──今、振り返ってみると、昨年リリースした前作『AIRPORT』は、空港ということもあって、出会いと別れを歌った曲が多かったですね。
「そうですね。ただ、私自身は別れをあまりネガティヴには考えないんです。だから、出会いもあれば、別れもあるけど、それは別に悲しいことだけではないっていうポジティヴな意味を込めて作ったアルバムでした。」
──空港を飛び立って、ジャングルに辿り着いた?
「みんなに“ここはどこだろう?”、“この植物、見たことないな”、“変な鳥の鳴き声が聞こえるね”っていう感覚になってもらえるような作品を作りたくって。そういうアルバムのイメージが先行してあった状態だったので、新しいレーベルの名前もTiny jungle recordに」
──スーパーマーケット、エアポートと来て、ジャングルに!?
「そうですね(笑)。ただ、熱帯雨林みたいな感じではないし、北欧の静かな森でもないんです。ミニチュアのスノードームの中にあるミニマムなジャングルのイメージかな。あとは、音楽の原体験として、“知らない音が鳴ってる”っていうのが自分にとってすごく刺激的な部分だったし、改めて“自分がやりたいことって何だろう?”って振り返ると、高校生からずっと聴いていたジャズやワールドミュージックの雰囲気を踏襲したアルバムを作りたかったんです。それと、VIDEOTAPEMUSICのライブを見に行ったのも大きいですね。日本じゃない、異国感があるけど、どこか懐かしい気持ちもするし、おとぎ話のような気もする。そういう“どこなんだろう、ここ?”っていう感覚を感じられるアルバムにしたいっていう漠然としたイメージが曲を作る前からありましたね。」
──第1弾「daybreak」、第2弾「sunshine」と、新しい章の幕開けから石若駿さんをトータルプロデューサーに迎えていますね。石若さんにお願いしたのはどんな理由からですか?
「原田知世さんのトリビュートアルバム『ToMoYo covers~原田知世オフィシャル・カバー・アルバム』(2022年11月発売)に参加させてもらったときにカバーした「早春物語」で石若さんと初めてガッツリとタッグ組んだんですけど、そのときに、“この人と一緒に制作するのはすごく面白い!”っていう手応えがありました。だから、前作『AIRPRT』(2023年5月発売)を作っている段階から、“また絶対に石若さんに頼みたい”って考えていました。『AIRPORT』はトラックありきのアルバムにしたかったから、そのタイミングではなかったんですけど、“『AIRPORT』が終わったら次は石若さんとやりたいな”って考えていました」
──トラックメイクを中心にした前作から一転して、ニューアルバム『wood mood』には、ドラマーの石若駿を中心に、ピアノに海野雅威、ギターに井上銘、ベースにマーティー・ホロベックという気鋭のジャズミュージシャンが集結しています。
「自分としては、突拍子もなくジャズに行ったっていうことはなくて。『AIRPORT』の制作をしながらも、ジャズの界隈の方とお仕事でご一緒することが多かったんです。マーティーとはお互いに別のシーズンで出演していた『ムジカピッコリーノ』の最終回で初めて会って、意気投合しました。銘くんとはジャズのイベント『ジャズ・オーディトリア』で一緒にMCをさせてもらって、海野さんとも『ジャズ・オーディトリア』からの繋がりで一緒にセッションさせてもらったり、ジャズフェス『LOVE SUPREME JAZZ FESTIVAL』で共演させてもらったり…それぞれは点なんですけど、それが、今回のアルバムで線になって、全部が繋がってるっていう感覚があるんです」
──アルバムにはニーナ・シモンの歌唱で知られる楽曲のカバーも収録されているので、2022年にオデッタとベッシー・スミス役で出演したミュージカル『ジャニス』も繋がっていますよね。
「そうなんです。ニーナ・シモンは浦島りんこさんが演じていたんですけど、その時に初めて聴いて、“こんなにいいんだ!”って感動して、ハマってしまいました。舞台が終わってからもニーナ・シモンの曲をずっと聴いていたし、テデスキ・トラックス・バンドのライブを見に行った時も、この曲をカバーしていて、“やっぱりいい曲だな、やっぱり好きだわ”ってなりました。自由について歌っている曲なので、今、こういうご時世だからこそ歌うべきなんじゃないかという思いも合致してカバーしましたね。私としては、音楽活動以外にもいろんなことを並行してやってる中で、ジャズに繋がったって感じているし、すごく自然の流れで、こういう作品が作りたいっていう思いに至ったんです。今までは、こういうアルバムが作りたいというイメージがあってから、曲を作り始めたことがなかったので、初めての経験ではあるんですけど」
──改めて、“こういう作品”とはどういう作品をイメージしてましたか?
「今回は、生の楽器で “いっせーのせ”で録ることで化学反応が起こるような作品にしたいなって考えていました。自分の中のイメージとしては、ジャズだけじゃなくて、アフリカっぽい音楽とか、パーカッションの音とか、ワールドミュージックっぽい音が鳴っていました。あと、自然の音が盛り込まれている曲も最近、よく聴いていて…」
──鳥の鳴き声が聞こえる森の中に、ハミングしながら足を踏み入れていくようなイントロから始まります。全体のストーリーも最初から考えていましたか?
「未知の森のような場所に入っていって、途中でぱっと光が見えて、その森を抜けていく流れにしたいっていう話は、石若さんにお話してました」
──5曲目の「daybreak」で文字通り“夜明け”を迎えていますね。静かで暗い夜を抜けて、体全体で光を浴びている。
「はい、この曲まで聴き進むと少しずつ“光を感じてもいいんだ”って気持ちになっています。私、ずっと“森”って言っているんですけど、自分の心の内側みたいな感覚もあるんです。心の中がモヤモヤして、いろんな考えがまとまらなくて、ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃってなっている状態もあまり嫌いではなくて。それが時々、パッと腑に落ちることがあるじゃないですか。“ここどこなんだろう?”っていう迷路を抜けて、“全然大したことなかったな”っていう気持ちになったりする。コロナ禍もそうですし、いろんな活動をしていく中で、もちろん悩んだりとか、どうしていこうかな?って考えることもあるんですけど、その都度その都度、ふっと、“なるほど!”って感じることが多かったので、悩むこともいいなって思っています。ぐちゃぐちゃになって、ぐるぐるぐる同じところをまわったりして、“こんなの駄目だ”みたいなことを繰り返してたとしても、それも意味があるんだなって思うことがありました。そういう意味でも、“未知の森”=自分の心の中に迷い込むとか、聞いたことのない新しいものの中に飛び込んでいくこととも通じるのかな?っていう感覚がありました」
──アルバムタイトル『wood mood』も“森”からの発想ですか?
「全部が出来上がってからタイトルを決めようって思っていたんですけど、なかなか思いつかなくて…やっぱり、木っぽいイメージはあったので、最初は“積み木”が浮かんだんです。積み木=“wood block”から派生していって、マネージャーとLINEでアイデアを投げ合いしている中で、『wood mood』が出てきました。字面もかわいいし、”w”と“m”が裏返っただけで、フォントとしてもいいなっていうのと、確かにウッドなムードでできた作品だしと思って決めました」
──藤原さくらは今、ウッドなムードなんですね。
「曲によっては、クリックを使わずにレコーディングして、ライブ感のある、温かみのあるプレイを感じられる作品になったと思います。デビューEP『à la carte』も、生楽器でみんなでセッションするような感じで作った曲が多いんですけど、当時はまだ、今みたいに自分がやりたいことが言葉で説明できなかったんです。これまで自分が経験したものがあるからこそ、デビュー当時にやりたいと思っていた音像が表現できた1枚になっている気がします」
──アルバムの中で、最もやりたいことができた曲をあげるとすると?
「全部なんですけど、2曲目の「my dear boy」はすごく壮大な曲ができたなと思います。石若さんとも、“最初のデモからすごいところに落ち着いたね”みたいな感動があったので、良質なオーディオで爆音で聞いてほしいです」
──(笑)ラウドな曲ではないですが、立体感のあるテイクになってますね。
「クラリネットとフルートが入ったことで、すごく臨場感が出てきて、壮大なイメージになりました。歌詞は“生と死”について書いています。人間はいつかは絶対死ぬもので、だからこそ、今、生きているのが尊いなっていう感覚は自分の中でもあるんですけど、死ぬと、全部が終わりではなく、私は全てが繋がっていると感じています。だから、大丈夫というか…」
──大丈夫というのは?
「すごく大切な人が亡くなったり、もう二度と会えなくてしんどいという経験が私にもあるんですけど、でも、どこかで見てもらってくれているような、すごく近くにいるような感覚があるんです。曲の中では、自分が小さい頃からよく見る夢のことも歌ってます」
──どんな夢なんですか?
「列車のようなものに乗っていて、それが海の中にずぶんと入っていくんです。“う、苦しい…”ってなるんですけど、丸い球体のような透明な泡のなかに入ると、息がしやすくなって、不思議と安心する。その夢を定期的に見るんです。ずっと変な夢だなと思っていたんですけど、その夢が自分の中で生と死というか…苦しい気持ちとほっとした気持ちが重なり合うような感覚があって。言葉にすると難しいんですけど」
──藤原さんの死生観のようなものですよね。
「そうですね。「my dear boy」を書いているときも、そういう不思議な死生観を感じることがあって。“じゃあ、大丈夫だ”って思ったんです。寂しいけど、まだ一緒にいる気がするし、大丈夫なんだっていう。結局、続いていくんだからって。そういう割と重めなテーマではあるんですけど」
──また、最初にお話に出た“光”という言葉についても、何を象徴してるのかが気になっています。例えば、「Close your eyes」では英語歌詞で<今夜わたしが光を見たの><今夜あなたは光を見るのよ>と歌っています。
「いろんな意味があるんですけど、この曲は、木々や植物、花、鳥などの自然について歌っています。曲を作っているときに、思い浮かんだのが<光を見たの>というワードだったんです。ふっとお告げをもらうような感覚という意味での“光”なのかな…生きている中で、あの経験はこのためにあったんだって気づく瞬間というか、結び付くみたいなことがたくさんあって。そういう光みたいなものを見逃したくないっていうことを「daybreak」でも歌っていて」
──ドラマ『ゼイチョー〜「払えない」にはワケがある〜』挿入歌として書き下ろした「daybreak」は<真っ暗な夜に光をちょうだい>と願っています。
「やりようのない怒りを感じることがたくさんあるじゃないですか。世界的に見ても、戦争が起こって、お互いが憎しみあって、政治でも裏金だなんだがあって、自分に降りかかる問題もあって。“どうなっていくんだろう? 希望はあるのかな?”って感じざるを得ないニュースばかり流れてくるじゃないですか。SNSでも、自分の正義を振りかざして、誰かが誰かを裁こうとしすぎている感覚があって。“あなたはSNSで人のことをボコボコに叩いているけど、そんなあなたも加害者じゃないの?”と思うこともあったりするじゃないですか。やっぱりマイナスなことに目を向けると絶望することばっかりだし、みんなが無気力になったり、“もう駄目だこれ”って思っちゃう気持ちもすごくわかるんです。でも、諦めたらもうそこで試合終了というか…」
──そうですね、本当に。
「でも、やっぱりすごく素敵な出会いはあるし、素敵な人っているし、誰かのために本気で自分を犠牲にできる人もいるし。落ち込んで、全てを諦めるにはまだ早いなって思うことが、自分の中ではたくさんあるんです。そういうふうに捉え方でいくらでも変えられるってことを前作でも歌っていたんですけど、考え方一つ違うだけで物事の見方が全然違ったりするんだっていう、発想の転換みたいなのも私にとっては“光”だなって思います。“落ち込んでいる場合じゃないな”ってときに自分がすがっていたものが、“光”だったんでしょうね。自分のことを鼓舞するような気持ちもたくさん込めてるんですけど、人それぞれいろんな“光”はあると思うんですけど、“そういうのもあるんだよ”ってみんなに伝えたかったんです」
──ちなみに、タイトルにもなってる「星屑のひかり」の“光”は?
「この曲は『ゼイチョー』に向けて制作している時に生まれた2つの曲のうちの1曲だったんです。結果的に「daybreak」が選ばれたんですけど、“この曲も絶対に入れたい”と思って、アレンジし直して収録した曲なので、「daybreak」と近い方向性の歌詞ではあります」
──しつこくて申し訳ないですが、「sunshine」には<愛の光>というフレーズがあります。太陽も光ですし。
「去年の7月にお姉ちゃんが子供を出産して、おばさんになったんです。姪っ子が誕生したんですけど、新しい命に対して、すごい感動があったんです。涙が止まらなくて…“命ってなんて尊いんだ”って感覚になったときに、その感覚から書けた歌詞がかなりあります。「sunshine」で<あなたこそが私の太陽>って言ってるくらい、めちゃくちゃ強い光を感じています、彼女には。あと、「Close your eyes」の<遠いところで/赤子が泣いているの>も彼女のことで、“自然と人間は繋がっている“って感じたから書けた歌詞ですし、最後の「good night」も姪っ子に対して歌ってますし…」
──歌詞を見た時に、一瞬、“藤原さんが産んだの!?”と思いました。
「すごく図々しいんですけど、でも本当に産んだくらい感動したんです。産んでないのに自分の子っていう感覚があって(笑)。だから、「sunshine」に関しては、もう完全に姪っ子ですね。「Isn't She Lovely?」みたいな気持ちで書きました」
──あははは。スティーヴィー・ワンダーが愛娘のアイシャの誕生祝いに書いた曲じゃないですか。
──あと、「Thanks again」についても聞いていいですか?
「この曲は、アルバムの曲がほぼ出揃ったときに、“石若さんと私の共作で1曲作りましょう”となって。石若さんに曲を作ってもらって、“どういう思いで作ったんですか?”って聞いたら、“通り過ぎてしまった日々のことを振り返ることも大切にしている”っていう話をしてくれたんです。振り返ることによって、あのときよりは成長してる自分が見えたり、忘れかけていたものをもう1度思い出すことができたりする。例えば、“この人と一緒にやるのが夢だったよな”って思い出したりとか。今では当たり前になってしまっていることも、ハッと大切さに気づくこともできると思うっていう話していました。あと、地元の気の合う友人に会ったり、家族のことを思ったりしている気持ちもあるっていう話を聞いて…私も昔のことを思い出して、あの頃より成長しているって思えたりするし、石若さんがいたから書けた歌詞です」
──<忘れかけたものをもう一度>思い出して、<ほんとの 自分へ>帰るという歌詞が本作を象徴してるように感じたんです。
「そうですね。自分が10年後にこうなっていたいっていう計画通りに全てが進んだわけではないけど、知らず知らずのうちに、いろんな縁が繋がってここにいるんだって感じています。過去のことを振り返ったときに、全部が愛しいものに感じることができますし、今まで出会った全ての人に感謝する、ポジティブなムードが詰まった曲ができました」
──原点回帰をしながら新しい扉を開いたアルバムが完成して、ご自身ではどんな感想を抱きましたか?
「今、自分がタイムリーにやりたいことも詰められましたし、今できる最大限の集大成だなって感じました。今の自分のムードを届けられるものをきゅっと1枚に出来たっていう達成感があります。このアルバムを作ったことによって、“もっとこうしたい”とか、“もっとこうなりたい”っていうイメージが湧いてきています。いい意味で、次に繋がる作品が仕上がったので、やりたいことが増えたっていう意味でもすごく良かったです。あとは、とにかく、石若さんをはじめ、みんながすごく楽しそうにやってくれたんです。このままの流れでツアがーでできるのがとても嬉しいし、ツアーも皆が未開の森に入っていくような、今までにないツアーにしたいですね」
(おわり)
取材・文/永堀アツオ
写真/中村功
・ジャージトップス¥27,500/ザ ハンサム(UTS PR tel.03-6427-1030)
・スカート¥80,300/シー ニューヨーク(ブランドニュース tel.03-6421-0870)
・シューズ¥38,500/ロドリリオン(ネペンテス ウーマン トウキョウ tel.03-5962-7721)
・チェーンリング¥55,000/マフ(Muff)
※すべて税込
※その他全てスタイリスト私物
RELEASE INFORMATION
LIVE INFORMATION
Sakura Fujiwara Tour 2024 { wood mood }
4月14日(日) 福岡 Zepp Fukuoka
4月21日(日) 宮城 仙台 PIT
4月28日(日) 愛知 Zepp Nagoya
4月29日(月・祝) 大阪 NHK大阪ホール
5月19日(日) 東京 NHKホール