――8月22日にアメリカのロサンゼルスでコンサートを開かれるんですね。
「本條流三味線の兄弟子、本條秀英二さんがロスの出身なので、ご両親にステージをお見せしたいという気持ちがあって、私の推しである大谷翔平さんの試合を観たいということもありましたので、行こう!ということになりました(笑)。私自身いろいろな活動をする中で、例えば三味線を続けていくとなったら、公演でお客様に聴いていただくという目標を立てることで、気力や意欲を保てるということがあるものですから、そういった意味からも開催を決めました」
――由紀さんのことですから、まだまだ新たなチャレンジもされるのではないかと思います。
「長年の憧れでした山田五十鈴先生の代表作『たぬき』の、ほんのさわりだけを演じさせていただきます。ほんのちょこっとだけなのに、これが本当に難しくて……連日本條秀太郎師匠に厳しくご指導いただいています。余分な力が入ってしまうせいでしょうけれど肩は凝るし腰は痛いし大変です(笑)」
――さまざまなチャレンジを続ける中で、8月5日にリリースされた新曲「恋でパラダイス」への反響はいかがですか。
「聴いていただけました?」
――はい、もちろん。あの、お歳のことを言うのは失礼かと思うんですが、今年傘寿を迎えらるのに、これほど新鮮でパワフルな歌声を聴かせていただけるとは!と驚かされました。
「去年の5月に『SHOW (昭) TIME!』という、「東京ラプソディ」「月がとっても青いから」など先輩歌手の曲をジャズアレンジで歌ったアルバムを出したんです。そのアレンジをピアニストの林正樹さんにお願いしていて、今度は林さんにメロディーを書いていただくのはどうでしょう?とディレクターさんが提案してきたんです。それで作家の皆さんとお寿司屋さんでどんな方向で曲作りをしようか?ってお話ししたんです。その時に私は、デビュー50周年から55周年を考えた時に、これまでの足跡や感謝を歌うことが多かったものですから、次はそういうテーマから離れて、これからの日々をどのように生きていくか……例えば私が大谷選手に元気や力をいただいているように、推し活をすることで幾つになったって、明るくいきいきと生きていけるというメッセージを共有できるような歌がいいとお伝えして、そこから出来上がったのが「恋でパラダイス」です。私が想った以上に素敵な曲を作っていただけて感激してますけど、55年以上も歌い続けている私にまだ新曲を出させてくださるレコード会社に感謝する気持ちも大きいですね。この歳になってまた新しい気持ちで歌っていけることにワクワクしていますので、衣装も落ち着いた感じのドレスではなく、ワンピースで軽やかにって感じでいます。そんな風にまた自分自身のイメージを変えられることもうれしいですよね」
――55年以上も歌ってきて、このタイミングでイメージを変えられるって本当に素晴らしいと思います。
「いつまでもハイヒールで歌っていられませんしね(笑)。元々同じようなことを続けるのはあまり得意ではない性格なので、イメージを変えるのは自分が楽しく活動していくためでもあるんです。それで9月のBillboard Live TOKYOでのライブもね、構成や演出を新しくできたらと思って、小泉今日子さんに”お願いできない?”って言ったら、小泉さんも”えっ!私?”って、よろこんで引き受けてくださって(笑)。小泉さんは去年、小林聡美さんが60歳の記念に開いたライブの演出をされていたんですけど、私もサプライズで出演させていただいたものですから、そのステージ裏でのお仕事ぶりを見せていただいていて、その姿がとても素敵だったんです。ずっと華やかなスポットライトを浴びてきた方なのに、いきいきとした表情で裏方に徹していらっしゃって。そして、そういう小泉さんが私のことをどんなイメージで捉えてくださっているのかなんてことを、とても知りたくなったんです。そこからまた私に何か新しいものが生まれてくるという期待もありましたし。もう何度か打ち合わせをさせていただいていて、ポスターのアイデアも出していただいて。これが可愛いの(笑)! アメリカから帰ったら本格的なリハーサルが始まりますけど、今回のバンドは彼女をサポートしてこられた方々なんです。私にもずっと支えてきてくれたバンドのメンバーがいますけど、小泉さんのバンドの皆さんとステージをさせていただくことで、何か変わるものがきっとあると思いますし、私のバンドのみんなにも新しい息吹を伝えられるんではないかしらという期待もあります。小泉さんからは「夜明けのスキャット」とか「手紙」とかのアレンジを変えてもいいですか?って訊かれたので、私は何でも好きにしてくださいって伝えました。セットリストは私だったら選ばないなっていう曲もあって、そういうものを自分がどこまでこなせるだろうかというところにも興味があるんですよね。どきどきする気持ちもありますが、でもチャレンジできることの喜びの方が大きいし、そういう気持ちがとても大事なんです」
――「恋でパラダイス」とカップリングの「上を向いて歩こう」を聴かせていただいて感じたのは、瑞々しさだったんですが、きっとそれは由紀さんの内面から溢れ出ているものなんでしょうね。
「うれしいですね、そんなお言葉をいただけるのは。先程も言いましたけど、同じことを続けるのではなくて新しいことにチャレンジしたい気持ちが強いので「恋でパラダイス」はこういう曲になりましたし、「上を向いて歩こう」もこういう表現の仕方に落ち着いたんです。来年もアメリカで歌うことが決まっているんですけど、この曲なら何も言わなくてもアメリカの皆さん、ご存知でしょう。それを普通に歌うのではなくて何か新しい試みをと思った時に、私には「夜明けのスキャット」という曲がありますけど、あそこで私が”ルールルルー……”なんて歌っているのは実はスキャットではなくてボーカリーズっていうものなので、ちゃんとしたジャズスキャットにチャレンジしたいという気持ちから、こういう形になったんです。でも、難しかったですね。自分自身がサウンドに乗るのも簡単ではなかったし、スキャットをどうやって活かせばいいんだろうってけっこう悩みましたし。林さんに相談したらジャズシンガーのakikoさんっていう方がいるから彼女に歌ってもらって、それを参考にしたら?って提案してくださったので、akikoさんに歌っていただいたら”ああ、こういうことか!”って。それを軸に私なりの表現を考えながらあれこれ試してたどり着いたのが今回の「上を向いて歩こう」なんです」
――ジャズスキャットにチャレンジしながら、同時進行で『たぬき』の三味線稽古に励んでいらっしゃる……とても面白いですね。
「そうでしょう!(笑)まだどちらも納得のいくレベルにはありませんけど、自分がその狭間でもがいていることは実感していて、そういう経験ができていることが本当にありがたいし、うれしいんです」
――ベテランの域に入られても、落ち着いてしまうような感覚はないようにお見受けします。
「だって落ち着いてしまたらつまらないもの!(笑)自分が選んだことの意味を、この身を以て示さなければいけないという、そういう気持ちもありますしね。私、山本周五郎さんの『虚空遍歴』っていう小説が大好きなんですけれども、主人公の侍が理想の浄瑠璃を追い求めて苦闘する姿に憧れるんです。私にも歌手として追い求めているものはあって、まだまだそれを手にするところまで行っていませんし、最後まで辿り着けないんだろうなという気がするんですけれども近付くための努力は続けていたい、そういう気持ちで日々を生きていて、これが私らしいということなのかなと思っています」
――スターというものは常にきらきらと輝きを放って人々にときめきや感動を与える存在ですが、由紀さんという存在はまさにスターの名に相応しいですね。
「ありがたい見立てですが、常に上昇や前進していなければいけないということは自分自身に言い聞かせてますね。お客様って正直で厳しい存在ですから、そういう自分でなければ、ステージに立った瞬間の沢山の拍手を受け止めることはできませんもの。そしてお客様に正面から向き合える自分でいるためには、師匠や兄弟子がいてくださることがとても大きいですね。自分が仰ぎ見る存在があるからこそ昇り続け、進み続けることができるんだと思いますから。そういう方たちに出会えていることは本当に幸せだと感じますし、まだまだ頑張りなさいという神様のお達しかも知れないって思います」
――それが神様のお達しだとすれば、歌い演じることは天職ですね。
「まさに芸歴が長くなるほどにそう思うようになりました。頑張りなさいって言ってるのは神様ではなくて天国にいる母かも知れませんけど(笑)」
(おわり)
文/永井 淳
取材/2026年7月31日

由紀さおり「恋でパラダイス」DISC INFO
2026年8月5日(水)発売
UPCY-5130/1,500円 (税込)
ユニバーサル ミュージック
