。川口(大輔)さんのアレンジも素晴らしくて」

――川口さんにはあまり何もリクエストされなかったんですか?

「川口さんには共同プロデューサーが“アリシア・キーズの初期のようなイメージで”というリクエストをお伝えしていただいていて。それ以外は自由に川口さんのセンスにお任せする形で」

――そしてラストの「New Way」。葛谷さんの音楽って、ジャケットのアートワークにもあるんですけど、女性が自分で運転して好きなところに行くような印象があって。

「そうですか?(笑)。このアルバムの一番最後に持ってくることでこれから新たに進んでいく道に、なにか光が見えたような感じですね」

――それは葛谷さんの人生観ともつながってるんですか?

「やっぱり自分の中でも、頑張っても頑張ってもうまくいかないような時期もたくさん経験しましたし。でも自分の行き先さえ見失ってなければ必ずそこに行けるという、そういうことを思いながら過ごしてきた時があったので、今大変な思いをされている方も多分たくさんいると思うんですけど、そういう方に向けて、エールを送れたらいいなと思って書きました」

――ラストに相応しいですね。

――アルバム一枚完成されてみていかがですか?

「一番にはもう本当に嬉しいというか、21年も経って、しかもアーティストとして活動をずっと続けてきたわけではないのに、アルバムをリリースさせていただけたというのは奇跡に近いことなんで、感謝の気持ちでいっぱいです。あとは曲を出すことでどういう反応をしていただけるんだろう?っていう不安もすごくあったんですけど、ありがたいことにたくさんいい反応も聞かせていただいて、ちょっと安心しております」

――トラック自体もかっこいいですから。

「ほんとにアレンジャーさまさまで(笑)」

――葛谷さんの曲が好きで ずっと聴いて来られた方もいらっしゃると思うんですけど、今回のタイミングとかで出会ったリスナーの方に何かメッセージがあればお願いします。

「私にとってもそうなんですけど、音楽って寄り添ってくれるものだったり、時には背中を押してくれたり、すごい救いになったりとか、そういう存在なんです。そういう音楽を私も作っていけたらいいなと思っていますし、これからも1曲1曲丁寧に作っていこうと思いますので、ぜひぜひ応援していただけたら嬉しいです」

――このアルバムって20代後半から30代前半ぐらいの女性でお仕事帰りなどに歩きながら聴いたりしたらいいんじゃないかな?と個人的には思いました。

「それで少しでも気持ちが軽くなっていただけると嬉しいです。今、希望を持てなかったりする方もいるかもしれないですけど、目的地さえ見失わなければ道は拓けていくと思いますし、私もこの年齢でもう一度歌うことを決心しましたが、そういう姿を見てちょっとでも勇気を持てていただけたらと思います」

――ちなみにライブ活動はされるんですか?

「ライブ活動はこれからじっくりと考えます(笑)」

――やっぱりじっくり考える時間がやっぱり必要ですか(笑)。

「そうですね。ちょっと時間を頂きたいですけど、でも本当に前向きに考えていきたいと思っています」

(おわり)

取材・文/石角友香

Release Information

葛谷葉子『TOKYO TOWER』

2022年1123日(水)発売
MHCL-2979 /3,300円(税込)
Sony Music Labels

葛谷葉子『TOKYO TOWER』

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