──『戀愛大全』を聴かせていただいて、家の中にいただけだった今年の夏でしたが、夏休みの思い出ができたような気持ちになりました。
「ああ、うれしいです」
──今作のコンセプトは“架空の短編映画のサントラ”だそうですね。このコンセプトでアルバムを作ろうと思った理由を教えてください。
「ここ最近のドレスコーズのアルバムは割と生々しいものであったような感覚があって。今回はそういうものではなく、もう少しロマンチックなものが作りたかったんでしょうね、たぶん」
──そう思ったのはどうしてだと思いますか?
「うーん…そういうものを望んでいるんじゃないんですかね」
──ご自身が?
「はい。うまく説明できないんですけど…自分がなのか、周囲もすべてそうなのかはわからないですけど、なぜか去年とはちょっと違ったモードに入ったような気がして。それでこういうものを作り始めました」
──“ロマンチックなものを欲していた”とおっしゃっていましたが、作ってみて、ご自身の気持ちに変化はありましたか?
「なんかね、本来作ろうとしていたものはもうちょっと強いものだったんです。底抜けに明るいとか、自信に満ち溢れているとか。でも作っていくうちにそういうものではなくて、いろいろな感情が入った、もうちょっと繊細なものになっていった感じがあって。でもまだ出来上がったところなので、自分の中では客観視できていなくて。このあとツアーを回ったり、皆さんの反応を読んだり聞いたりしていくなかで、自分の中で腑に落ちていくんだろうなと思います」
──“架空の短編映画のサントラ”というコンセプトのもとでアルバムを作っていくというのは、普段の曲作りとは違いますか?
「いや、なんだかんだいつもと同じでしたね。僕も今年の夏はスタジオにこもってどこにも出かけずこのアルバムを作っていて。だからこのアルバムで描かれているのは空想の夏なんです。僕ね、すごく視力が悪いんです。ド近眼で。なのに5〜6年前まではずっと裸眼で過ごしていたので、記憶がすべてぼんやりしているんですよ。人の顔とか、景色とか、自分の重要な場面が。だから自分の都合のいいようにイメージを補完する必要があって。だから実際はそうでもなかったかもしれないけど、自分の中ではとてもロマンチックになっているというエピソードがたくさんあるんです。そういうものをさらに膨らませたり、編集したりして、その場面にBGMをつけたり、その時の感情を言語化していくのが、僕の作詞作曲です。そういう意味では“架空の短編映画のサントラ”というのは今回に限ったことではないのかもしれないですけど…例えば今回は曲ごとに登場人物がいて、10通りの夏のストーリーが並んだなと、あとから思います」
──志磨さんはこれまで映画の音楽監督や舞台の劇伴なども多く手掛けてきていらっしゃいますが、そういう経験は今作に反映されていますか?
「あぁ、どうかな。今回は、ラブソングやポップスというはっきりしたフォーマットがある作り方をしたので、抽象的でないんですよね。はっきりと、歌が主人公。そういう意味では、劇伴とかとは割と真逆かもしれないです」
──まさにポップス然とした楽曲が並んでいる印象を受けました。ポップス、ラブソングといったはっきりしたフォーマットのある作り方をしたのはどうしてですか?
「ずいぶん戻ってきたとはいえ、まだ以前のようにライブを活発にはできていないのが今の状況ですよね。だからバンドマンとしての真っ当な活動みたいなものをすごく恋しく思っていたんです。ポップなシングルを出して、それをライブで演奏して、共演のバンドがいて、みたいな。世の中がぼんやりしているから、気を抜くとぼんやり生きてしまいそうになるし、ぼんやりしたものばかり作ってしまいそうになる。そういう中で、“ご職業は?”と聞かれたら“バンドマンです”とはっきり答えられるような活動をする、そのためにもはっきりしたものを作る、というのが今の自分にとっては健康的なことだなと」
──収録曲の中で、アルバムのとっかかりになったような曲はありますか?
「「エロイーズ」ですかね。去年、CM用に新曲を作ることになって、まだ撮影されたばかりのCM映像が送られてきたんです。それが、女の子がワンワン泣いている映像で。“あら、かわいそう。何があったんでしょう?”と想像して、勝手なストーリーをでっちあげて、30秒だけの曲を作って。そのCMが完成してオンエアされ、エゴサなんかしてみると“ドレスコーズの新曲がいい感じだ”という意見が多くて。“そうでしょそうでしょ”と思って、30秒以外の他の部分も作って完成させたのが「エロイーズ」。そのときに、今、自分はこういうものが作りたいんだなと思った。だからその第2弾として「聖者」を作って。曲調は違うけれど、同じような手応えがあって。“ああ、こういうのがいいな”と思ったんですよ。“ストーリー性のあるラブソングがたくさん入っているアルバムがいいな。現実のことなんて忘れちゃうような、そういうロマンチックなものができたらいいなぁ。みんなも喜ぶだろうなぁ”って」
──アルバムを聴いていると、1曲ずつが短編映画として完結していながら、全体としても1つの作品になっている印象も受けました。志磨さんは全体像としてはどう捉えていますか?
「夏をテーマにしたオムニバスにしたいなと思っていたんです。燦々と太陽が照りつけているような情景を描いた曲って、自分の過去のレパートリーにはあんまりないなと思って。そういうもので素晴らしいものっていっぱいあるじゃないですか。The Beach Boysとかサザンオールスターズとか。まぁ夏に夏の曲を作ったので、発売されるのは秋なんですけど(笑)。曲順も、夏の盛りからだんだん翳っていって、ちょっと秋に差し掛かるみたいな時系列になるようにしたつもりです」
──実際、夏っぽい曲をたくさん作ってみてことで、気づきや発見はありましたか?
「あー、面白いご質問ですね。自分しかわからないところですけど、自分の中での“夏らしい曲”というものがあるんだなと思いました。“このコードの響きは夏っぽいな”とか“このコード進行は夏っぽく聞こえるんだな”って」
──夏っぽい作品を作るにあたって、先ほど挙げられたThe Beach Boysやサザンオールスターズなど、夏っぽい曲は参考にしましたか?
「参考にしたかはわかりませんが…ちっちゃい頃の、自分が音楽をやるなんてかけらも思ってない頃のヒットソングとか、幼少期に親がカーステレオで流してくれていた曲とか、そういう曲の記憶が、たぶんこのアルバムを作る上ではすごく影響しています」
──それはどうしてなのでしょうか?
「最初に“どこにも行かなかった夏”とおっしゃいましたけど、なぜか夏にはお祭りだったり海水浴だったり花火大会だったり、ドラマチックな行事がたくさんありますよね。それが最近はどこにも行けないもので、自分のイメージや記憶の中の夏を探しているうちに、幼少期に聴いていたような音楽も一緒に思い出されたんじゃないかなと思います」
──面白いですね。
──具体的に、今回のアルバム制作時に想起していた音楽とはどういうものですか?
「親が車でよく聴いていて覚えているのは、サザンオールスターズの『バラッド』。白地に筆で“バラッド”って縦書きしてあるカセットテープがいつも車に乗っていて、よく聴いていました。「夏をあきらめて」とか大好きなんですよ。あとは、自分で買ったマーシー(真島昌利)のソロアルバム『夏のぬけがら』。中学生の頃にもう解散していたTHE BLUE HEARTSを好きになって。調べていると“どうやらマーシーのソロアルバムがあるらしい”というのを知って、必死に探してようやく『夏のぬけがら』を手に入れたんです。THE BLUE HEARTSでマーシーが歌う曲って、あのハスキーなガラガラ声でがなりながら歌う荒々しい曲が多かったので、“このアルバムもきっと荒々しい曲がいっぱい入ってるんだろうな”と期待して聴いた僕は、1曲目の「夏が来て僕等」っていう曲でずっこけちゃったんですよ。とてもゆったりとした曲で、しかも歌声もすごく優しくて。それが一枚まるごと続くから、中学2年生くらいの僕は“えー!意味わかんない!”と思いながらも、わかるまで何回も聴いたんです。そうやって聴いているうちにいつのまにか、夏が来るたびに聴く大好きなアルバムになって。今回は、僕もそういうアルバムを作りたいなと思いました。毎年夏になると聴きたくなるアルバム。だから10月に出ますが“来年の夏に聴けばええやろ”って思っています(笑)」
──10月に出ることで、余計に夏を切なく思い出される感じもありますよね。
「そうなるといいんですけど」
──今作は『戀愛大全』というタイトルからもわかる通り、全曲ラブソングです。先ほど、はっきりしたフォーマットの上で曲を描きたかったというお話もありましたが、その中でも、全曲ラブソングなのはどうしてだったのでしょうか?
「恋愛って、別にしなくてもいいじゃないですか。そういう、しなくてもいいことだったら何でもよかったんです。今って、しないといけないことがすごく多いから。今に始まったことではないのかもしれないですけど。恋愛って“うつつを抜かす”とか“かまける”なんて言われ方をするくらいで、仕事や生活、社会情勢とかそういうもののほうがもっと大事だとされている。しかも今はコロナ禍で、僕らはもう3年くらい、いろんなことを我慢して遊ばず、かまけず、うつつを抜かさず、最低限の喜びだけで生活をしている。そんな状況が慎ましくて良いなぁとも思いますけど、せめて歌ぐらいは慎ましくないものを作りたくなって。だからそういう、悪いもの、余計なものの賛歌が作りたかったんです。“悪いもの賛歌”みたいな」
──なるほど。ちなみに、志磨さんはご自身でラブソングを作るのは得意だと思いますか?
「うーん…どうだろう…」
──私含めて、志磨さんのラブソングが好きだという人は多いですよね。
「だったらうれしいですね。得意かどうかはわからないけど、自分で“いいな”と思える、気に入っているラブソングはいっぱいあるし、20代のときに作ったラブソングでもう二度と書けないような、“すごい!悔しい!”と思うものもありますし」
──ご自身のラブソングの中で特に“すごい!”と思うご自身の過去の曲はありますか?
「言うのも悔しいんですけど(笑)、毛皮のマリーズの『Gloomy』というアルバムに入っている「平和」という曲。タイトルからすごいですよね。この曲の中に<世界は今日も 悪くなってるの?>というフレーズがあって。恋愛を突き詰めると、世界が悪くなっていくことすら悲しいんですよ。これは“すごい!”と思いました。
──今作に入っている曲も、ほかのアーティストの方からしたら、“すごい!悔しい!”と思うんでしょうね。
「そういう、まだ誰も思いつかなかったフレーズをいくつ書けるか、ですからね。珍しいテーマを扱うんだったら別ですけど、ラブソングなんて古今東西、掃いて捨てるほどあって、もう大喜利みたいなものじゃないですか。ラブソング大喜利。だから“好き”じゃダメなんです。“好き”をどう言い換えるかが腕の見せ所だと思っています」
──そんな素晴らしいラブソングが10曲収録された『戀愛大全』を携えて、11月にはワンマンツアー「the dresscodes TOUR2022 戀愛遊行」が行われます。どのようなツアーになりそうですか?
「いつもそうですけど、今回のアルバムのテーマやムードに合う曲を、過去のレパートリーから選んでまぜこぜでやります。そうそう、それを選んでる時に「平和」を見つけたんです。“やらんとこ”と思いましたけど(笑)。でも昔のラブソングもやろうと思っているので、楽しみですね」
(おわり)
取材・文/小林千絵
写真/野﨑 慧嗣
RELEASE INFORMATION
ドレスコーズ『戀愛大全』
2022年10月19日(水)発売
通常盤(CD+Blu-ray)/KIZC-699~700/3,850円(税込)
EVIL LINE RECORDS
LIVE INFORMATION
the dresscodes TOUR2022 『戀愛遊行』
2022年11月11日(金) 北海道 札幌cube garden
2022年11月13日(日) 宮城 SENDAI CLUB JUNK BOX
2022年11月23日(水・祝) 岡山 YEBISU YA PRO
2022年11月24日(木) 福岡 BEAT STATION
2022年11月26日(土) 愛知 名古屋CLUB QUATTRO
2022年11月27日(日) 大阪 千日前ユニバース
2022年11月30日(水) 神奈川 CLUB CITTA’
L’ULTIMO BACIO Anno 22:12月21日のドレスコーズ
2022年12月21日(水) 東京 恵比寿 The Garden Hall
ドレスコーズ × U-NEXT
『12月24日のドレスコーズ』
2016年に行われた 『12月24日のドレスコーズ』 恵比寿The Garden Hall公演。
『12月23日のドレスコーズ』
2018年に恵比寿ガーデンホールにて行われた単独公演「12月23日のドレスコーズ」。
『どろぼう ~dresscodes plays the dresscodes~』
2018年6月16日STUDIO COASTにて開催の『dresscodes plays the dresscodes』最終公演。
『SWEET HAPPENING 〜the dresscodes 2015 “Don’t Trust Ryohei Shima”JAPAN TOUR〜』
"Don't trust Ryohei Shima"JAPAN TOURより、Zepp DiverCityでのファイナル公演。
『ルーディエスタ/アンチクライスタ the dresscodes A.K.A. LIVE!』
"THE END OF THE WORLD PARTY TOUR"ファイナル公演。
『公民(the dresscodes 2017 “meme”TOUR FINAL 新木場STUDIO COAST)』
the dresscodes 2017 “meme”TOUR より、STUDIO COASTにて開催のファイナル公演。
『“Don't Trust Ryohei Shima” TOUR 〈完全版〉』
「Tour 2015 "Don't Trust Ryohei Shima"」より、2015年1月25日に行われた最終公演。
『R.I.P. TOUR FINAL 横浜 Bay Hall 公演』
2016年3月19日に行われた「R.I.P. TOUR FINAL 横浜 Bay Hall 公演」
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