大原櫻子『Traveling』インタビュー――これまでに登ったことのない山を登った感覚の挑戦をしたアルバム

──デビュー10周年の音楽活動の軌跡をまとめたシングルベスト『Anniversary』を挟み、オリジナルアルバムとしては前作『スポットライト』から２年半ぶりとなるニューアルバムが完成しました！

「昨日マスタリングが終わったばかりなので、“ようやっと…”っていう感じです。すごく高い山を登った感覚です」

──高い山でしたか？

「アルバムタイトルは『Traveling』なんですけど、裏テーマとしては“Challenge”だなって思っていて。新しい作家さんにも出会ったり、新しいアレンジにも挑戦したり。まさに、これまでに登ったことのない山を登った感覚がありました」

──最初から“Challenge”というテーマは決めていたんですか？

「去年は10周年だったので、ベスト盤をリリースして、ツアーもして、アニバーサリーイヤーを盛り上げたいっていう想いがありました。そこから、11年目になって、じゃあ、落ち着きたいか？って言われたら、そうではなくて。むしろ“テンションを上げていきたい！”って思った時に新しいディレクターさんを始め、周りのスタッフさんたちが素晴らしい作家さんやアレンジャーさんを紹介してくださって。いろんな曲と出会って、1曲1曲と向き合いながら選曲して…いろんな仕事と並行しながらも積み上げていった感じでした」

──アルバム『Traveling』は、一聴してこれまでのアルバムと違うなという印象を受けました。

「やっぱりそうですよね。1曲目の「ベイビートラベラー」は旅の始まりのようなテーマ曲で、これまでのポップさがありますけど、2曲目に「Speechless Love」を持ってきてるのはかなり挑戦的だと思います」

──作詞作曲がさかいゆうで、アレンジが鈴木正人による現代的なシティポップとなっています。

「おしゃれですよね。さかいさんの中に流れている洋楽のリズムやメロディ、コード感がこの曲には入っていて…歌ったことのない世界でした」

──“挑戦”という裏テーマを象徴するのはやっぱり「Speechless Love」でしたか？

「挑戦って意味ではそうですね。でも、一番難しかった曲は「伸ばしかけ」なんですけど」

──それも意外です！

──今、お話に上がった2曲についてもう少し詳しく聞かせてくだい。「Speechless Love」を最初に聴いた時はどう感じましたか？

「まず、アルバムを作るにあたって、いろんな楽曲を聴いて、“どの曲をアルバムに入れようか？”っていう選曲会議のようなものがあったんです。そこで、ディレクターさんがいいと思う曲と、私がいいと思う曲、それぞれあって。「Speechless Love」はおしゃれですし、“素敵だな”と思ったんですけど、私は“自分が歌っている姿があまり想像できないな…“って思いました。自分のイメージと違うというか、あまりにも意外すぎて、”大原櫻子は11年目にどの道行くんだろう？”って思われたくないっていう気持ちもあって。でも、そう思いつつ、“1回、キー設定を確認するために仮歌で歌ってみます”って言って。演出はケラリーノ・サンドロヴィッチさんの舞台『桜の園』の本番中で、しかも地方公演中だったんですけど、楽屋で歌ってみました。そしたら、キー設定の確認ですら、歌うことがむずくて。どこを裏声で歌って、どこを地声で歌えばいいのかがわからなかったんです。でも、歌詞も大好きでしたし、それこそ“挑戦としてはいいかな？”と思いつつ、仮歌を入れた上で、“いや、ちょっと…今回はどうなんでしょう？”って私が渋っていたら、ディレクターさんに“絶対に素敵にするから、俺に任せろ”って言われました」

──おぉ、カッコいいし、頼もしいですね。

「だから、“納得できなかったら、あなたの責任よ！”くらいの気持ちで（笑）、逆に伸びやかに歌わせてもらいました。1回聴いたら、すごく癖になるメロディですし、＜アルカイックなその笑顔＞という言葉遣いもさかいさんならではだなって思います」

──一方の「伸ばしかけ」はピアノバラードですよね。

「最初にピアノと歌だけのパートが届いて。“私の得意なやつだ”って思ったんです」

──そうですよね。だから、“難しい”というのが意外だったんです。

「楽器が少なければ少ないほど、声で伝えられる情報量が増えるし、アルバムの中に1曲はピアノバラードを入れたかったんです。だから、“嬉しいよ”って思っていたんですけど、いざ、レコーディングしてみたら、歌う度に、どういう主人公なのか、人物像がちょっとわからなくなってきちゃって…。裏声とか地声とか、技術的なことではなくて、表現力によって、全然違う形で聴こえてくる曲なんだと感じて。だから、歌い方にはすごくこだわってレコーディングしました」

──＜私＞っていうのはどんな人物像を描きました？

「終わってしまった恋愛があって。もう忘れられるようで、でも、忘れられないまま、伸ばしかけの髪と重なっている。切なさもあれば、どこか吹っ切っているのかな？みたいな部分も感じて。その中途半端さというのかな？…歌う心情の中途半端さが難しい部分だと思いました」

──失恋して、振り切るために短くカットするわけではなく、時間がかなり経って伸びきってるわけでもないという…。作詞作曲は、さかいゆうさんと同じく、シンガーソングライターとして活動しているフジタカコさんです。

「いや〜、天才と出会っちゃったっていう感じです。最初に聴いた時は衝撃でしたもん。この曲、多分、全女子に響くと思います」

──全女子ですか！?

「はい！本当にすごく繊細な気持ちを歌にしているから。吐き出すところは吐き出しつつ、吐き出すまでにはいかない絶妙なニュアンスっていうのも大事に歌っています」

──「伸ばしかけ」のアレンジに映画やドラマの劇伴を手がけるピアニストの兼松衆を迎えていますが、兼松さんはもう1曲、オトナモードの高橋啓太が作詞作曲した「Sound of Music」の編曲も手がけています。この曲は、NHKみんなのうた（6-7月放送）に起用されていますが、「みんなのうた」を歌うことはどう感じてますか？

「“まさか私が！？”って驚きました。みんなのうたは、本当に小さい頃から聴いていたので、素直に嬉しいです。「Sound of Music」も今までにないメロディですし、牧歌的で広がりのあるアレンジになっていて。この間、舞台の地方公演の時に帯広に行ったんです。そこが歌詞のある通り、本当に＜何にもない沈黙の草原＞だったんですよ。♪＜沈黙の草原〜＞って歌っているところをムービーで撮って、ディレクターさんに“本当に何にもないよ”って送ったら、“うわ、Sound of Musicだ！”って返ってきました（笑）。耳で聴くだけでも草原を彷彿させる曲ですし、まさに旅をしているような異国の色を入れてくれました」

──みんなのうたを通して、小さなお子さんにも届くといいですよね。

「そうですね。今の時代、どうしても“自分では世界を変えらないんじゃないか”と思うかもしれません。でも、そうじゃない、自分が変えるんだよっていうメッセージが伝わるといいかな。＜君が笑えば／つられて世界も微笑む＞っていう歌詞があって。一人の人間が笑顔になるだけで、周りの人もそうですし、自然にある草木や花も笑顔になって、自分の味方になってくれるんだよっていう。みんながとても笑顔になれる楽曲だと思います」

──アルバム『Traveling』にはいきものがかりの水野さんが作詞作曲した「櫻」に加え、アンジジェラ・アキさんも「名前」という曲を提供しています。大原櫻子という名前をモチーフにした曲を違うアプローチで書いていますよね。

「水野さんの「櫻」は最初、「きっと」っていうタイトルだったんですよ。でも、水野さんとディレクターさんと私とで話し合って。毎年一年に1回必ず咲く、力強い生命力を持っている桜と、人が生きている中で何度でも転んでも立ち上がる力強さっていうのを重ね合わせて、「櫻」にしました。私をデビュー当時から知ってくださっていて、私の歌を作ってくれている水野さんなので、櫻子の「櫻」という意味合いももちろん兼ねていて。でも、この曲が出来上がって、“本当に歌って、ライブすることによって完成するんだな”と思ったことがあったんです」

──どんな出来事があったんですか？

「初めて歌ったのが小児がんの支援プロジェクトのチャリティーライブ『LIVE EMPOWER CHILDREN 2025 LIVE TOUR IN HOSPITAL』の時だったんです。実際に病気と闘っている子どもたちやご家族の皆さんがいる前で歌った時に、その子どもたちやご家族の想いにも重なる部分があるんじゃないか？って感じて。＜きっと笑えるから／ちゃんと春は来るから＞や＜ちゃんと春越えて＞というのは、明日も笑えるようにっていう願う心であって、それは子供たちとご家族、両方の立場の気持ちを同時に歌っている曲だなと思いました。だから、「櫻」はそこで歌ったことによって完成したなって感じましたし、その場で初めて歌えたことはこの曲にとっても、私にとっても大きな財産になっています」

──私の歌というよりも、みんなの歌という意識の方が強いんですね。それでも、11年目の今、ご自身の名前が付く曲を歌うことについてはどう感じていますか？

「以前、亀田誠治さんが「ひらり」という曲を書いてくださっていて。あの曲も桜の歌で、バラードではあったんですけど、とは言え、やっぱり全然違う楽曲ですよね。同じ桜の曲を歌うにしても、来年30にりますし、大人になった私が歌う桜ソングだなって思います」

──たっぷり歌い上げられる曲なので、ミュージカルシーンでも活躍している櫻子さんの歌声が一番よく響くところを知ってる人が作る曲だなとも感じました。

「そうですね。水野さんにはこれまでに何曲も書いてくださっているので、私の声の伸びとか、こういう歌い方が合うんじゃないか？っていうのはわかってくださっているなって思います」

──そして、アンジェラ・アキさんは、櫻子さんが昆夏美さんとWキャストで主演したミュージカル『この世界の片隅に』の音楽を担当していました。

「『この世界の片隅に』の時にもうこの企画は始まっていました。“どういう曲がいい？”って訊いてくださって、アンジーさんが持ってらっしゃるメロディーをいくつも聴かせていただいたんです。“もし、もっと新しい曲が聴きたいなら、新しい曲を作るよ”ともおっしゃってくださったんですけど、私は「名前」のメロディーが大のお気に入りになって。転調もすごくいいと思って、“ぜひ、この曲でお願いします！”って連絡したら、アンジーさんから“わかりました。転調はなくそうと思っている”って返ってきちゃって。急いで“転調は絶対になくさないでください。残してください。これがカッコいいんです！”ってお願いしました（笑）。歌詞の内容に関しては、アンジーさんが“私だけに言えることでいいから、名前に関することでも、自分の人生を振り返って、これは曲に入れたいと思う出来事でもいい。何でもいいからボイスメッセージで送ってほしい”って言われて、ボイスメッセージでやりとりしていました」

──どうして「名前」について歌うことになったんですか？

「やっぱり人生にはいろいろあるじゃないですか。辛いことや苦しいこともあるけど、人生の根本っていうのは“愛”なんじゃないか？っていうのが、この曲の意味合いです。その“愛”というものの証が、私たちが生まれた時に初めて付けられた名前に隠されているっていうことをテーマに作っていただいてたんです」

──＜大地に花咲く希望の蕾は　私の名前にある＞というフレーズが櫻子さんの名前を想起させますね。

「それもボイスメッセージで入れました。打ち合わせを重ねていく中で、だんだん“名前”をテーマにしようっていうことになっていて。私は“大きな原っぱに桜の木が一本立っている”っていうイメージから大原櫻子という名前になったので、このフレーズは、アンジーさんに“まさにさくちゃんです”って言われました」

──今回のアルバムは全体的に繋がってるようにも感じています。次の曲「風の冒険者」で＜大地を踏み直して／地図を捨て出かけよう＞と歌っていて…。「名前」とも「ベイビートラベラー」ともかかっていますよね。

「それは、たまたまです（笑）。アルバム『FANFARE』に「Fanfare」という、旗を掲げて、みんなと一緒に前に進もうっていう曲があって。ああいう風にみんなで一緒にライブで歌える曲があるといいなという想いが強くて。「Fanfale」の時はライブのMCで“みんなで拳を上げて！”って呼びかけたんですけど、「風の冒険者」はよりみんなを巻き込んでいる感じが出ているかな？と思います。曲順としては最初からアルバムの最後の曲になるだろうなと思っていました。終わりの曲ですけど、ここから始まりっていうメッセージを込めています」

──「I am you」もクラップしながら“ラララ”とシンガロングできる曲になっています。櫻子さんは以前、「I am I」という曲も歌っていましたが、この曲はどう捉えましたか？

「“それくらい近い距離にいるし、あなたのことをわかってるよ“ってことかな？って。”わからないから教えてね“っていう部分はあるけれども…っていう二人。きっとカップルだと思うんですけど、親友同士のようにも捉えられると思います。一対一に話しかけている、とってもチャーミングな曲だと思って。でも、実はこの曲を一番最初に聴いた時に、”とてもいい曲だとは思うんですけど、夏に出るアルバムなのに、すごく冬っぽい…“って思っちゃって」

──どの辺にウィンターソング感を？

「なんだろう…？メロディなのか、使っている楽器なのか。しんしんと雪が降っている中で、可愛い男女が歌っているようなイメージだったんです。だから、“どうなんだろう？”って言ってたら、ディレクターさんに“いや、僕はそういうふうに思わないです”って断言されて。その後で歌詞を書いてもらって、自分で仮歌を歌ってみたらイメージが変わりました。季節を問わず、“常にあなたのそばに私はいるよ”っていうあたたかくて優しいメッセージの曲になったと思います」

──この曲では＜新しい扉＞を開いてますが、他の曲も＜未来＞や＜先＞、＜明日＞という視点が多いですよね。

「それこそが私らしさなんじゃないかな？って思います。止まらずに歩いていく、切り開いていくっていう。“未来があるとは信じているけど、それがどんな未来か？っていうのはあまり断言できない。それでも私はいつも、とにかく前に進もう“っていう感じなんです。今、11年目のスタートのときですけど、それこそ12 年目、13年目はどうなっていくんだろう？っていうのはまだ未知です。今、リーディングドラマ『ふしぎ駄菓子屋銭天堂』で白石加代子さんと2人芝居をやっているので、一旦、それどころじゃなくなっていて。舞台をやっている時は音楽どころじゃないし、音楽をやっていると舞台どころじゃないっていう…。まあ、ずっとそれどころじゃないっていう感じなんですけど」

──（笑）前作の『スポットライト』もそうですが、“光”も櫻子さんを表す象徴的なワードになっていますよね。

「そうですね。なんなんでしょうね。自分では考えたことがないですけど、多分根本にある考え方なのかな？って思います。あまりネガティブじゃないので、無意識のうちに、それが私のテーマになっているとは思います」

──なるほど。

「例えば、「ベイビートラベラー」も最初に伊藤立さんが書いてくださった楽曲は、少し後ろ向きの主人公だったんです。でも、私、メロディを聴いたときに“絶対に前向きだな”と思って。スタッカートにはなっていませんけど、結構、跳ねる曲なので、後ろ向きはちょっともったいないなあと思って。本当はこの曲、私が歌詞に挑戦したいと思っていたんですけど、ビルボードのライブと重なっちゃって…。納得のいく完成度までには行かないんじゃないかと思って、”明るく切り開いていくスタート“というイメージをお伝えして、立さんにお願いして書いてもらったんです。本当にリュックサックを背負って旅をしていくっていう、ウキウキワクワクしている心情に書き直してもらって出来た曲です。軽快に楽しく聴いてほしいって思う曲になりましたし、『Traveling』というタイトルのアルバムで、これ以上のスタートはないと思います」

──『Traveling』というタイトルにはどんな想いが込められていますか？

「このアルバムを聴いてくださった人に“この一枚で音楽の旅をしてほしい“って思います。本当に”いろんな国に行ったなあ“と感じるくらい、振り幅のある楽曲たちが揃っていて。それをポップに歌っているので、色とりどりで、それぞれがビビットな色を持った国を旅しているようなイメージでタイトルを付けました。11年目っていうことで、本当にここからがスタートだぞ！っていうエネルギーもこのタイトルには込めています」

──“ここからがスタートだぞ”ってイメージですよね。

──最初にもありましたが、10年間の歩みをゆっくりと振り返って、しみじみしている感じはないですよね。

「そもそも人生で、あまり振り返ることはしていないです（笑）。すぐに次、次っていう感じで。“浸っている場合じゃない！“っていう…」

──全12曲のアルバムが完成して、ご自身にとってはどんな一枚になりましたか？

「やっぱり30歳手前にして歌える曲がどんどん増えているのかな？っていう実感がありました。とはいえ、やっぱり一曲一曲ものすごく濃くて、ライブでやったら全然違うものになりそうですし、いい意味で成長するんじゃないかなって思っています。レコーディングやマスタリングは終わりましたけど、ライブでみんなの前で歌って初めて完成するアルバムだと思っています。だから今は、ツアーがとにかく楽しみでしょうがないです！」