いい歌でありさえすれば必ずヒットする。
これが歌の本来あるべき姿です。しかし、現実は強力なタイアップが付いていなければ売れない時代です。いかがなものか?と思います。この風潮に私はあえてアンチテーゼを投げかけたい。いい歌は売れるべきだし、たくさんの人たちに聴いてもらいたい。そんな“音楽愛”が私のポリシーです。
こんないい歌、聴かなきゃ損!
いい歌を見つけて紹介するのが私の仕事です。「こんないい歌、聴かなきゃ損!」第2回目はさくまひできさんの「どこで暮らしていても」を紹介します。有線放送やラジオから流れると「あの曲は何?」と必ず問い合わせのある歌があります。さくまひできさんの「どこで暮らしていても」もそんな中の1曲です。
故郷に住む母想い作った「どこで暮らしていても」
詞が心にしみます。〈『聞こえないからもう切るよ』 受話器からおふくろの声〉は身につまされます。故郷に住む高齢の母に電話をかけても、「聞こえないよ 何?」「はあ?何だか聞こえないからもう切るよ」と一方的に電話が切れてしまう経験が誰にもあるからです。
耳が遠くなったとはいえ、子としては一抹の淋しさを禁じえません。しかしながら、本音を言えば、淋しいけれどそれだけでもう満足なのです。おふくろの声を聞いていると、思わずおふくろと一緒に過ごした幼い日々のことが蘇ってくるから不思議なものです。
メールやインターネットなどの技術が進化した時代の中、都会暮らしを続けながらも、電話を通して“声”で故郷の肉親と家族の絆を確かめ合う情景は、リスナーそれぞれに故郷を、家族を思い出させます。そして、人間として最も大切なことを再認識させるのです。
〈どこで暮らしていても 心の故郷はいつも母〉というサビのフレーズが、一度聞いただけで心の中でリフレインし続けるのはここに家族愛の原点があるということでしょう。
実はこの歌は私の実話なのです。故郷・信州に93歳で亡くなったおふくろが住んでいました。そんな母親のことを思い出しながら詩を書いたのです。岸田敏志さんに、唱歌の『故郷』をイメージするような曲をつけて下さいとお願いしました。歌は叙情的で哀愁のあるシンガーはいないものかと捜した結果、さくまひできさんに、編曲はギターの巨匠・石川鷹彦さんに、心にしみる感じで、とそれぞれ依頼しました。
この歌は私の故郷、長野県須坂市文化会館メセナホールで〈フォーエバーヤング〉イベント・キャンペーン・ソングに採用されました。〈フォーエバーヤング~歌とトーク満載のフォークコンサート〉は2006年に第1回目が行われました。きっかけはメセナホールから私の所に「地元出身の富澤さんに、地域活性化のために、何か元気が出るイベントをプロデュースしてもらえませんか」というオファーがきたことでした。そして始まったのが〈フォーエバーヤング〉で、第1回は杉田二郎、因幡晃、永井龍雲。第2回が庄野真代、細坪基佳、三浦和人。第3回がイルカ、山本潤子、鈴木康博。回を重ねるごとに観客動員が増え続け、第4回は新井満、ビリー・バンバン、トワ・エ・モワでしたが、このとき遂に満席となりました。人口5万人余りの街で1124席が埋まるということは快挙でした。第5回は尾崎亜美、ばんばひろふみ、ブレッド&バター。そして2011年、第6回はスペシャル・イベントで集大成ということもあって、今までに出演していただいた方の代表として杉田二郎、トワ・エ・モワ、ビリー・バンバン、ばんばひろふみ、細坪基佳、永井龍雲に出演していただきました。
6回目を迎えた〈フォーエバーヤング〉は今では地域に密着していて既にこの季節の風物詩となっているのか、出演者と客席が一体化しており、とてもアットホームな雰囲気で、まさに良質な大人のエンタテインメントと言っていいでしょう。そんなアットホームな場所だからこそ、サプライズ・コーナーがあたたかく迎えられたのです。プロデューサーの私はお客さんに話しかけました。
「私から皆さんにサプライズ・プレゼントがあります。〈フォーエバーヤング〉のためにテーマソングを作りました。故郷・信州は須坂市をイメージした歌です。その歌を歌って下さっている、さくまひできさんを紹介します」
そう言って、さくまさんを紹介すると割れんばかりの拍手が湧き起こりました。
大きな舞台で緊張気味のさくまさんが歌い終えた瞬間、大きな拍手と声援が沸き起こりました。杉田さん、ばんばさんなどのキャリア・アーティストのあたたかいステージがあったからこそ、若手アーティストのさくまさんのステージが光ったのでしょう。「やって良かった」。プロデューサーとして私は満足感にひたることができました。「来年もやって下さい」。そんな声援に逆に元気をもらえたコンサートでした。持つべきものは素晴らしいアーティストたちと故郷のあたたかい声援です。
そして〈フォーエバーヤング〉は今年6月19日で15周年を迎えることができました。出演は杉田二郎、泉谷しげる、堀内孝雄、紙ふうせん、渡辺真知子のキャリア・アーティストたち。もちろんオープニング・テーマ「どこで暮らしていても」を歌うのはさくまひできさん。今回は15周年ということもあり、特別に「15th Anniversary Special まだやれる!」とサブキャッチをつけさせていただきました。これからは1年ずつ積み重ねていき、その結果20周年を迎えられたらと願っています。私は現在71歳、どこまでやれるかわかりませんが、来年メセナホールでお会いしましょう。
そして、さくまひできさんと共に「どこで暮らしていても」を一緒に歌いましょう。
文/富澤一誠
radio encore「Age Free Music 富澤一誠のこんないい歌、聴かなきゃ損! 第2回 さくまひできさん」
「こんないい歌、聴かなきゃ損!(音声版)」第2回目のゲストには「どこで暮らしていても」を歌うさくまひできさんをお迎えしてお送りします。富澤一誠さんとさくまひできさんは浅からぬ関係ということもあり、お互いの普段のやり取りの様子なども含めお話が尽きませんでした。そして今回取り上げている楽曲「どこで暮らしていても」についても存分に語っていただいています。こちらもぜひお楽しみください。
富澤一誠
1951年、長野県須坂市生まれ。70年、東大文Ⅲ入学。71年、在学中に音楽雑誌への投稿を機に音楽評論家として活動開始し、Jポップ専門の評論家として50年のキャリアを持つ。レコード大賞審査員、同アルバム賞委員長、同常任実行委員、日本作詩大賞審査委員長を歴任し、現在尚美学園大学副学長及び尚美ミュージックカレッジ専門学校客員教授なども務めている。また「わかり易いキャッチコピーを駆使して音楽を語る音楽評論家」としてラジオ・パーソナリティー、テレビ・コメンテーターとしても活躍中。現在FM NACK5〈Age Free Music!〉(毎週木曜日24時から25時オンエア)、InterFM〈富澤一誠のAge Free Music~大人の音楽〉(毎月最終木曜日25時から26時オンエア)パーソナリティー。また「松山千春・さすらいの青春」「さだまさし・終りなき夢」「俺の井上陽水」「フォーク名曲事典300曲」「『こころの旅』を歌いながら」「私の青春四小節~音楽を熱く語る!」など著書多数。