――本題に入る前に、まずは第56回スーパーボウルのハーフタイムショーをご覧になってのAKさん的ハイライトをお聞きしたいのですが。
「いやもう、俺はスヌープ(・ドッグ)の1stと(ドクター・)ドレーの1stからHIP HOPに入っているんで、どこを切ってもかっこよかったけど、最後に「スティル・D.R.E.」をやったところですかね。今回のメンツって、ジェイ・Zがセッティングしていて、あの曲って実はジェイ・Zが歌詞を書いているんですよ。それを最後にやることで、ドレーがジェイ・Zに気持ちを返したんじゃないかなっていう。エミネムが跪いたことにしても、すべてがHIP HOP過ぎて。もちろん、50(セント)もケンドリック(・ラマー)もかっこかったですよ。50の逆さ吊りは、ちょっと重そうでしたけど(笑)。とにかく、あの時間の表現自体が、マジHIP HOPでしたね。そして、それを仕込むジェイ・Zってすげえなって。俺がいちばんリスペクトするラッパーなんですけど、やることがかっこよすぎるなって思いました」
――アメフトのスタジアムでのHIP HOP、アツかったですね。遡ることその約1ヵ月前、日本ではモータースポーツの聖地、鈴鹿サーキットでHIP HOPのライブが実現していました。AKさんの「THE RACE in SUZUKA CIRCUIT」です。
「最新アルバムの『The Race』を作った時から、考えていました。まあタイトルがレースなんで、サーキットでライブをしてえなって。で、サーキットだったら一番すげえのは、やっぱ鈴鹿だなって。しかも地元の東海エリアなんで、そこでやるのが一番やべえだろうって。やべえけど難しいだろうって(笑)。案の定、門前払いで、箸にも棒にも引っかからないどころか、失笑されるみたいな。っていうところからの始まりだったんですけど、バイクの名門メーカーでモリワキエンジニアリングってあるじゃないですか。その森脇社長の娘さんの森脇 緑さんもヨーロッパでレーシングチームを運営していて、たまたま繋がりができたんですよ。すごく男気がある方で。それもすごいですよね、引き寄せあったというか、俺たちの気持ちを汲んでくださって、鈴鹿サーキットとかけ合ってくれたおかげで、営業時間外だったら貸しますよっていうことになったんです。ってことは、夕方5時から翌朝8時まで。しかもステージを組んでバラすのも込みなので、1日では到底撮りきれない。だから2日間借りて、組んでバラして、また組んでバラしてってなるけど、それでもやろうと。あの鈴鹿のホームストレートで、史上初のライブをしたいっていう、ただその一心でしたね」
――こちらもアツいエピソードですね!しかしビジネスとしては……
「いやもう、なんもないですよ(笑)。なんも残らない!今のところ真っ赤っかですね。まあ5月にDVDが出て、どうなるかっていうぐらいで。だけどコロナ禍で、エンターテインメントが政府からも軽視されているというか、締めつけられて思うようにできない中で、エンターテイナーとして応援してもらってきた俺が、苦しいからって稼ぎに走るのか?っていう。まずそこの葛藤があって、俺はエンターテインメントを届ける人間としての誇りを優先させたかったんですよ。“とんでもないことするな、こいつ!”ってなることのほうが、俺は大事だと思って踏み切ったんです。100人近いスタッフを東京と鈴鹿をピストンするだけで、えらいことじゃないですか。経費めちゃくちゃですよ(笑)。でも俺は、ずっとそういうやり方でやってきたので、今回も例外なくやったっていうことです」
――なるほど。そして、UNDER ARMOURのオフィシャル・アンバサダー就任というニュースにも驚きましたが、どういう経緯だったんですか?
「なんですかね……まあ、HALEO TOP TEAMでトレーニングしているんで、そのイメージが功を奏したのか、オファーをいただきまして。生意気ながら、初めはHALEOへの義理とかもあるんで、お断りしたんです。HALEOはスポーツサプリメントのブランドですけど、アパレルもやってますし、先にそっちのチームに入っちゃっていますから。そしたら、特例で俺のUNDER ARMOURのウェアには全部、Def JamとHALEOのロゴも入れてくれるっていうんで。それなら筋が通るのでお願いしますと。超イケてますよね、UNDER ARMOUR。コラボ曲も一切注文はなくて。“壁を打ち破る”というテーマで、障害がある選手やジェンダーの問題に直面している選手、体格で差別を受けている選手、経済的に苦しい選手らを奮い立たせるような、またそういう子供たちの背中を押すような曲を作ってほしいと言われただけで。それって、俺がずっとやってきていることでもあるし、コロナ禍で余計に思うところもあったから、すごくオーガニックな感じだったというか。頼まれた時点で頭の中に曲のイメージができて、しかも自分自身の歌として作れると思ったので、いいタイミングでした」
――「Break through the wall」を書き下ろすにあたって、アスリートと対談もしたそうですね。
「ブラインドサッカーの選手と、女子ラグビーの選手と対談しました。意外にも共感できる部分が多くて。というのも、ジャンルは違えど、俺も壁を破り続けてここまで来たからで。HIP HOPって、日本ではすごいニッチなジャンルだったんですよ。近年盛り上がってきていますけど、とは言え……じゃないですか?アメリカなんかでは、HIP HOPが一番のメインストリームになっていますけど、日本ではずっと、リップ(スライム)とかケツメイシみたいなやり方じゃないと、売れないとされていたんです。キック(KICK THE CAN CREW)とか。ストリートのHIP HOPなんか、めちゃくちゃニッチだったんすよ。そういう中でやってきて、東京のメジャーシーンに殴り込みをかけることになって、売れても落ちかけて、また持ち直したり、独立したり。ずっと壁にぶち当たってきたので、共感って言ったら生意気ですけど、僭越ながら同じだなって。闘う人って同じなんだなっていう感想が、いちばん正直なところでした。自分に言い訳しないで、突破するしかないっていう。ただ、心が強いなとは思いましたね。目が見えないからできないじゃなくて、やるって決めて頑張っているところとか、自分に負けずにやってきたんだろうなって」
――まさに魂を揺さぶるような曲ですが、そういう思いをすべてリリックにしたということですね。
「そうですね。結局、試練を乗り越えられるかどうかは自分次第で、人に負けないじゃなくて、自分に負けないってことしかないんですよね。俺も人間なんで、へこたれそうな時ももちろんあるんですけど、結局はやっぱりそこ。誰かの目とかじゃなくて、自分に矢印を向ける、誰かと闘っているわけじゃなくて、自分と闘うっていう世界観を大事にしました。でも、自分と闘っていますってだけ言っても伝わんないんで、人間としての弱い部分も表現したいと思って。だから、1ヴァース目はちょっと俯瞰視した歌詞にしたんです。それでラップのところで、“お前らバカにしてっけど見とけよ!”っていう気持ちを吐き出すっていう。みんな人間ができているから口に出さないけど、そういう気持ちが絶対あるはずだし、俺はラッパーとしてそれを代弁したいなと思ったんです。俺はそれを燃料にして生きてきたので。成功した時なんかのハッピーなパワーもありますけど、それはご褒美みたいな感じで、燃料になるのは悔しさとか恥ずかしさとかなので、そこをラップにしました」
――そういう姿勢が揺るがない秘訣は、何なんでしょう?
「なんですかね……意地みたいなもんですかね(笑)。いまでも辞めたいですけどね。辞めて楽になりたい自分が、すぐそこにいます。正直、才能の部分って変えられないと思うんですよ。圧倒的に才能あるやつは、あるし。俺は言うても平凡だと思うんです。音楽の才能は。でもそれ以外のところは努力で埋められると思うんで、俺は天才じゃないからそこの努力は惜しまないでおこうと思っています。現役のうちは全速力で」
――5回目の武道館公演も間もなくですが。
「久し振りのリアルライブが武道館なんで、新旧織り交ぜてベスト的なライブをしたいという気持ちもあります。でも、フィーチャリングのメンツを見ればわかる通り、最新アルバムからもけっこうゲストが来てくれるので、新しい曲もやります。意味合い的には、コロナを経験して、俺たちのチームも“START IT AGAIN” なので。今回は、音楽を使った演説のようなライブにしたいって言っているんですけど、日本人としての意識に訴えかけるライブにしようと思っています。俺は日本人なんで日本を愛していますけど、だけど日本って本当に恥ずかしいなとか、だからこういうふうになっちゃんだとか感じることがあるんですよね。みんなそうだと思うんだけど、言わないんですよ。言ったら叩かれるから。でも俺は、今こそレベル・ミュージックっていうHIP HOPの基本に立ち返りたいんです。ファック・ガヴァメントとかファック・ポリスみたいな、ただのイキリじゃない、今だからこそ言える正当な意見で、みんなをはっとさせたいなっていうのがあります。俺が国を変えてやるとか、そんな大それたことを言うつもりはないんですけど、やっぱり一人ひとりの意識だと思うんです。日本の経済成長が30年も止まっていて、先進国の中でも恥ずかしい惨憺たる状況っていうのは、何ものでもない、すべて国民に原因があるんですよ。そこに訴えかけたいと思っています。強くて聡明だったころの日本人の誇りを、今こそ思い出すべきじゃないのかって」
――自分に対してだけじゃなくて、平和ボケしてしまった日本に対しての“START IT AGAIN”でもあるわけですね。
「そうですね。すべてはみんなの尊厳のためなんですけどね。気づかないと、みんながつらい思いをするので、誰かが声を上げたほうがいいんじゃないかなって」
(おわり)
取材・文/鈴木宏和
DISC INFO『THE RACE in SUZUKA CIRCUIT』
2022年5月11日(水)発売
DVD/POBD-30011/5,500円(税込)
ユニバーサルミュージック