――現在、世界的にシティポップが流行っている中で、あらためて杉山さんの音楽が国境を越えて多くの人たちに聴かれています。その反響は届いていますか?

「すごく、不思議な感覚です(笑)。とはいえ、これまで僕が信じてきた音楽がちゃんと多くの人たちに伝わっていくということが、再確認出来てすごく嬉しいですね。80年代、90年代にシティポップの楽曲を作っていた時は、そもそも海外の人たちに聴いてもらうこと自体、ものすごくハードルの高いことだったんです。だからこそ、いまになって、インターネットの普及とともに、世界中の人たちに、過去の曲を含めて聴いてもらえているということが、すごく面白いし、ありがたいですね」

――すごく素敵なことですよね。

「そうですね。僕はこれまで、ずっと自分が作りたいと思う楽曲を作って歌っていたんですが2016年に、“もう杉山清貴名義でやれることはだいたいやったな”と思ったんです。それからは、違う世界を作りたいと思い、2017年からプロデューサーを迎え、組んでやるようになりました。そこでいろんな作家さんから曲を頂き歌うようになり、ボーカリストとしてどこまでいけるかというところに比重を置くようになったんです」

――新たな挑戦をすることは大変なことだと思うのですが、楽しいことですよね。

「次のレベルに行くことって、難しいこともありますが、踏み出さないと、結局ずっとそこにいなければいけないんです。それが無駄だと思ってしまったんですよね。僕自身、すごく飽きっぽいので、“同じところに長くいたくないな”って思ってしまうタイプなんです。それに、新たな楽曲と出会うと、ものすごくモチベーションが上がるし、楽しくなるからこそ、一歩踏み出してよかったなと思いました」

――ニューアルバム『FREEDOM』の選曲はどのように行われたのでしょうか。

「最初に60曲ほどデモテープを頂き、そこから選んでいきました」

――ものすごく大量ですね!

「でも、これは経験値からか、頭の何小節かを聞くだけで、いいものがすぐにわかるんです。そこで選ばれた曲のなかに、“絶対に歌詞を書きたい”と思うものもたくさんあったんです」

――なかでも革新的だった楽曲を教えてください。

「「Nightmare」は、デモを聞いた瞬間、これまでなかったタイプの曲だからこそ、“歌ってみたらカッコいいかも”って思ったんです。そう思ってしまったら、絶対に歌いたくなっちゃうんですよね(笑)。さらにアルバム『Rainbow Planet』(2020年リリース)収録曲の「Other View」を書いてくれた福田直木くんも、「Too good to be true」を書いてくれたんです。彼はまだ30歳なんですが、70年代の音楽のオタクで、ものすごく詳しいんですよ。今回も僕の琴線に触れるような曲を書いてくれたので、すごく嬉しかったです。あとは、佐藤準さんに「Flow of Time」を提供していただきました。最初に頂いたときにものすごくシンプルな世界観で、すごく新鮮だったんですよね。“この曲にも歌詞を書きたい”と思い、まず3曲、僕が歌詞を書く曲が決まりました。いい曲を聴くと、どうしても歌詞を書きたくなっちゃうんですよね。ほかにも何曲か書きたかったんですが、どう考えてもスケジュールが間に合わないので、厳選して3曲に収めました(笑)」

――「Nightmare」はリード曲となりますが、タイトルは直訳すると“悪夢”になりますよね。

「その言葉だけをピックアップすると、暗い雰囲気になってしまいますが、人が常に抱えている闇や、不安など、そういったものを救い出せる歌ができたらいいなと思ったんです。実はたまたま歌詞を書いている時に『よふかしのうた』というアニメを見ていて、その美しい絵に惹かれたんです。それもあって、“この曲が『よふかしのうた』の主題歌だったら、どんな曲になるだろう?”と思って、書いたんです」

――そうだったんですね!杉山さんは、アニメもそうですし、日本語ラップやヒップホップなども良く聴かれていますが、様々なところにアンテナを伸ばしていらっしゃいますよね。

「ラップって、文字数が制御されていないからこそ、すごく自由なんですよね。逆に僕の音楽は、メロディのなかに言葉をきっちり当てはめるという、自由よりも不自由を求める世界にいるんです。その縛りが面白いというところもあるんですけどね。そういう意味で、ヒップホップは本当にカッコいいなと思いながら聴いているんです。全く違う世界だからこそ、聴くたびに刺激をもらっています」

――「Nightmare」のMVを拝見させていただきましたが、とてもロマンチックな映像となっていましたね。

「ありがとうございます。これまでは、海や自然などの映像が多かったんですが、今回は、街に行って新しいものを撮影したかったんです。でも、昔の僕を知っている人は、“街に帰ってきた”と思ってもらえるはずなんですよね」

――それはご自身の生活の変化が反映されているのでしょうか?

「そうですね。30歳くらいまで、ずっと街で生きてきて、そこからハワイに拠点を移したんです。それと同時に、音楽との関係も変わりました」

――どのように変化したのでしょうか?

「ハワイでは地元の人たちにバーベキューに誘われることが多かったんですが、そこではみなさんが自然に歌っているんです。そこで“歌って!”と言われることも多くて。あらためて“音楽ってこんなに身近なものなんだ”って思ったんです。日本だと沖縄の環境に近いかもしれないですね。それを都会の人たちにも伝えたいと思い、海の楽しさや自然の良さ、さらにもうちょっと自然に帰ろうよというメッセージをずっと発信していたんです。そうしているうちに、最初に話していた2016年になり、“もうずいぶん発信したかな”と思い、新たな一歩を踏み出すことに決め、街に戻りました(笑)」

――いまは自然と都会どちらも拠点にされているんですか?

「そうですね。その両方で曲が生めるのはすごくいいなと思っています」

――そこから生まれてくる言葉が、今作に表現されていると思うのですが、いかがでしょうか。

「実は、「Nightmare」と「Too good to be true」は、自然と言葉が降りてきたんです。歌詞を書くときに何が難しいかというと、統一感を持たせることなんです。僕はいつも“どういう世界なんだろう?”、“次はどういうことを言うんだろう?”と思わせるようにワンコーラスの歌詞を書くので、いつもはすごく悩むんです。でも、今回に限ってはつらつらと言葉が降りてきたんですよね。最終的に見返したらこういう曲ができていたという感覚に近いんです。逆に、“なんでこんな歌詞を書いたのかな?”って思うくらいで(笑)」

――それは初めての体験ですか?

「初めてですね。“なんでこんなフレーズが出てきたんだろう?”って思うこともあったんです(笑)。ひとつ思ったのが、若い頃は鎧をまとって言葉を発していたところがあったんですが、60を過ぎて、どんどんそぎ落として、本当の意味での自然体で言葉を発するようになったんです。それからは、ありのままの姿で接することができるコミュニティがすごく心地がいいんですよ」

――素敵ですね。

「いまは昔からの仲間がどれだけ大切かということが身に染みてわかっているし、嫌なことがあっても、“みんなで笑いあっていればいいよね”と思えるコミュニティがあることが、すごく大事なんです。そんな仲間の歌詞を書きたいなって思った時に、「Flow of Time」が生まれたんです。実は、このメロディを最初に聞いたときに、“クリスマスイブ”というフレーズが出てきたんです。その時に、“クリスマスイブの曲を作らなくてはいけない!”と思ったんですが、そうすると、そのシーズンしか歌えない曲になってしまうんですよね。でも、そのあとに<サングラスに映る明日に 見えていた景色>という歌詞が降りてきて、これならクリスマスイブもハマるし、それだけの季節の歌ではなくなると思い、なんとか脱したんです(笑)」

――言葉が出てきてしまうからこそ、縛られてしまうこともあるんですね。

「ありますね(笑)。それをどう抜けるか、応用するかというのが大変なところであり、面白いところでもあるんです」

――そこまでこだわって歌詞を書いているからこそ、楽曲提供で歌詞を頂いたときに感じる大きな発見もあったのではないでしょうか。

「ありました。「楽園PASSENGER」は、僕と同世代の前田たかひろさんが書いた歌詞なんです。この曲の歌詞にある、<それでも明るい日と書く 「明日」と言う日は来る>という歌詞は、僕らの世代だと、昔の昭和歌謡の「悲しみは駆け足でやってくる」の<“明日という日は明るい日とかくのね>という歌詞を思い出すんですよね。僕らのファンはギリギリ元の歌詞を聞いている世代だから、“おっ”と思うかもしれないですが、若い世代の方に“すごくいい歌詞ですね”と言われて、そういう反応もあるのかと驚きました(笑)。さらに松室政哉さんが作った「Goodbye day」では、新しい発想で曲を書いてもらったので、今までにない歌い方ができてすごく面白かったんです」

――様々な世代が生んだ曲を歌えるということ自体、すごく本当に素敵なことですね。

「そうですね。バンドメンバーも若いですし、つねに生命力を感じていたいんです。やっぱり、僕たちの世代は、新しいものを作ろうとなったら、相当時間をかけないと生まれてこないんです。でも、若い世代はいとも簡単に打破してくれるんですよね。そういう曲に出会わせてくれる、新しい場所に到達させてくれるアーティストの方たちには、本当に感謝しています」

――そして、『FREEDOM』と同じ日に『オールタイムベスト』も同時に発売されました。いま、シティポップが流行っているからこそ、今作には大きな意味を感じます。

「まず、レコード会社の枠を超えて作ることができたのはすごく嬉しいですね。この40年間にリリースしてきた曲をスタッフがピックアップしてくれたんですが、あらためて並べると“なるほど”と思う選曲になっているんですよ」

――どんな“なるほど”があったのでしょうか?

「きっと無意識なんでしょうが、僕にとっての転換期になった楽曲がちゃんと入っているんです。だから、曲を聴くたびに、当時の思い出や、遍歴がしっかりとわかるようになっているんです。きっとファンのみなさんも楽しんでもらえると思います」

――あらためて過去の曲から、現在の曲を聴くと、歌い方や歌声が変わっていないなと思ったのですが、そこはこだわりがあるのでしょうか。

「う~ん…。それは僕の好みなんですよね。僕は“ヘッドフォンで聴いて、気持ちのいい歌を歌いたい”とずっと思っているんです。なので、自分の歌声には絶対に酔わないようにしていて。ちゃんとメロディと歌詞を伝えることを一番に考えているからこそ、そういった印象になるのかもしれないですね。だから、自分の歌声に大きな変化があるなとも思わないですし、変えたいなとも思わないんです。なによりも、オメガドライブ時代に、林哲司さんという素晴らしい作家さんの曲を歌っていたので、それを自分が崩すことは絶対にしたくなかったんです。作った人の想いを100%大事にしたいなと思ったんですよね。それもあって、どちらかというとサラッと歌っているような印象になるのかもしれません」

――この『FRRDOM』と『オールタイムベスト』を聞いて、ライブに行きたくなる人も多いと思います。

「ぜひ来てもらいたいですね。ニューアルバムをひっさげてのツアーは3年ぶりなんです。しかも今回は『FREEDOM』の曲を全曲を演奏してみようかな?と思っているんです。ぜひアルバムを聴きこんで来てもらえたら嬉しいです」

(おわり)

取材・文/吉田可奈

RELEASE INFORMATION

杉山清貴『FREEDOM』

2023年510日(水)発売
初回限定盤(CD+Blu-ray)/KIZC-9071679,350円(税込)
KING RECORDS

杉山清貴『FREEDOM』

2023年510日(水)発売
通常盤(CD+Blu-ray)/KIZC-71894,400円(税込)
KING RECORDS

STREAM/DOWNLOAD

杉山清貴『オールタイムベスト』

2023年510日(水)発売
KICS-4099~1014,180円(税込)
KING RECORDS

LIVE INFORMATION

杉山清貴 The open air live High & High 2023
2023年521日(日) 東京 日比谷野外大音楽堂
開場16:00 / 開演17:00

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