マーキュリー・レコードは、1945年に黒人芸能のブッキング・エージェント、バール・アダムスを社長とする、3名の共同事業として設立された。残りの二人は、グラフィック・デザイナーにレコードのプレス工場主である。設立されたばかりのマーキュリーは、ミッチ・ミラーのプロデュースによるフランキー・レイン、パティ・ペイジらのポピュラー音楽部門でのヒットによって経営基盤を固め、1950年ジャズ専門レーベル、エマーシーを発足させた。
エマーシーのプロデューサーはボブ・シャットで、Mercury Record CorporationのイニシアルM.R.C.を発音通りに綴ったのがレーベル名EmArcyの由来である。親会社のマーキュリーもジャズを録音しており、共に予算を贅沢に使った丁寧なアルバム作りを特徴としている。
クリフォード・ブラウン・マックス・ローチの双頭コンボと契約したのは、ボブ・シャット最大の手柄だろう。彼らの名演とされるものはほとんどエマーシーに記録されている。『アット・ベイズン・ストリート』(EmArcy)は、テナー・サックス奏者がハロルド・ランドからソニー・ロリンズに代わっており、若干荒削りながら躍動感に満ちた演奏が聴き所。
一方、親会社のマーキュリーも、当時は色眼鏡で見られていたローランド・カークの貴重なレコーディングを行っており、そのお陰でわれわれは彼のアルバムを楽しむことが出来る。『ウイ・フリー・キング』(Mercury)は、初めてカークに接するファンでも彼のよさがわかる、オーソドックスな傑作。
また、マーキュリーの別レーベルにはライムライトがある。映画音楽で有名なラロ・シフリンが書いた、新大陸(アメリカのこと)をテーマにした作品をガレスピーのオーケストラが演奏した、『ザ・ニュー・コンチネント』(Limelight)は、ガレスピーの落ち着いた面が出た作品。じっくり聴くと、丁寧に作ったアルバムということがわかる。
エマーシーにはウエスト・コースト・ジャズの大物、ジェリー・マリガンの作品がたくさんあるが、セクステットによる『プレゼンティング』(EmArcy)は、マリガンのバリトンとボブ・ブルックマイヤーのトロンボーンが低音を支えた4管の厚みが圧倒的。オスカー・ピーターソンは有り余るテクニックで「弾き過ぎ」てしまうことがあるが、控えめなピーターソンが聴きたければ、『カナダ組曲』(Limelight)がお奨めだ。
マイルス・コンボがシカゴにツアーをおこなった際、サイドマンたちが吹き込んだのが、『キャノンボール・アダレイ・クインテット・イン・シカゴ』(Mercury)。キャノンボールとコルトレーンがワザの限りを尽くした名演である。エリック・ドルフィーはじめ、バンドメンバーだけでいくつもコンボが出来てしまう豪華なアルバムが、チャールス・ミンガスの『プリ・バード』(Mercury)で、レコーディングに予算をかけられるマーキュリーならではの作品と言えよう。
ズート・シムス、アル・コーンの白人テナーコンビは、ドライブ感のあるスインギーな演奏で親しまれている。『ユー・エン・ミー』(Mercury)は、彼らの特徴であるマイルドな音色が心地よい。ハーブ・ゲラーはあまり知られていないが、白人ウエスト・コースト・アルトとしてはなかなかの力量の持ち主だ。『ハーブ・ゲラー・プレイズ』(EmArcy)は彼の代表作。彼の演奏をひとことで言えば、「陰りのないアート・ペッパー」。
バックにクリフォード・ブラウンが付いた『ヘレン・メリル』(EmArcy)は、名唱《ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ》で知られた彼女の代表作。後にフリージャズ的な演奏で知られるようになったポール・ブレイも、エマーシーに吹き込んだ『ポール・ブレイ』では、ごくオーソドックスな演奏をしているところが興味深い。
文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)
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