「ジャズの巨人」と言われるミュージシャンは単に人気があるだけではなく、一種の「存在感」が無ければいけません。ステージに登場しただけで場が引き締まるようなカリスマ性ですね。いまやそうしたジャズマンは数えるほどしかおりません。その一人が現在も第一線で活躍しているハービー・ハンコックです。

彼は1960年代にマイルス・デイヴィス・クインテットのサイドマンとして名を上げると同時に、自らブルーノート・レーベルに発表するリーダー作で“60年代新主流派”の第一人者としてジャズ・シーンを切り拓いて行きました。

最初にご紹介するのは、マイルス・バンド参加前にブルーノート・レーベルに吹き込んだ初リーダー作『テイキン・オフ』です。ハンコックはこのアルバムに収録された《ウォーターメロン・マン》の大ヒットで、一躍ジャズ界に躍り出ました。それにしても、幼少期にはクラシック音楽で名を上げた人間がこんなにファンキーな演奏ができるとは驚きです。ハンコックの多才さが最初に発揮されたアルバムです。

そしてマイルス・バンドに参加してから、いわゆる“新主流派”と呼ばれるような名演群をブルーノート・レーベルを舞台として発表して行きます。その先駆けとも言うべき『エンフィリアン・アイルズ』は、トランペッターにフレディ・ハバードを迎えたクインテットで、まさにマイルス・バンドのブルーノート版ですね。

そして68年に録音した『スピーク・ライク・ア・チャイルド』(ブルーノート)は、ハンコックの作・編曲者としての実力が良くわかる傑作です。マイルスの懐刀と言われた名アレンジャー、ギル・エヴァンスに触発された深みのあるサウンドは、ハンコックの新たな出発点となりました。

その後マイルス・バンドから独立しワーナー・ブラザースに移籍したハンコックが、1972年に録音した『クロッシング』は、複雑なリズムが渦巻く中をハンコックのエレクトリック・キーボードが縦横に駆け巡る次世代ジャズを予見させるアルバムでした。そして70年代クロスオーヴァー / フュージョン時代を牽引するアルバムをいくつも世に問い、まさに時代の寵児となったのです。

そうした中、来日時に録音した名盤が『ダイレクト・ステップ』(コロンビア)です。このアルバムは、ハンコックの幅広い音楽性がエレクトリック・サウンドという新時代のツールによって見事花開いた傑作で、冒頭に収録した名曲《バタフライ》は現在第一線で活躍する女性ヴォーカリスト、グレッチェン・パーラトによって採り挙げられていますね。

ハンコックにとっては珍しいピアノ・トリオ作品が『ハービー・ハンコック・トリオ’81』(コロンビア)で、81年の来日時にロン・カーター、トニー・ウィリアムスといった昔のマイルス・グループの仲間たちと吹き込まれました。彼のオーソドックスなピアニストとしての魅力が溢れた演奏です。

ハンコックの音楽的展開はその後も続きます。幼少期のクラシック体験に始まり、ジャズ界に入って最初のヒットであるブラック・ミュージック的世界、そしてギル・エヴァンスに触発された「サウンド」の時代を経て、70年代から80年代にかけてはエレクトリック・サウンドのみならず、ビル・ラズウェルらに触発されたヒップホップへの接近など、その音楽体験は実に多岐に渡っています。

そのハンコックが1998年にアメリカが誇る偉大な作曲家、ジョージ・ガーシュウィンをテーマにした『ガーシュウィン・ワールド』(Verve)を録音しました。この作品は20世紀における彼の活動の総決算とも言える、実にチャーミングなアルバムです。《セントルイス・ブルース》を歌うのは、なんとブラック・ミュージックのもう一方の巨人、スティーヴィー・ワンダーです。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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