──昨年2月にリリースしたドラマ「星降る夜に」の主題歌「星月夜」が、デジタル総再生数4億回を突破したとお聞きしました。まずは今の率直なお気持ちを聞かせてください。

「「星月夜」が多くの方に聴いてもらえたことは、自分にとって本当に特別な体験となりました。リリース時期は仕事がとても忙しく、まるで竜巻に巻き込まれたような感じだったのですが(笑)。今になって振り返ってみると本当に良い曲だなと改めて感じています。一度このような体験をしたからこそ、さらに前に進んでいこうという気持ちや、これからも人の心に響く曲を作りたいという意識が強くなっています」

──声をかけられることが増えるなど、周りの環境に変化はありましたか?

「おそらくミュージックビデオの印象で私を覚えてくれている方が多いので、普段あまり気づかれることはないんですけど、例えばお店などに入った時に話し声で私だと認識していただくことはありますね。ありがたいことだなと思います」

──海外での活動として、SXSWに2年連続で出場されましたが、向こうでの反響や手応えはどのように感じていますか?

「初めて出たときは、正直どんな雰囲気かも分からなかったのですが、現地の方々の反応がとても良くて、ライブに対する自分の考え方が変わるきっかけになりました。それまではライブ中に緊張したり、見られているという感覚が強かったりしたんですけど、ライブはお客さんとアーティストが生で繋がり合う場なんだと気づかされたというか……2回目となる今年は教会でパフォーマンスをしました。前回はサポートミュージシャンの方との演奏だったのですが、今回は私一人のギター弾き語り。しかも、セットリストの半分は日本語の歌詞ですから、MCで曲を作った背景などを説明してから演奏してみたんです。そのことで、私自身により深く触れてもらえたような感覚がありました。ライブが終わった後にステージで片付けをしていたら、前の方に前にちょっとした列ができていて。何だろう?と思ったら、みんなが一言ずつ何か言いたくて待っていてくれたんです。とても嬉しかったですし、貴重な体験でした」

──海外での活動は、これからも続けていきたいですか?

「ぜひ続けていきたいです。海外と日本の両方でライブを体験することで、自分自身が試されるというか。それを繰り返すことによって、自分の本質的な部分がより見えてくる気がするんです。海外の方に直接自分の音楽を届けることが、日本での活動をより良くする上でも大きな意味を持つと考えていますね」

──今回のEPについても伺っていきます。表題曲の「Sunshade」は、ドラマ「笑うマトリョーシカ」の主題歌ですが、物語の世界観をどのように落とし込んでいきましたか?

「まず原作を読んでから制作に取り掛かったのですが、本文にある「日傘」というワードに出会った瞬間、「これだ!」と思いました。日傘は英語で「サンシェイド」。そこから”もし太陽のように、360度明るい人や出来事に影があったら……?”というテーマで歌詞を書き進めました。そしてそれが、”もし今日が世界の終わりだとしたらどうする?”と言う考えにつながっていったんです。ドラマの世界観にそのまま合わせて歌詞を書いたというよりは、自分で新たに物語を作り上げ、その物語の中の歌詞がドラマと重なった時に、視聴者の方がどう感じるかに重点を置いたというか……」

──共作者のToruさんとは何か話したいことや意見を交わしたりしましたか?

「歌詞についてかなりキャッチボールをしました。私は2000年生まれなんですけど、私が生まれる前に”世界が終わる”という話があったらしいじゃないですか」

──「ノストラダムスの大予言」ですね。懐かしい。本気で信じていた人は少なくなかったんですよ(笑)。

「あれって暦が関係しているから太陽ともつながると思って(笑)。SFが好きな私としては、そういう世界の終わりをテーマにしたいなと思っていることもToruさんに伝えましたね。最初に私が書こうと思っていた歌詞の内容は、ちょっと哲学的で分かりにくい部分もあったので、”ちゃんと分かりやすく、しっかりと伝わるように書かなきゃいけないよね”というアドバイスもくださいましたね」

──X(旧Twitter)に「Sunshade がこんな風に聴こえるなんて。。」とポストしていましたが、ドラマの回を重ねるごとに曲の聞こえ方が変わっていくような感じはありますか?

「ありましたね。最初の段階で脚本をいくつかいただき、”この曲はどの場面で流れるんだろう”などと想像しながら歌詞を書いていたのですが、物語が進むにつれてだんだん予測不能になってきて。文字で書かれた原作や台本が映像となることによって、全く新しいものに生まれ変わるのだなと。さらに音楽が重なることで、視聴者によりダイレクトに伝わることの凄さを実感しています」

──そういえば、由薫さんにとって初めてのオーディションでも映画の主題歌を作るという課題が出たんですよね?

「そうなんです。だからなのか、作品に対して自分が音楽でどう応えるのか、そのプロセスを通じて自分自身を深く理解することに喜びを感じるんですよね。「星月夜」も歌詞の中に〈星降る夜に〉というドラマのタイトルを歌詞に入れて作りましたが、それは作品があったからこそ生まれたアイデア。ちろん、その曲単体としてもしっかり良いものに仕上げることを心掛けていますが、作品を読んだり、観たり、考えたりすることにより、自分の中からどんなものが出てくるのかを待つ。そのプロセスがとても楽しいんです」

──なるほど、とても興味深いです。

「もともと音楽を始めた理由の一つに、自分自身を知りたいという思いが強くありました。それを積み重ねていくことで、より深みのある音楽が生まれたらいいなと思っているんです。例えば外国に行って異文化に触れることもそうですが、何か刺激を受けたり負荷がかかったりしたとき、それに自分がどう反応するかに興味があって。そう言う意味で、定期的に海外に行ったり映画を観たりすることが、自分にとって新しい発見につながる気がしていますね」

──もう1曲の先行シングル「もう一度」は、「ライブでオーディエンスと一緒に歌いたい」という思いで作ったそうですね

「はい。私は音楽活動を始めた矢先にコロナ禍が訪れたこともあり、ライブに対して特別な意識があるように思います。それまで当たり前にできていたことが一旦できなくなり、そこから少しずつ手拍子や、小さな声での参加が許されるようになって。数年経ってようやくどんな風にでも歌っていい、どんな風に楽しんでもいいという状況まで回復してきました。そうした段階を経たことで、私にとって繋がりというテーマがとても大きな意味を持つようになりました。制限された中でも繋がりを持ち続け、実際にライブでみんなが会場に来てくれるようになったことは、本当に大きな喜びだったし、だからこそ”君の声を聞かせてほしい”という思いをこの曲に込めたわけです」

──〈もう一度君の声を聴かせて欲しいの〉という歌詞には、コロナを乗り越えて再びという意味も込められているんですね。

「それもありますし、もう一度会いたいという気持ちや、再び来てくれた人への感謝の気持ち、いわばラブレターのような想いも込められているかもしれません。アンコールでこの曲を演奏することで、本編が終わってもう一度という意味にもなるんです」

──なるほど。本当に力強い曲ですが、サビのメロディーには浮遊感や切なさもあり、そのコントラストが印象的です。

「最初に自分が作ったデモと、実際にアレンジャーのイロハさんにブラッシュアップしてもらったものにはコード進行など大きな変化があって、それがこの曲の独特な雰囲気に繋がったというか。どこか子供の歌のような素朴でシンプルなメロディが、歌うことで意味が生まれるような感じがするんですよね」

──リードトラックの「勿忘草」は、どのようにして生まれた曲ですか?

「愛についてはこれまでも歌ってきましたし、普遍的な愛についても触れてきましたが、この曲はそこからさらに絞り込んで家族愛に近いテーマになったと思います。音楽を始めた頃は、そういう身近な人について歌うことが恥ずかしくて曖昧にしていたところもありました。でも自分自身、大人になって人生を振り返ってみたときに、言葉や行動にならない、風のように感じられる愛情を受け取りながら育ってきたこと、そこに一度しっかり向き合いたいという気持ちになったんです」

──〈愛された証を探さなくても 君の笑顔が刻まれているの どんな嵐も奪えやしないよ〉という歌詞も、言葉やかたちにならない行間に愛を感じるということが明確に表現されているなと思いました。

「ありがとうございます。特に2番のAメロの歌詞は、今までの私なら避けるような表現かもしれない。でも今回は素直に出てきた言葉をそのまま使っていますし、そのことに個人的にも満足しています」

──アレンジも素晴らしいですよね。最後の方でマーチングリズムになったり、最初はピアノで始まったりと、ドラマチックな要素が曲の相乗効果を高めていると感じました。

「アレンジを担当してくださった野村陽一郎さんは、最初ボーカルにもリバーブをかけて天の声みたいにしてくれたのですが、もっと耳元で歌っているような、息づかいまで聞こえてくるような生々しい声にしたいとリクエストしました。そうすることで、私が本当に感じていることや伝えたいことが、より直接的に届くのではないかと。それがこの曲の中で特にこだわり、大事にした部分ですね」

──「Clouds」は可愛らしい雰囲気があり、英語の曲でアコースティックギターから始まるところが特徴的ですね。

「この曲は、例えばジャカルタ出身のNikiさんのような海外の女性アーティストからインスパイアされました。彼女は88Risingに所属しているアーティストですが、自身のバックグラウンドを大事にしながら英語でポップスを歌い、世界と繋がっている姿にとても感銘を受けたし勇気づけられたんです。私自身、これまで洋楽と邦楽という2つの異なる要素をどう融合させるか考えてきましたが、彼女のようなアプローチから新たな可能性を感じましたね。日本人が英語で歌うと、どうしても”日本人が洋楽をやっている”ように感じられがちですが、自分が日本で暮らしているからこそ書ける歌詞で、そのバランスをしっかりと取り戻したいなと」

──確かに東京での暮らしを英語で歌うことによって、ちょっと俯瞰的な視点になっていますよね?

「ありがとうございます。歌詞はまさしく今の私自身を反映したもので、特に最近24歳になって感じたことが大きく影響しています。周りの友人が社会人になり、忙しくなったり転勤してしまったり、プライベートで会う機会が減ってしまって。大人になる過程での変化を強く感じることが多くなってきたので、そこで感じたことと、大学生の時に歩いていた東京の渋谷の街並みとの対比を歌詞に反映させました」

──「ヒール」と「スニーカー」で、その違いを対比させてみたりして。

「はい。靴が変わると歩くスピードや行ける場所、フットワークそのものが全然変わるじゃないですか。そういうリアルな感覚をサウンド感でも表現したいと思い、アレンジャーの高慶“CO-K”卓史さんと相談しました。例えばレコードの針の音を入れてみたり、ギターもデモの時の状態をほとんどそのまま使ったりして、ちょっとラフでカジュアルな雰囲気を残すようにしましたね」

──「ツライクライ」もToruさんとの共作です。タイトルのワードがとてもユニークですよね。

「これはToruさんから出てきた言葉です。”実はこういうアイデアがあるんだ”と聴かせてくれたアイデアの種には、その時点でサビの世界観が既にあったので、そこから他の部分のメロディや歌詞を私が書いていきました。断片的なアイデアから全体を作り上げるという、今までにない作り方をしてみたのが楽しかったです。自分一人では思いつかないような場面を想像したりして」

──それは、例えばどんな想像ですか?

「頭に浮かんだのは、都会の交差点とかで愛を叫んでいる男性の姿です。周りから見ると、え?と思うような場面ですが、本人は至って真剣。キラキラとした初恋のような、青春時代の何ものも恐れない気持ちを象徴しているシーンだなと思ってそこからイメージを膨らませていきました」

──愛を知ることで「喜び」と同時に「悲しみ」も経験し、「知らなければよかった」という気持ちが生まれる。そんな複雑な感情を歌っていますよね。

「でも、そういった感情すらも若さ特有の"キラキラとした青さ"なんじゃないかなと。今の私には、それがすごく魅力的に感じられるんです」

──そういえば、由薫さんは、本をたくさん読むとお聞きしたことがあるんですが、最近もそういった読書の影響はありましたか?

「例えば、「Sunshade」のレコーディング前には、太宰 治の『斜陽』を初めて読みました。「陽」という字がタイトルに入っているので世界観が合いそうだなと。実際、本の中の景色が頭に残り、生活の中のトーンが「Sunshade」に寄り添ってくれた感じがしました。最近は、図書館に行くことが自分の中で流行っていて。今も新しい曲の歌詞を書いているところなのですが、その世界観に合いそうな本を図書館で借りてきて、自分をそのモードに合わせるなどしています。映画や本に触れると生活の中で目に映るものが変わってくるんですよね。そういった視点が今はすごく役立っているなと感じています」

──そういう意味で、最近インスパイアされた映画はありますか?

「『TAR/ター』という映画を配信で観たのですが、ストーリー展開はもちろん映像表現が自分にとってすごく刺激的でした。それ以来、日常の中であの映画のビジュアルがふと思い浮かぶことが多いんですよね。映画のムードを支配するあの曇り空、ケイト・ブランシェットの凛とした佇まい、光と影のコントラスト。良質な映画に出会うと、無意識のうちに日常生活にも影響を与えている気がします」

──2024年も後半戦に入りますが、今後の予定を聞かせてください。

「11月に「Sunshade」をリリースした後、東京で一晩だけのライブを行うことが決まっています。タイトルは「太陽の後」を意味する「After Sun」。映画の『aftersun/アフターサン』も観ていたので無意識に影響を受けているとは思いますが、自分がこのタイトルにたどり着いたのは、「Sunshade」をリリースしたことと、自分の誕生日にひまわりをいただいたことがきっかけなんです。秋になるとひまわりが枯れて種が残るように、リリースした曲が時間を経てどう残っていくのか。ライブはそれを見つめる時期なのかなと。海外公演で感じたことや考えたことを反映させつつ、本作「Sunshade」をライブで再現するとどうなるのか。自分でも今から楽しみですね」

(おわり)

取材・文/黒田隆憲
写真/藤村聖那

由薫 Live "After Sun"LIVE INFO

2024年11月1日(金)代官山UNIT

由薫

由薫「Sunshade」DISC INFO

2024年9月6日(金)配信
Polydor Records

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