いい歌でありさえすれば必ずヒットする。
これが歌の本来あるべき姿です。しかし、現実は強力なタイアップが付いていなければ売れない時代です。いかがなものか?と思います。この風潮に私はあえてアンチテーゼを投げかけたい。いい歌は売れるべきだし、たくさんの人たちに聴いてもらいたい。そんな“音楽愛”が私のポリシーです。

こんないい歌、聴かなきゃ損! 究極の〈家族愛の歌〉

今回は西つよしさんの「ただ、会いたい~母へ~」を紹介します。

西つよしさんの「ただ、会いたい~母へ~」は2010年12月8日にリリースされました。そして私が初めてこの歌を聴いたのはおそらくリリースあたりのことだったと思います。いつもながら、その月に発売される新譜CDを100枚ほどチェックしながら聴いていると、瞬時にハートを鷲づかみにされてしまったのです。「何だ、この歌は?」とそのリアリティーに共感を覚えてしまったのです。

「よし!この歌を推そう!」そう思って、当時夕刊フジに連載していたコラムに評論を書くことにしたのです。自分が聴いて「いい」と思った曲はコラムに書き、自分が担当しているラジオ、テレビ番組で紹介するのが私の仕事です。そして、夕刊フジに書いたのが「53歳男の泣ける家族愛ソング」というコラムです。2011年2月3日の「夕刊フジ」でした。

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時代は今“家族愛の歌”を必要としている。なぜならば、親が子を傷つけ、子が親に刃を向けたりするような凄惨な出来事が続き、家族の崩壊が始まっているからだ。だからこそ逆に、“家族の絆”の大切さが再認識され、“家族の絆”をテーマにした“家族愛の歌”が共感を呼んでいるのである。

その証拠に“家族愛の歌”が連続してヒットしている。秋川雅史「千の風になって」は先祖を敬う“供養歌”、すぎもとまさと「吾亦紅」は亡き母に捧げる“鎮魂歌”、樋口了一「手紙~親愛なる子供たちへ~」は老いた親が子に贈る“遺言歌”、植村花菜「トイレの神様」は亡き祖母の“形見歌”と言っていい。これらの歌は“家族の絆”のあるべき姿を考えさせてくれるきっかけとなっている。そして究極の“家族愛の歌”がリリースされた。西つよしの「ただ、会いたい~母へ~」である。現代版「瞼の母」と言っていい。この歌は運命的に生まれた。作詞家・にしかずみはある日、新聞の読者の投稿記事に衝撃を受けた。生後2ヵ月の時に東京・上野公園のベンチに置き去りにされた男性の、64歳になってもなお母を待ち続けているという心情に感銘を受けて「ただ、会いたい~母へ~」を書いたのだ。

その詞を受け取った作曲家・西つよしは「こういう方もいらっしゃるのだ」と感動しながら曲をつけたと言う。

「わりとさらさらと書けました。というのは、この詞を読んだときに、これは自分で歌うようになるんじゃないかな、とばく然と感じていたので、自分の原点であるフォーク調で自然に書けたからです」

西は長山洋子の「じょんから女節」、門倉有希の「哀愁エリア」などのヒット曲で知られる現役の演歌系作曲家だが、若かりし頃はフォーク・シンガー志望だったのだ。案の定、曲はできあがったが、歌ってくれる歌手が見つからなかった。そこで3年ほど前から自分のライブで歌い始めたところ、思わぬ反応が出始めたのだ。

「歌うたびにハンカチを手に泣く人が増えたんです。ライブの度にひょっとしたらこれはと実感するようになりました」

そんな評判がいつしか噂となり、それが日本クラウンのプロデューサーの耳に届き、53歳にしてシンガー・ソングライターとしてデビューという奇跡を起こしたのである。

読者の実体験が作詞家を突き動かして一編の詞を書かせ、さらにその一編の詞が作曲家を感動させて曲を作らせ、そして歌力が聴き手のハートを鷲づかみにしたのだ。時代が「ただ、会いたい~母へ~」を生み出したに違いない。

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12年前に書いたコラムですが、そのときに書いた思いは今も変わっていないどころか、ますます強くなっています。

〈Age Free Music 富澤一誠のこんないい歌、聴かなきゃ損!〉という企画を立ち上げたのは、その思いが高じてといっても過言ではありません。

「こんないい歌、聴かなきゃ損!」は、まさに「ただ、会いたい~母へ~」のためにあるのです。

文/富澤一誠

radio encore「富澤一誠のこんないい歌、聴かなきゃ損!」 第8回 西つよしさん

「こんないい歌、聴かなきゃ損!(音声版)」第8回目のゲストには「ただ、会いたい~母へ~」を歌う西つよしさんをお迎えしてお送りします。富澤一誠さんが西つよしさんの歌手として、そして作曲家としてプロフィールに迫ります。こちらもぜひお楽しみください。

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富澤一誠

1951年、長野県須坂市生まれ。70年、東大文Ⅲ入学。71年、在学中に音楽雑誌への投稿を機に音楽評論家として活動開始し、Jポップ専門の評論家として50年のキャリアを持つ。レコード大賞審査員、同アルバム賞委員長、同常任実行委員、日本作詩大賞審査委員長を歴任し、現在尚美学園大学副学長及び尚美ミュージックカレッジ専門学校客員教授なども務めている。また「わかり易いキャッチコピーを駆使して音楽を語る音楽評論家」としてラジオ・パーソナリティー、テレビ・コメンテーターとしても活躍中。現在FM NACK5〈Age Free Music!〉(毎週木曜日24時から25時オンエア)、InterFM〈富澤一誠のAge Free Music~大人の音楽〉(毎月最終水曜日25時から26時オンエア)パーソナリティー。また「松山千春・さすらいの青春」「さだまさし・終りなき夢」「俺の井上陽水」「フォーク名曲事典300曲」「『こころの旅』を歌いながら」「私の青春四小節~音楽を熱く語る!」など著書多数。

俺が言う!by富澤一誠

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