いい歌でありさえすれば必ずヒットする。
これが歌の本来あるべき姿です。しかし、現実は強力なタイアップが付いていなければ売れない時代です。いかがなものか?と思います。この風潮に私はあえてアンチテーゼを投げかけたい。いい歌は売れるべきだし、たくさんの人たちに聴いてもらいたい。そんな“音楽愛”が私のポリシーです。

こんないい歌、聴かなきゃ損!

 いい歌を見つけて紹介するのが私の仕事です。「こんないい歌、聴かなきゃ損!」第3回目は中村ブンさんの「かあさんの下駄」を紹介します。

 私はカラオケによく行きますが、長い間お世話になっている東京上野にあるカラオケ・スナックで私が『かあさんの下駄』を歌ったところ、スナックのママがぼろぼろと涙を流しながらこう言いました。

 「私はこの商売を40年以上やっているけど、お客さんの歌で泣いたのはあなたが初めてよ」

 歌ったのは中村ブンさん本人ではなく私です。にもかかわらず、なぜママは号泣したのでしょうか? なぜなら、歌の内容が素晴らしくて“すごい歌”だからだ、と私は思います。

実話ならではのリアリティーが胸を打つ!

 実はこの歌、初めてリリースされたのは43年前の19791128日のことですが、そのときは売れませんでした。バブルに向かう世の中にあって、このての貧乏おしん物語はお呼びではなかったからです。しかしながら、私はこの歌を中村さんのコンサートで聴いて瞬時にしてハートを奪われてしまったのです。そのときの模様を当時こんなふうに書いています。(7972日付)。

〈『かあさんの下駄』の内容は貧乏をして男物の下駄しかはくことのできない母を、小学6年生の男の子が見ていて母さんに新しい下駄をなんとか買ってあげたいと、弁当代にともらう中から毎日5円ずつためて、母さんに下駄を買ってあげるという親孝行もの。ただし、この歌の良さは単なる親孝行ものではなく、そこにサビがきいているところだ。息子が下駄を包んだ包みを渡したら、母は怖い顔をして、お前これどうしたの? まさか盗んできたのではないのか? 母さんはいくら貧乏してても、人様の物に手をかけるような子にお前を育てた覚えはない、と問い質す。そして、それを受けて、息子が毎日弁当代の中から5円ずつためていたんだと言う。このあたりのフレーズは実に泣かせるし、じーんと感動がこみあげてくる。『かあさんの下駄』は中村の実体験が下じきになっているだけに、事実の持つ迫力がある。シングルにして賭ける価値はある。日本人に良心があるかぎり、この歌は世代を超えてきっと売れるはずだ。〉

 手前ミソですが、私のこの文章がきっかけとなって当時シングル化が決まっただけに2008511日に29年ぶりの再発売は私にとって他人事ではない喜びでした。ではなぜ29年も経って再発売されることになったのかというと、まずは中村さん自身がライブやコンサートでずっと歌い続けてきたこと。そして当時の時代背景を抜きには考えられません。映画「Always 三丁目の夕日」が話題を呼んで昭和の良き時代が注目されましたが、その本質は親子のあるべき姿、特にお母さんの存在というものがたくさんの共感を得たからです。日本人の根底ともいうべき“あらまほしき母親像”をたくさんの人たちが求めていたからこそ、“お母さんの歌”が必要とされたのです。その意味では『かあさんの下駄』の再発売は時代の必然だったのです。

時代が必要としている歌!

 早いもので再発売から既に14年が経ってしまいましたが、時代が今まで以上に強く『かあさんの下駄』を必要としています。東日本大震災以降、自然と故郷志向となり、時代は“家族愛の歌”を必要としているからです。さらにロシアのウクライナ侵攻がその流れを助長しています。

中村ブンさんの『かあさんの下駄』。こんなにいい歌、売れない方がおかしいよ! 私はこの歌が売れるまで応援するつもりです。

文/富澤一誠

radio encore「Age Free Music 富澤一誠のこんないい歌、聴かなきゃ損! 第3回 中村ブンさん」

「こんないい歌、聴かなきゃ損!(音声版)」第3回目のゲストには「かあさんの下駄」を歌う中村ブンさんをお迎えしてお送りします。中村ブンさんの俳優時代のエピソードや、これまでに経験されてきた強運のエピソードなど今回取り上げている楽曲「かあさんの下駄」のこと以外でも、思わず耳を傾けたくなるお話をたくさんいただいています。こちらもぜひお楽しみください。

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富澤一誠

1951年、長野県須坂市生まれ。70年、東大文Ⅲ入学。71年、在学中に音楽雑誌への投稿を機に音楽評論家として活動開始し、Jポップ専門の評論家として50年のキャリアを持つ。レコード大賞審査員、同アルバム賞委員長、同常任実行委員、日本作詩大賞審査委員長を歴任し、現在尚美学園大学副学長及び尚美ミュージックカレッジ専門学校客員教授なども務めている。また「わかり易いキャッチコピーを駆使して音楽を語る音楽評論家」としてラジオ・パーソナリティー、テレビ・コメンテーターとしても活躍中。現在FM NACK5〈Age Free Music!〉(毎週木曜日24時から25時オンエア)、InterFM〈富澤一誠のAge Free Music~大人の音楽〉(毎月最終木曜日25時から26時オンエア)パーソナリティー。また「松山千春・さすらいの青春」「さだまさし・終りなき夢」「俺の井上陽水」「フォーク名曲事典300曲」「『こころの旅』を歌いながら」「私の青春四小節~音楽を熱く語る!」など著書多数。

俺が言う!by富澤一誠

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