いい歌でありさえすれば必ずヒットする。
これが歌の本来あるべき姿です。しかし、現実は強力なタイアップが付いていなければ売れない時代です。いかがなものか?と思います。この風潮に私はあえてアンチテーゼを投げかけたい。いい歌は売れるべきだし、たくさんの人たちに聴いてもらいたい。そんな“音楽愛”が私のポリシーです。
こんないい歌、聴かなきゃ損!
今回は三浦和人さんの「ラストワルツ―最期に贈る言葉―」を紹介します。
「ラストワルツ」の日本語詞を書かれたのは芥川賞作家の新井満さんです。新井満さんは2021年12月3日に残念ながら「千の風」になってしまわれましたが、その新井さんが自分が死んだらこの曲で送って欲しいと奥様に託されたのが実は「ラストワルツ」です。
人生最期の時を迎えたとき、最愛の人にどんな言葉を贈るのか?ひとり、またひとりと大切な人が逝ってしまう昨今はことさら考えざるをえないようです。「ラストワルツ―最期に贈る言葉―」は最愛の人へ贈る「人生最期のラブレター」です。「君に 逢えて 良かった」。これ以上の言葉はありません。
「ラストワルツ」は最愛の人へ贈る「人生最期のラブレター」です!
実は「ラストワルツ」には伏線があるのです。2019年5月15日に三浦さんは「きのう きょう あす」というシングル盤をリリースしています。この曲を歌うということは彼にとって大きなチャレンジでした。なぜか?
シンガーソングライターの三浦さんが他人の曲を歌うということはチャレンジ以外の何物でもありません。国民的作家・五木寛之さんが作詞をし、「千の風になって」の作者であり芥川賞作家でもある新井満さんが作曲をした「きのう きょう あす」は素晴らしい楽曲です。しかし、いい曲、イコール、いい歌ではありません。いい曲はそれにふさわしい歌い手に歌われて初めて「いい歌」になってたくさんの人たちに浸透するのです。その意味では、誰が歌うのかがポイントです。プロ、アマを問わずの中から「あなたしかいない」と選ばれたのが三浦和人さんです。
第4コーナーをまわって直線コースに入って初めて自分なりの「人生のゴール」が見えます。そのとき、ほっとするとともにもうひと息頑張ろうと自分自身を鼓舞します。「きのう きょう あす」はそんな自分自身に対する“エール・ソング(人生の応援歌)”と言っていいでしょう。だからこそ、「自分にありがとう」というフレーズがしみるのです。包容力あふれる三浦さんの豊かな歌唱が曲に命を吹き込んだようです。三浦さんのチャレンジが結実したのです。まさに〈人生満開!自分に「ありがとう」〉です。
「きのう きょう あす」はリリース後は順調に浸透していきました。五木寛之さん、新井満さん、三浦和人さんの出席のもと3人そろっての記者会見も予定していましたが、突然のコロナ禍ということもありプロモーションができなくなってしまいました。なんとかしなければとは思うものの現実的にはプロモーションらしきことは何ひとつできませんでした。悔しいかぎりです。新井満さんから預かった大切な曲を生かすことができないのはプロデューサーとして断腸の思いでした。それは三浦さんも同じでした。まだあきらめていない、もっと頑張ろうという想いは常に一緒でした。そんな矢先に新井さんの訃報に触れました。まだ何もできていないのに、という悔しさが湧いてきました。
そして、しばらく経った頃、新井さんの奥様・紀子さんより「寒中お見舞い」が届きました。
〈新井満は家族に囲まれて2021年12月3日(金)千の風になりました。自分が死ぬときにかけてほしいと準備していた曲がありました。日本語詞を書き歌唱している歌「ラストワルツ」です。さいごに贈る言葉はひとつ~君に 逢えて 良かった~〉
そして「ラストワルツ」1曲入りのCDが入っていました。
そのとき、私には「あの時」と同じような新井さんの声が聴こえました。
あの時は新井満さんに直接言われました。
「『きのう きょう あす』、この曲を誰か歌ってくれないかな。一誠さんに任せるから…」
そして私が三浦さんに頼んだというわけです。今回は「一誠さん、また頼むね」という新井さんの声が私には聴こえたということです。この曲を歌えるのは三浦和人さん、君しかいない。そんな結論を出すのは必然だったと思います。
〈radio encore〉ぜひ聴いてください。三浦さんと私が「ラストワルツ」の真髄にせまります。
文/富澤一誠
radio encore「Age Free Music 富澤一誠のこんないい歌、聴かなきゃ損! 第5回 三浦和人さん
「こんないい歌、聴かなきゃ損!(音声版)」第5回目のゲストには「ラストワルツー最後に贈る言葉-」を歌う三浦和人さんをお迎えしてお送りします。三浦和人さんが歌手人生を送ってきた中で大事にしてきた思い、そして今だからこそ歌いたい歌などについて存分に語っていただきました。ウン十年のお付き合いがあるお二人のトークは軽妙ながらもここでしか聴けない内容が満載です。こちらもぜひお楽しみください。
富澤一誠
1951年、長野県須坂市生まれ。70年、東大文Ⅲ入学。71年、在学中に音楽雑誌への投稿を機に音楽評論家として活動開始し、Jポップ専門の評論家として50年のキャリアを持つ。レコード大賞審査員、同アルバム賞委員長、同常任実行委員、日本作詩大賞審査委員長を歴任し、現在尚美学園大学副学長及び尚美ミュージックカレッジ専門学校客員教授なども務めている。また「わかり易いキャッチコピーを駆使して音楽を語る音楽評論家」としてラジオ・パーソナリティー、テレビ・コメンテーターとしても活躍中。現在FM NACK5〈Age Free Music!〉(毎週木曜日24時から25時オンエア)、InterFM〈富澤一誠のAge Free Music~大人の音楽〉(毎月最終水曜日25時から26時オンエア)パーソナリティー。また「松山千春・さすらいの青春」「さだまさし・終りなき夢」「俺の井上陽水」「フォーク名曲事典300曲」「『こころの旅』を歌いながら」「私の青春四小節~音楽を熱く語る!」など著書多数。
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