今回は現在でも第一線で活躍しているピアニスト兼コンポーザー、バンド・リーダー、ハービー・ハンコックの名演を時代を追ってご紹介いたします。ピアニストには、ピアノ・トリオ作品が多いビル・エヴァンスのようなタイプと、ホーン奏者を入れ自らはバンド・リーダーとして振舞うミュージシャンに別れる。ハンコックはデビュー・アルバム『テイキン・オフ』(Blue Note)から、フレディ・ハバード、デクスター・ゴードンといった大物ホーン奏者をフロントに据え、自らのオリジナル《ウォーターメロン・マン》で大ヒットを放った。

その後、マイルス・バンドのサイドマンを務めつつ、ブルーノートに多くのリーダー作を録音するが、フレディ・ハバードをフロントに据えた64年の『エンピリアン・アイルズ』(Blue Note)辺りから60年代ジャズの一翼を担った新主流派的スタイルを身に付けるようになる。そして翌65年、ブルーノート新主流派の代表作とも言われた『処女航海』を発表、この作品はマイルス・バンドのサイドマンたちで固められ、60年代の新人たちが新たなサウンドに挑戦する様が記録されている。

そしてジャズシーンが大きく動き出した68年、フリューゲルホーン、アルトフルート、トロンボーンという斬新な楽器編成によるオーケストラルな音の響きを重視した作品、『スピーク・ライク・ア・チャイルド』(Blue Note)を発表、多彩な才能の一角を露にする。

ところが70年代に入ると、エレクトリック・ピアノを駆使しリズムを前面に押し出した画期的アルバム『クロッシング』(Warner Bros.)でオーソドックスなスタイルから大きく変身、ファンをアッと言わせた。この方向は後の大ヒット作『ヘッド・ハンターズ』(Columbia)へと受け継がれることになるが、継続的にハンコックの新譜を聴いてきたファンにとっては、『クロッシング』が大きなターニングポイントとして印象付けられている。

そうかと思うと、始めて挑戦したソロピアノ作品『ザ・ピアノ』(Columbia)では、極めて正統的なジャズピアニストとしての顔を見せ、いったいこの人の本音はどこにあるのだろうという疑問を持つファンもいた。私の考えでは、ハンコックは幼児期の経歴からみても、ごくオーソドックスな音楽的教養を土台としたジャズ・ミュージシャンで、60年代のサウンドの響きを重視したスタイルは、クラシック音楽のハーモニー感覚に繋がるものだ。そしてリズミックな要素やファンク的感覚は、彼がストリートから学んだものだろう。

こうした幅広い音楽的バックグラウンドから生まれた傑作が70年代後半の諸作で、日本で録音された『ダイレクト・ステップ』(Columbia)にしろ、未発表テープにあとからシンセサイザーをダビングした『ミスター・ハンズ』(Columbia)にしろ、当時大流行したフュージョンとは一味違う深い音楽性が感じられる。

そして81年にファンの要望に応えるようにして出された2度目のアコースティック・トリオ・アルバム『ハービー・ハンコック・トリオ・ウイズ・ロン・カーター・トニー・ウイリアムス』(Columbia)では、かつてのマイルス・バンドの盟友たちと再会セッションを行い、相変わらずエレクトリックとアコースティックの双方で才能を発揮した。

その後も多くの作品を発表しているが、中でも97年録音の、同じくマイルス・バンドでの仲間ウエイン・ショーターとのデュオ・アルバム『1+1』(Verve)は、単なる大物同士の顔合わせ作品に終わらない質の高いものだ。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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