東京生まれパリ育ちのシンガーソングライターでフルーティスト&マルチミュージシャンのマイア・バルー。2022年秋に、前作『KODAMA』のリリースから7年ぶりとなるニューアルバム『AIDA -間-』をリリースする。自身のアイデンティティアルバムと称する今作では、前作以上に突っ込んだアレンジの民謡と、彼女の感じた現代社会への強い思いが表現されたオリジナルを展開。日本語とフランス語がクロスオーバーするボーダレスで、まさに"AIDA(間)"を感じる内容となっている。2022年5月31日には、リリースに先駆けて、急遽来日ソロライブを敢行した彼女。ニューアルバム『AIDA -間-』に込められた彼女の思いとは?
──久々となる日本でのライブはいかがでしたか?
「日本語でのMCとか、民謡を日本人の前で歌う事とか、いろいろなことが久しぶりすぎて緊張しましたけど、楽しかったです」
──MCでは、ソロで、しかもひとりでフルライブ自体が「初めて」と言ってましたね。
「本当に初めてで、今まではひとりでライブをやるという概念がなかったんです。“やりたくない”ではなく“音楽は人とやるべき!”、”人とおしゃべりするようにコミュニケーションを取りながらやるものだ”と、師匠バーデン・パウエルから教わってきましたし実際、セッションをし続けてきた20年のミュージシャン人生なので…。だから一人で、しかもテクノロジーに頼ってやるなんて数年前まではまったく想像していなかったです、機械に弱いし(笑)。でもステージ上のコミュニケーションは無くなっても一人だと逆にお客さまとの会話とエネルギー交換がより直になることに気づき、とても楽しくなってきました。急に思いつきでフルートのソロ吹いたりして。不自由な部分もあれば、考え方を変えれば逆に自由になれる瞬間もあって、とても興味深いです!そして旅と一緒でひとりの方が色んな人と出会うんですよ。なのでそのうちすっごく一緒にやりたい人と出会えてバンドを作るかもしれません。ってもう次回の10月予定の来日ライブはまだ一緒にリハもしていないバンドと来ます!」
──それは今から楽しみですね!
──今年の秋にリリースするアルバム『AIDA -間-』もひとりで作られたんですか?
「すべてひとりでプログラミングして、アレンジして、レコーディングしてって、いままでできないと思っていたことをひとりでやりました。それもあって、そこまで機械を恐れなくなりましたよ(笑)」
──ひとりでやろうと思ったきっかけは?
「アルバムを作り始めたのはロンドンにいる頃でちょっと孤独だったんです(笑)。友達や音楽仲間はみんなパリにいたってのもあるんですが、自分と自分の限界と向き合ってみたかったのもあります。その後、パリに住居を戻したらすぐコロナ騒動になり子供と犬がはしゃいでいる中、フルートも歌も全て宅録することになったんです。自分ではできないと思っていたことにたくさん挑戦できてこのアルバムで一つ強くなりました!」
──今作は民謡というか、日本自体がコンセプトの雰囲気を感じましたが、いかがでしょう?
「今回は『AIDA(間)』というタイトル通り、オリジナルと民謡のアレンジが半々くらいですね。前作に比べたらトラックもかなりアレンジしていますし、歌詞もフランス語の歌詞をつけ足したりと、民謡をもっと突っ込んだ感じにしました」
──アルバムタイトルの『AIDA(間)』は?
「これは私のアイデンティティ・アルバムなんですよ、日仏ハーフの。でも、フランスと日本の間ということだけではなく、伝統と今の音の間、島国と大陸の間、いろんな意味での”間"なんです。歌詞は私の脳の中みたいにいつのまにか日本語になっていたり、フランス語になっていたり、フランス語を日本語の音、韻に合わせてごく自然に、言葉の境界がわからない感じにしました。いいバランスを見つけるまでかなり時間が掛かかったラボでしたね」
──フランス語で歌っている部分は、日本語の歌詞をただ訳しているわけではない?
「民謡の歌詞は人々の生活に近い”ブルース”なので歌詞はとてもシンプルですよね。それをそのまま仏語に訳すと言葉や意味が生きないことが多く、訳詞というよりテーマに影響されながら書き直しています。でもほとんどはそのまま日本語で歌っています。意味がわからなくてもいいんです。エネルギーが伝わるから!」
──それはかなり大変な作業ですね。
「言葉って文化じゃないですか。特にフランスの詩の文化はすごく歴史があって、そのルールに合わせないとフランス人の耳に入っていかないし、質の良いものとして聞いてもらえないので。」
──ラップの部分もご自身で作られた?
「そこは言葉のリズムを上手に使う医者でラッパーの友達、ELEA BRAAZと共同で作りました。日本語の鳴り方を面白いと思ってくれて、楽しみながら、時には苦しみながら日本語の音に合わせてフランス語をつけることに一緒にトライしました。もう言語ミュージックの研究ですよね(笑)」
──民謡自体が、大衆歌というか労働歌だったりして、そこはなんとなく社会への訴えや意見のラップと、マインド的には一緒なのかなと思ったりします。
「民謡って、“売れる歌を作ろう”とか、“人に受ける歌を作ろう”と思って作っていないところが好きなんです。その時の思い、楽しいから“楽しい”、悲しいから“悲しい”と表現していてすごく人間臭いし音楽の原点なのではないかな?と思います。そこが魅力だと思うし、だから、すごくエネルギーがある。メロディや小節も西洋音楽とは全然違って独特だし、特に“合いの手”の“ソレ!”とか“チョイサ!”みたいな歌というよりリズミックフレーズがすごく面白いんですよ」
──アルバムのサウンド的にもオリエンタルなメロディとエレクトロサウンド、いまの流れにあるような音をうまく融合させているのが印象的でした。
「私自身が今流れている音楽から昔のものまで常にいろんな音楽を聴いているからかな。あとはひとりで作らないといけなかったから、プログラムする方向になって自然に電子音が多くなったという状況もあります。その中でもなるべくアコースティックで出来るものはしていて、フルートにいろんなエフェクターを掛けて不思議な音にしてたり、パーカショ二ストやピアニストにパート演奏してもらって送ってもらったり。とにかくその時の環境の中で作ったという感じですね。プロセスはある意味かなり(2022年の)サラヴァ的?」
──不思議だったのが、フルートの音が尺八に聞こえるんですよね。
「それ、よく言われるんですよ!尺八の音はすごく好きで、じつは持っているのですが全然吹けない(笑)。一時期は弟子入りまでしたのですが、その時にちょうどちんどん屋でサックスを吹かないといけなくなって。そっちを優先させちゃいました。尺八の音を知らない海外の人にとってはトラディショナルフルート、“西洋のフルートではない音がする”って言われますね。なんでも綺麗にというより自分のスタイルを探すのが私にとって大事なんです。」
──ちなみにちんどん屋サウンドって、昭和モダンというか、洋楽と邦楽の間の音楽ですよね。その影響はかなり大きいのでは?
「ちんどん歴が10年くらいなのでもちろんあります!ちんどん自体に日本独特でありながら、西洋の普遍的なものも感じていて、メロディとかもサーカスっぽいし、ジプシーっぽさもありますよね。格好もすべて含めて、フェデリコ・フェリーニの世界とつながりますよね。私が参加していたユニットは”かぼちゃ商会”や”ちんどんブラス金魚”なんですが伝承されてきた旋律やオリジナルをミックスしたバンドで、おしゃれクレイジーちんどんでしたけど(笑)」
──さて、先行でリリースしている「ハーフ」は、自身の経験談というか、訴えを感じる曲ですよね。
「自分自身は日本で小学生の頃に男の子に”ハーフ人!”って言われた思い出があるくらい(笑)。特にすごく嫌な思いをしてきたわけではないので、いわゆるBLM(ブラック・ライブズ・マター)ほど強い訴えではないです。ただ自分のアイデンティティを歌う過程でずっと違和感を感じていた”ハーフ”という言葉、この”半分”という島国日本の独特な概念を表す言葉を使って、二つの世界の間を生きる人々、国境の上を歩く人たちに捧げるパワー賛歌を作りたかったので。間に立っているとどっちでもない、中途半端っていうハンディキャップを感じることもありますからね」
──どんなハンディキャップですか?
「いまの世の中、外国人嫌いというか、違う考え方を持つ人を怖がる傾向があって、世界政情右化が強くなっているところがあります。でも、ミックスした人間は増えている。そういった国境の間にいる人たちこそ、トランスレーター的に人と人、国と国の間に立てる、本当に未来なんじゃないかなって。そういう人たちに向けて“それでいいんだよ!”という賛歌を作りたかった、それが「ハーフ」なんです」
──たしかに難しい立場になる傾向は日本ではありますよね。
「私自身、どの言葉を話しても"なまり"があるし、日本もフランスも100%のことを知っているわけではない。だから、自分のことを“I'm Queen of Basters!(雑種の女王だ!)”って言っていますけどね(笑)。私は音楽をやっていたのがすごくラッキーで、音楽こそ国境のないものだし、すべてを混ぜることができる最高の第三のアイデンティティです」
──「Sushi(スシ)」も女性から社会に向けての、いわゆるポリティカルソングですよね。
「「Sushi」には、もちろんフェミニズム的な部分もですが、差別反対の気持ちも入っています。外国の男性が持っている“アジアン女性ってこうだよね”というイメージがあって、例えば“アジアの女性は優しくて、静かで、男性を立てる”みたいなイメージ、そういうステレオタイプがすごく嫌なんです。日本人女性の見た目だけで、“日本人の女の子が大好きなんだよね!”みたいなキモい奴も外国にはいて、それに対して“スシみたいにペロっと食べれると思ったら大間違いだぞ!”って(笑)。そういう日本人女性、アジアン女性への間違ったイメージ、人種差別とフェミニズムとユーモアの混合が「Sushi」なんです」
──"スシ"を例に使うという表現が面白いですよね。
「なんででしょうね?お腹が空いてたのかな?…急にその言葉が降りてきて(笑)。自分なりにポリティカルな歌をやると、どうしても面白くしちゃう。それが自分のスタイルなのかなって。でも実際そのまま歌ったところで人の心には入らないし、伝わらないと思うんです。私なりの表現とアングルで政治的な、そして反抗的なメッセージを伝えられたらな、と思います」
──笑い話として言えるくらいの距離感で伝えるということですね。
「私の性格は部分的にかなりフランス人的で不誠実とか、不正義なことに対してはすごく怒りを覚えるんですよ。でも、基本自分は面白キャラだしアートだからちょっと距離感を持たないと伝わらないですよね。メッセージをインポーズしてはいけなくて、聞いた人のイマジネーションをどう広げられるかがアートだから、その度合いが大事かな。歌詞を聴きたくなくても踊れて楽しめて、聴きたい人はそこでさらなる情報が!っていうのがいいですね」
──2022年10月にはバンドを引き連れてライブをやられる予定とか?
「ドラムとキーボードとのトリオです。まだこれから作り込みますがバンドで演奏やフルートやギターで1人の時や、日本人ミュージシャンのゲストを入れたり、まだ考え中ですね。照明も凝ったセットアップを作っています。“えー!?”みたいなのが好きなのでいろいろ仕込みますよ。楽しみです!」
──最後に日本のファンに向けてメッセージをお願いします。
「このアルバムを機にまた頻繁に日本でライブをしたいので、マイア・バルーをよろしく!待っててね!!」
(おわり)
取材・文/カネコヒデシ
Release Informationマイア・バルー『AIDA -間-』
2022年9月リリース予定
カネコヒデシ
メディアディレクター、エディター&ライター、ジャーナリスト、DJ。編集プロダクション「BonVoyage」主宰。WEBマガジン「TYO magazine」編集長&発行人。ニッポンのいい音楽を紹介するプロジェクト「Japanese Soul」主宰。そのほか、紙&ネットをふくめるさまざまな媒体での編集やライター、音楽を中心とするイベント企画、アパレルブランドのコンサルタント&アドバイザー、モノづくり、ラジオ番組製作&司会、イベントなどの司会、選曲、クラブやバー、カフェなどでのDJなどなど、活動は多岐にわたる。さまざまなメディアを使用した楽しいモノゴトを提案中。バーチャルとリアル、あらゆるメディアを縦横無尽に掛けめぐる仕掛人。
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