ところでジャズ喫茶の選曲って、どういう風にやっているのかご存知ですか。もちろん店によってそれぞれの趣向を凝らしているだろうが、基本は今まで2回にわたってご紹介してきたハードバップなのだ。ただジャズ喫茶に来るようなお客様は、マイルスの『リラクシン』だとか、ブルーノートの名盤などはまず間違いなくお持ちになっているので、なかなかそういう定番ものはかけづらい。
そこで登場するのが、「ジャズ喫茶のハードバップ」なのである。フォーマットは一応ハードバップなのだけど、あまり知られていないミュージシャンや、ヨーロッパ盤などが中心だ。まあ、一種のスノビズム(気取り)かもしれないが、フツーのジャズ雑誌情報などでは知ることが出来ないものをご紹介しようという、ジャズ喫茶のレゾンデートル(存在意義)を賭けたセレクションである。このあたりを知っていれば、マニア仲間でも一目置かれること間違いなし。
まず、ベニー・ベイリーというトランペッターを知っている人は相当のマニア。この人はアメリカ黒人なのだけどヨーロッパに移住してしまったので、アルバムの入手が難しい。こういうミュージシャンのアルバムがジャズ喫茶のねらい目なのです。内容は、いわゆる"ハードバップ・リヴァイバル"である。"ハードバップ・リヴァイバル"というのは、1970年代、ジャズがフュージョン化したとき、その反動としてベテラン・ミュージシャンたちのオーソドックスな演奏が見直され、多くのレコーディングがなされた現象を言う。
そしてその動きはヨーロッパが中心だったので、どうしてもヨーロッパ盤が目立つのである。哀愁を帯びたエキゾチックなメロディはハードバップ名盤にはかなり多いのだけど、ベイリーのようにヨーロッパ在住暦が長いと、エキゾチシズムに独特のヨーロッパ・フレイヴァーが重なって、アメリカ・ジャズにはない味を出している。そんなわけで廃盤価格はけっこうなお値段が付いています。そしてまたマニアックなのは、アナログB面が目玉というところ。
チャーリー・ラウズはモンクのサイドマンとしての知名度はあるけれど、正直この人を目当てというファンは少数派だろう。それはモンクのアルバムでは、どうしたってリーダーの色の方が強烈ですよね。だが、この人も単純ハードバップをやらせるとなかなかのものなのです。地味だけど、彼のテナー・サックには、黒砂糖をタップリ使った花林糖のような下世話なコクがある。これもまたハードバップ・リヴァイバルの隠れ名盤。
サヒブ・シハブもヨーロッパ移住組で、これは本当の幻の名盤。当店もオリジナルは入手できず、「ブラック・ライオン」から再発されたものしか持っていない。聴き所はまだ10代のペデルセンが、今とはまったく違ったオーソドックスながら迫力満点のウオーキング・ベースを披露しているところ。本当はジャズ喫茶の大音量で聴いてほしい。絶対ベース・サウンドにびっくりするから。
文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)
USEN音楽配信サービス 「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」
東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるのスピーカーから流れる音をそのままに、店主でありジャズ評論家としても著名な後藤雅洋自身が選ぶ硬派なジャズをお届けしているUSENの音楽配信サービス「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」。毎夜22:00~24:00のコーナー「ジャズ喫茶いーぐるのジャズ入門」は、ビギナーからマニアまでが楽しめるテーマ設定でジャズの魅力をお届けしている。