「新主流派」、なんだか政治家集団の名前みたいだけど、レッキとしたジャズ用語。アメリカのジャズ評論家が、1960年代に頭角を現し始めた新人ミュージシャンたちに付けた「モダン・メインストリーム」という名称の訳語なのだ。でその実態はどんなものかというと、「マイルス・バンドのサイドマンたちが、マイルス抜きでブルーノートに吹き込んだ演奏」という、ちょっとふざけた定義がけっこう当てはまっちゃうのが面白い。1960年代マイルス・バンドのサイドマンというと、今やジャズ・シーンのトップに君臨するハービー・ハンコック、ウエイン・ショーター、そして惜しくも亡くなってしまった天才ドラマー、トニー・ウイリアムスといった面々が思い浮かぶけれど、まさに彼らがこの「新主流派」の中心人物なのだ。
そして実際この連中の60年代ブルーノート作品で、典型的な新主流派サウンドを聴くことが出来る。まず1曲目のハービー・ハンコック『処女航海』(65年録音)は、それこそマイルス抜きのマイルス・バンドで、フレディー・ハバードをマイルスの代役に見立て、かつてのマイルス、サイドマン、ジョージ・コールマンがテナー奏者として参加している。そしてハンコック以下のリズム・セクションは、正真正銘、当時の現役マイルス・サイドマン。
聴いていただきたいのは彼らのハーモニーの新しさである。音の響きが明るく、開放的なのだ。ハードバップやファンキー・ジャズの黒々としたイメージは払拭され、ジャケット写真のヨット・クルージングそのままのオープン・エアー感覚。冒頭のタイトル曲の醸し出す斬新な気分が、新主流派サウンドのひとつの代表例といって良いだろう。
だがここに行くまではそれなりの過程があったわけで、10曲目から12曲目に収録されたウエイン・ショーターの『ナイト・ドリーマー』(64年録音)では、トランペットのリー・モーガンのソロなどにまだ50年代ハード・バップの残り香が聴こえてくる。それでもこのアルバムが狙っている気分は明らかに50年代のジャズとは違っている。そしてそれを担っているのがショーターのユニークなフレージングなのだ。
トニー・ウイリアムスは一番若いだけに過激な方向へも触手を伸ばしていた。やはり一時期マイルス・バンドに在籍したテナー・サックス奏者サム・リヴァースと共演したアルバム『スプリング』(13曲目)では、かなり実験的な演奏も行っているが、ここではメロディアスな曲「ラヴ・ソング」をご紹介しておこう。
新主流派はもちろんマイルス・バンドのメンバーばかりではない。とりわけヴァイヴ奏者ボビー・ハッチャーソンのクールなヴァイブの響きは、新主流派サウンドのもう一つ典型例といって良い。16曲目、アルバム『ハプニングス』に収録された「処女航海」にはハンコックも参加しており、ハンコックのアルバムと甲乙付けがたい名演である。
また公式アルバムでは共演していないが、マイルス周辺の人材の一人に上げられるテナーマン、ジョー・ヘンダーソンも新主流派の重要人物の一人である。そして今でも彼ら新主流派のスタイルは、若手ミュージシャンの手本となっている。
文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)
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