ジャズ入門者も年季の入ったマニアも、「さあ、何を聴こうかな」と思ったとき、心の中で求めているのは「その日の気分」に合った音楽なのではないでしょうか。で、さまざまなタイプのジャズの「聴いた感じ」を頭の中で思い巡らし、「今日はこれを聴こう」とアルバムをチョイスしているのですね。
『一生モノのジャズ名盤500』は、こうした音楽ファンの実際の聴取体験に添ってアルバム・セレクションを行いました。つまり、みなさんのさまざまな気分に一番ピッタリ合うジャズを、タイプ別に選り分けてあるのです。
シリーズ第1回の「新・これがジャズだ!」は、なにか新しいプロジェクトなどを立ち上げる時など、思わず気合が入るような勢いのある演奏でしたね。それに対し、今回の「ジャズに浸ろう」は、身も心もジャズの気分にどっぷりと浸かりたいときにオススメのアイテムたちです。
デューク・ジョーダン『フライト・トゥ・ジョーダン』(Blue Note)は、これをかければ自室がジャズ喫茶になったかのような気分が味わえる、極め付きハードバップ名盤。聴きどころは黒さの極み、スタンリー・タレンタインのテナーといぶし銀のような渋めのトランペット、ディジー・リースの絡みが醸し出す、黒人ジャズならではのディープな味わいです。もちろんリーダー、ジョーダンのピアノも哀感タップリ。
ハンク・モブレイの『ワークアウト』(Blue Note)も、60年代ジャズ喫茶の濃密な空間を21世紀に現出させる好盤で、聴きどころはリーダー、モブレイより、むしろサイドのギター、グラント・グリーンかもしれません。シンプルで硬質なグリーンのギター・サウンドは聴き手の気分をいやがうえにも盛り上げます。
そして、私が個人的に「ジャズ」という音楽の気分を代表していると思うジャズマンが、ジャッキー・マクリーンです。彼は、ジャズが「個性を楽しむ音楽」であることを心底実感させてくれるジャズマンです。ちょっとつんのめったような切迫感のあるリズムの乗り方や、一度特徴を掴んでしまえば3管編成の一員でも、「あ、マクリーンが入っている」と気がつく独自のアルトサウンドは、ハマると病みつきになります。まさにジャズの気分ですね。
『スイング・スワング・スインギン』(Blue Note)は、マクリーンがワンホーンで気持ちよく吹きまくる快演。プレスティッジ時代に比べ、アルトの音色が力強くなったのも聴きどころです。
ハードバップと言えば黒人という常識を覆すのがテナーのJ.R.モンテローズです。『メッセージ』(Jaro)は、かつては幻の名盤と言われ、オリジナル、アナログ盤には十数万円もの値札がつけられていました。そして「幻の名盤」にありがちな希少価値だけでなく、正真正銘の名盤であることも嬉しい。
知名度こそ低いけれど、『ジョン・ジェンキンス』(Blue Note)の演奏からはジャズのエッセンスとも言うべき心地よい躍動感が伝わってきます。サイドのケニー・バレルの好演も見逃せません。ドラムスのロイ・へインズの『アウト・オブ・ジ・アフタヌーン』(Impulse)は、サイドのテナー、ローランド・カークがいい。特に哀感のこもった《イフ・アイ・シュド・ルーズ・ユー》は名演。
そしてミルト・ジャクソンとジョン・コルトレーンの共演盤『バグス・アンド・トレーン』(Atlantic)は、珍しくコルトレーンがしみじみとした味わいを出しています。これはリーダー、ミルト・ジャクソンの功績でしょう。
文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)
USEN音楽配信サービス 「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」
東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるのスピーカーから流れる音をそのままに、店主でありジャズ評論家としても著名な後藤雅洋自身が選ぶ硬派なジャズをお届けしているUSENの音楽配信サービス「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」。毎夜22:00~24:00のコーナー「ジャズ喫茶いーぐるのジャズ入門」は、ビギナーからマニアまでが楽しめるテーマ設定でジャズの魅力をお届けしている。