――塩入さんはソロは楽しいからやると。“やってもやらなくてもいいんだ”というふうにこれまでおっしゃってたんですけど、その感じもありながらちょっと温度感が変わってきたんじゃないのかな?という気がすごいしました。
「そうですね。今までは実験的に音楽を作る中で“楽しいな”って思ったり、“もっと突き詰めたいな”と思ったり、“一人でどこまでやれるんだろうな?”っていうワクワク一本でやっていたんですけど、今作というか形態が変わってからも、そこに対しては変わってなくて、そこがより広がっていった結果なんじゃないかな?とは思いますね」
――なるほど。今回の『大天国』は1曲目の「ランサー」からもうワクワクなんですよ。これまでは塩入さんのソロは落ち着きたい気持ちの時に聴きたいっていう感じだったんですけど、今回は自ずと開ける感じがあって。
「今回はやっぱり今までのソロとはもちろん違ってますね。私もすごくワクワクします。今まで作ってきた曲とは全然違う曲の…曲の元は一緒なんですけど、“それをどう調理するか?“っていうことで”ここまで作り手も聴き手も変わっていくんだな“っていうところにやっぱりワクワクは続いていますね」
――制作のプロセスという意味で、塩入さんの中で曲は出来ていて形にする際にいちろーさんにプロデュースをお願いしたという感じなんですか?
「この何年間かずっと“自分の作った曲を誰かにお任せしてみたいなあ”っていう気持ちがあったんですよね。自分で曲を作り続けて一人で完結させようと思うと、どうしても自分の手グセだったりとか、好き嫌いとか固定概念ってすごくあって。自分でもそれに気づくから、そこに執着しないようにはするんですけど、やっぱり一人の力でやっていくっていうのが難しい訳じゃないですけど、なんかもっと面白い新しいことってあるんじゃないかな?っていうのは何年間か考えていて。誰か自分が“この人がいいな”、“大好きだな”っていう音楽家に、自分の曲を全部預けてみたらどうなるんだろうな?っていう気持ちがずっとあったんですよね。その中で“誰がいいかな?“って考えたときに、”もしお願いするんだったら絶対いちろーさんがいいな“っていうのが最初にあって。で、いちろーさんに声をかけて、”やっていただけますか?“って話をしてた時に、やっていただけるってことだったので、全部そこから作り始めた曲ですね」
――東京カランコロンも今のいちろーさんもですけど、いちろーさんの作る音楽の何が塩入さんの作品といい反応を起こしそうだなあ?と思ったんでしょうか。お伽噺的な音楽を作る人ですけど、キテレツだったりもしますよね。
「突き詰め方がすごいというか、ドリーミーな部分とかキテレツな部分とか、繊細で細やかな部分とか、そういう面を感じさせる音楽を作る方だなってのはずっと思っていたんですけど。突き詰め方がちょっと何でしょう?…狂気というか(笑)、いい意味で狂気的なんですよね。そういうところって、これから自分の中に育てていこうと思っても育てていけないものなんじゃないかな?って思うんですよね。それっていちろーさんの性格だったりとか、音楽に対する向き合い方、今までやってきた中で備わっていたものだと思うんですよね。そういうものを私はすごく尊敬しているので、そこにいろいろ自分の音楽と一緒に重ね合わせていただけるんだったらすごい嬉しいなあと思ってお願いしました」
――しかも参加ミュージシャンの曲に対しての解釈が、塩入さんの曲で見えたところもあって。
「そうですね。今までこのレコーディングの仕方とも違ったんですよね。曲ごとに、プレイヤーさんも候補を出してお声をかけさせていただいたりで、レコーディングにたどり着くまでも新鮮でした。すでにそこで新しいことをたくさん発見できてましたね」
――今回レコーディングはリモートなんですか?それとも実際に対面でできたんですか?
「今回は全部レコーディングスタジオで皆さん一気に会して楽器録りでやっていただいたんですけど、逆に私がちょうど妊娠中だったんですよね。本当にもう子供が生まれる直前とかだったので、私がリモート参加になった形でしたね(笑)」
――じゃあオケは贈り物が届くみたいな感じですか?
「贈り物ですね。私が送るデモって、FINLANDSで送るデモよりもペコペコというか、本当に歌とギターだけ。歌とギターを入れてたまにシンセとかビート入れてっていう、それも基本ないものが多くって。いちろーさんと話してたんですけど、それってちょっと作り込み始めると自分でも“あ、これってこういう方がいいんじゃないかな?”っていう気持ちが生まれちゃうので、そういうのはもうナシにして全部を一任したかったんですね。だから本当にペコペコのデモを送っていたんですけど、そんなデモからものすごい作品が送り返されてくるんですよね、毎回。その期間のワクワクというか、届いた瞬間の楽しみ、すごい幸せな時間でしたね。音楽を作っていても年に何回もあるような経験じゃないので」
――塩入さんが表現したかったことがめちゃくちゃ素直に伝わるミニアルバムだなと思います。
「うん、確かに素直ですね」
――5曲すべてに愛というワードが入っていて。しかもその捉え方が画一的ではなくって、愛ってワードが最終地点ではなく、生き方だなと思ったんですよ。
「うんうん」
――聴き進めていくうちに“これは全曲に出てくるんだ”って納得した感じだったんです。ご自分では歌詞を書いていく上で“自然と出てくるなあ”っていう感じだったんですか?
「歌詞が先行っていうものが多かった気がします。いつも1ワードだったりとか、1小節できたところで、“あ、こういう歌を作りたいな”っていうので進めていくんですけど、今回は、よりその素材が大きかったというか。サビまるまるできたところで“あ、こういう曲作りたいな”ってなることが多かったです。「遠い星じゃなくたって」は、顕著にそれで。歌詞がほぼほぼできてから曲をつけたりしたので、今回、歌詞に悩んだりとか、歌詞がどうしても決まらないっていうことがなかったかなと思いますね、珍しく」
――「遠い星じゃなくたって」ってに関しては<まともに人を愛してしまった>っていうパンチラインがあって。意外性はあるとしても別にそのことについて悔いているわけではなくて。こういう言い回しになるっていうのは聴いてきている人にとってはすごく飲み込みやすいんじゃないでしょうか。
「そうですね。飲み込みやすさはあるかもしれないですね。すごいストレートだなって思うんですよね。今までって少しストレートさというか自分のどうしてもこねくり回したくなるところを抑えるようにしようって意識がどこかにあって、“ちょっとストレートな作品を作ろうかな”っていう意識がどこかにあったんですけど、今回ってそういうことを気にする間もなく制作をしていた気がします。 いい意味で何も気にしていないんですよね。それこそ“これは誰かに伝えたい”とか、“絶対にセールスを伸ばしたい”とか、“聴きやすくしたい”とか、そういうところじゃなくて、この楽曲にはこの言葉が合うし、こういう音だったらこっちのほうがいいみたいな、本当にただの好奇心というか、“音楽をより良くするためにはどうした方が良いのかな?”とか、“より自分がときめくためにはどうしたらいいのかな?”とか、そういう気持ちを最後まで維持出来ている気がしています。意識せずにストレートな楽曲を作れたってことはすごい自分にとっては嬉しいことですし、ちょっとびっくりすることでもありますよね」
――もうだって「ランサー」のワンコーラス目からめっちゃ泣けますもん。<弱い運命ごっこなど選ばず笑える人間に成りたいんだ>ってところに“おお!”と思いました。“生きるんだ”っていう感じですね。
「私自身はなんてことないことばっかりなんです…歌詞の所以って。自分でもゴールがわからないんですけど、喧嘩とかしたりとか、自分がすごい悲しい立場とかになるともう“0か1億か”っていう気持ちなんで。“一生口をききたくない”とか思うし(笑)、出てっいたりとかも全然しますし。なんだか悪い方向にことを進めようとしちゃうフシがすごいあるんですよね。それって本当に小さい時からある気がしていて。でも最近、そういう行為に対してのゴールのなさというか、そんなことをして“自分の存在を追いかけてほしい“ってただ思ってるだけなんじゃないかな?って思うことがあって。そんなことしてる暇があるんだったら、時間には限りがあるし、きちんと言葉で伝え合って、きちんと愛し合ってるっていう時間を構築できた方が”自分の存在意義“とか、”一緒にいる関係の重みとか大切さ“とか、絶対にそっちの方が重みがあるし、そのほうが大切なんじゃないかな?って思うことがすごく増えているんです。だからこのサビの歌詞を作ったんですけど」
――“愛ってなんなんだ?”っていうと、“わかんないよな”っていう。人からしたら、“え?こんな人だったの?”ってなってしまうこともあり得るし、“正しさっていうのも分かんないよね”っていう。でもそれがワクワクする感じに聴こえてくるんです。
「そうですね。ワクワクする感じ。愛情って目に見えないから、揃えて置けないっていうか。部屋とか服装みたいに他人が見た時に“すごく素敵なものだな”って目に見えないから、自分の中で整えておくしかないというか…自分の中で構築しておくしかないものだなと思うんです。だからこそすごい信ぴょう性に欠けるし、だからこそ何か大きなことが起きたとき、悲しいことが起きたときにきちんと持っておけばきちんと頼ることができるものだなと思うんですよね。でも多分何年考えてもそこの答えは出ないと思うし、何が正しくてどんな愛情を持っていれば“自分は強くいられる”とか、何かがあったときに役に立つ愛情は?とか、そういう正解なんて絶対にないものだと思うんです。半ばお手上げではある、だけどやっぱり考え続けていきたいという気持ちです。ダウナーにならずに愛情と向き合えるっていうか。自分のテンションをアンダーグラウンドにせずに考えていけるっていうふうになってきたこととかが、“ワクワクして聴こえる”って言っていただける理由なんじゃないかな?って思います」
――Aメロの部分のSEは口喧嘩みたいなSEなんですかね?
「あれは避難訓練ですね」
――2回目のサビの部分のボーカルエフェクトやシンセストリングスが入ってきたり、あと合唱になったり。
「一昨年の末とかに送られてきたのかな?…まだよく車を運転していたので、本当に3時間近く「ランサー」を聴き続けていたりしましたね、デモで。すごい嬉しくて。初めてだったんですよね、初めていちろーさんに送ったのも「ランサー」で、初めて返していただいたのも「ランサー」だったので。一番最初に共作したというか、一番最初に手をつけていただいた曲が「ランサー」で。それもあったし本当に「ランサー」っていう曲が素晴らしかったんで。“なんでこんなに表情を変えて帰ってきたんだろうこの曲は?”っていう疑問とか、いろんな気持ちで本当3時間ぐらい聴き続けてましたね」
――こういうアレンジになった理由は聞かれたんですか?
「この曲に関してはいちろーさんと“何でこういう歌詞なのか?”っていう話をしていたんです。私はずっと歌いたいことをうまく言語化できていなかったというか…“なんて言ったらいいんだろうなあ?”っていう気持ちだったんですけど、この頃、小田急線の車内で事件があったんですよね。なんかその事件の後だったんですけど、いちろーさんに“そういう事件のことを思い描いたの?”って言われて。 そこになぞらえるとすごくわかりやすいというか。それで、その歌詞の説明をしたんですよね。もしこういう状況になった時に理不尽に自分の好きな人、家族、友達が傷つけられたとして、自分は理性を保ってられるかな?って考えたときに、“私は簡単にすごい悪党になるなって思う”といった話をしていて。それで、「ランサー」の曲の説明をして、その後にこのデモをもらって、その話をもとにその避難訓練のSE入れたりとか、“こういう展開にしたんだよね”っていう話をいちろーさんから聞いたので。きちんといちろーさんに話を聞いたら多分随所随所にこういうアレンジをしたっていう理由があると思うんですけど」
――じゃあ全く同じ気持ちではないにしてもいちろーさんとしてはその気持ちを祝福するというか、そういう気持ちがあったんじゃないですかね。こんなアレンジになったのは。
「確かにそうですね。前向きなアレンジにしていただいたなと思うんですよね。これが例えばもっとダーティーなアレンジ、もっと仄暗いアレンジだったらその歌詞の聴こえ方も違ってたなと思うので、祝福というか淡々としている光っていうか。ちゃんと光が当たっているっていうアレンジにしてくれたことですべての整合性が付いたなと思います。私が作った曲ではありますけど、全部導いてくれているのはいちろーさんだなって本当に思いますね」
――塩入さんが3時間運転しながら聴いちゃったっていう曲なんで、話が長くなってしまいました(笑)。
――次の「AWARD」は言葉の意味としては賞とか授与で。歌詞に<才能じゃ足りないぐらい>っていうラインがあって、“才能だけじゃないとしたらそれは努力なのかな?”とか思いながら聴いていました。
「「AWARD」は個人的にすごい好きな曲なんです。タイトルだけ最後につけたんですけど、この曲もかなり歌詞が先行でできていて、<簡単に笑いたいのに簡単に笑えない>っていうのは本当に思っていて。今までだったら受け流して笑えたこととかも、笑えないというか、いろんなことを考えてしまって、全神経を集中させて話を聞いてしまう。いろんなことを考え始めると簡単に笑うっていう態度にたどり着かない。そうなった時に“あ、私はこの人に想いがあるんだろうな”っていうか、その事柄に対して想いがあるんだなって。それが“きちんと愛してしまった”、“想いを持ってしまった”、“想えた”っていうことに対する罰だなって思ったんですよね。だからこの歌詞なんですけど。罰っていうことが逆に賞みたいなものかなっていうか…罰であり私にとっての称号であると。そういう気持ちで「AWARD」っていうタイトルをつけたんです」
―4曲目の「遠い星じゃなくたって」はいわゆるエバーグリーンな曲でかなり驚きました。
「この曲は逆にイメージが全然なくって、多分ピアノで作ったんですよね。だからピアノと歌だけを入れてデモをいちろーさんに送ったんですけど、欲しいところで欲しい寂しい音がくるし、欲しいところでか弱いだけじゃないっていう展開になるし。欲しいところで全部欲しいものをくれるし、いらないところでいらないものを全部引き取ってくれるみたいな潔さがある曲だなと思っています。自分で作る時って、歌のラインとか歌詞とかにどうしても気が行っちゃうんです。だから、“私って本当は音楽が好きなんじゃなくて、その音楽に乗ってる歌詞が好きなんじゃないかな?”って思うことがここ何年間かあって。だから洋楽よりも、歌謡曲とかのほうがしっくりきてしまうのかな?って思う時期があったんです。でも、この曲や「ランサー」を聴いている時に、音のカッコよさというか、“寸分の狂いなくこの音で良かったな”って、音を聴いた時に興奮を覚えたんですよね。だから、“あ、私はやっぱりちゃんと音楽が好きだな”っていうことを感じられた楽曲なので、すごい記憶にも残ってます」
――その再認識は一種の安堵でしたか?
「そんなに深く悩んでいたわけではないんですけど、やっぱりきちんとその音のカッコよさとか、音の高まりとかに“あっ、ちゃんと興奮しているな”っていう自分を客観的に見て、“ちゃんと音楽が好きだな”って思えるのはやっぱり大切ですよね。漠然と”音楽が好きだな“っていうことではいたくないなっていう気持ちはあるので」
――繰り返しになりますが、素直な作品ですよね。もちろん全部じゃないんですけど、よくわからないからここは一旦保留みたいな感じじゃなくって。
「そうですね。『大天国』に関してはすごい正々堂々という気持ちが強いですね」
――『大天国』っていうタイトル自体もすごいですけど。
「去年の10月ぐらいに “『大天国』にします”って連絡をしたときに、ちょうど私のソロのワンマンライブがあって。それが“気合”っていうタイトルだったんですけど」
――(笑)。
「(笑)。“気合”の後に、“『大天国』にします”って言ったら、“冬湖ちゃんがつけるタイトルってなんかこう、おおごとっぽくていいよね(笑)”みたいに言われて。“まあそう思うよな”と思ったんですけど(笑)。でもすごい気に入ってるタイトルです」
――『大天国』っていうのは生きている人間の想像であって、だからこそ付けられるっていう感じがすごくします。
「今、このゴールがどこにあるかわからないですけど、死んだら天国か地獄かって言っていて、天国に行けたらいい。それがゴールなんだとしたら、天国を知らないですけど、その天国よりも今の方が大天国なんじゃないかな?って思うことが、今生きてることに対しての張り合いだし、愛おしさみたいなものだなと思うんです」
――塩入さんのソロの新たなフェーズかなと思いますね。
「新しくはあると思いますね。やってみたかったことをこう何年か越しでやれたので。すごい“健康的だな”と思える一枚ですね。そんなことが叶うっていうのがすごいありがたいことなんですけど、ただやりたいと思ったことをやりたい人と一緒に具現化するっていうのはソロ活動の根底にずっとあったんですけど、それを今回、規模感を広げて、よりいろんな音楽性を取り入れてやれたっていうことが新しいなあと思います」
――そしてこのバンド形態でのライブがあります。もうすぐですね。
「そうなんです。ぜひぜひ遊びにいらしてください」
(おわり)
取材・文/石角友香
RELEASE INFORMATION
LIVE INFORMATION
SOLO BAND TOUR『大天国』
2023年2月4日(土) 東京:東京キネマ倶楽部
時間:OPEN 17:30 / START 18:00
2023年2月9日(木) 愛知:名古屋CLUB QUATTRO
時間:OPEN 18:30 / START 19:00
2023年2月10日(金) 兵庫:クラブ月世界
時間:OPEN 18:30 / START 19:00
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