──2021年は1月から3か月連続で配信リリースをするなど精力的にソロ活動を展開していた松尾さん。当時は「自分のルーツを辿った前作『うたうたい』を経て、今年は新しいものを打ち出し、それらを融合した活動をしていきたい」と話されていました。その想いが形になったのが今作『ものがたり』だと想像するのですが、まずはアルバムが完成したことに対する率直な感想を教えてください。

「実は配信リリースをしていた時点で、今年中にはアルバムを作りたいと思って動いてはいたんです。それが完成してみて思うのは、そうやって2021年最初に言っていたことをちょっとは有言実行できたかなって。それこそ、今をときめくアーティストの方がたくさん楽曲を提供してくださったので、これだけでも自分にとってはすごく大きな財産になり得る作品になったかなって思います」

──コンセプトを決めて制作されていたんですか?

「ストーリー調のアルバムを作りたいなと思っていました。最近のアルバムやシングルってアートワークにこだわっていたり、CDだけじゃなくてフォトブックや小説を付けるなど、作品全体で世界観を表したものもあるじゃないですか。そんな風に、1曲1曲にしっかりと意味があって、コンセプトに沿った作品を作るのが夢だったんです。そういう自分の想いをスタッフさんとも共有して、密にコミュニケーションを取りながら進めていたので、こういう形で実現できたのが素直にうれしいです」

──今作には本当にいろいろな方が参加されていますが、人選はどのように行ったんですか?

「これまでと同じで、ディレクターさんをはじめとするスタッフさんたちと相談するところから始まりました。それに加え、僕自身もこういう楽曲がいいなと思う部分もあったので、そこに関してはそれこそ“松尾太陽”として活動し始めた初期の頃からずっとお世話になっている山口寛雄さんにお願いしたり。あとは、さかいゆうさん!さかいさんは本当に昔から聴かせていただいていて、僕は日本のブラックミュージック史はさかいさんなしでは語れないと思ってるんです。なので、今回アルバムに関わっていただけるなんて、本当にありがたいなって思いました」

──さかいさんには何かリクエストしたことがあるんですか?

「僕のほうからの要望というよりは、逆にさかいさんからの曲を聴いた時に、何か大きな課題をいただいたように感じました。さかいさんが書いてくださった「マンションA棟」って、リズム感はもちろん、世界観もすごく独特なので、それをしっかり自分のものにするには結構苦労するだろうなっていう予感がして。実は一番最初の段階では、歌詞もさかいさんが書いてくださっていたんですね。それも相まって“さかいさん節”というか、曲調もボサノバテイストが入っていて、一つ一つのワードもすごく甘くて、聴いているだけで気持ちがほどけていくような楽曲だったんです」

──アルバムに収録されている形とはまったく違う。

「そうなんです。最初にいただいたものからアレンジが変わって、それに伴い歌詞もフレンズのおかもとえみさんにお願いして……って感じで、「マンションA棟」に関しては、今の形になるまでの間に実は3~4回くらい変貌を遂げていて。僕も最初の段階で歌唱プランを組み立てようとしていたんですけど、アレンジも歌詞も変わったところでまったく違う世界観になっていたので、一度積み上げたものを全部バーンって壊して」

──それは大変でしたね。

「いや、そんなことなくて、1回壊したところからまた積み上げていく作業はすごく楽しかったです」

──松尾さんの歌との向き合い方には、楽曲の世界観との調和はもちろん、メロディに合わせた言葉の区切り方であったり、新しい歌唱に挑戦したりと、毎回緻密かつ真摯な姿勢で取り組んでいる印象があります。「マンションA棟」の他にも今作で試してみたい歌い方とかチャレンジしたい曲調など、あらかじめイメージしていたことはあるんですか?

「今回のアルバムは、その楽曲独自の色を付けて歌ったのはそれこそ「マンションA棟」くらいで、他の楽曲は自分そのもので歌っている感じですね。なぜ「マンションA棟」にキャラクターを付けたかというと、そこはやっぱり女性目線の歌詞だったのが一番大きくて。あと、何通りにも捉えられるようなワードがちりばめられていたので、含みを持たせつつ、主人公の女性の感情の起伏を僕の歌い方によって連想させたかったという気持ちもありました」

──他の楽曲はそのままの自分で歌ったことにはどういった理由があるんですか?

「それは僕の個人的な裏テーマみたいなものなんですけど、今回はタイトルが『ものがたり』っていうこともあって、僕の歌はストーリーテラーみたいな立ち位置だなと思ったんですよね。前作の『うたうたい』は歌が中心でしたけど、今回は僕自身で歌うことに意味があるのかなって。それに、見てわかるかもしれないですけど、こういう服装とかもソロデビューや3か月連続配信リリースの時と比べると結構ラフなものになっていて」

──確かにナチュラルな感じですね。

「そうなんです。衣装って感じじゃないんですよね。これも実は今回の自分の歌からヒントを得たっていうのがあります。だから、あんまり作り上げない……いや、制作としては作り上げているんですけど、歌に関しては自分自身でいいやって思ったんです」

──そうだったんですね。その“ものがたり”という意味では、1曲1曲の歌詞もまたストーリー性に富んでますよね。なかでも松尾さんが気に入っているもの、印象に残っている世界観はどの曲になりますか?

「「デジャヴの夜」ですね。これは新しい世界観だったなって思います」

──個人的に「マンションA棟」から「デジャヴの夜」への流れ、すごくいいなと思います。

「わかります。僕の中では「マンションA棟」は夕方から夜にかけてのイメージで、「デジャヴの夜」になった時は夜9時くらい。で、「体温」に続くっていう。「体温」は僕の中で完全に深夜のイメージなんですよね」

──その3曲はアルバムの中でも5~7曲目っていう、ちょうど真ん中に位置するもので、小説で言ったら物語が展開していくパートになりますよね。と、話を反らせてしまってすみませんでした(苦笑)。「デジャヴの夜」についてもう少し詳しく聞かせてください。

「はい(笑)。「デジャヴの夜」は楽曲の世界観はもちろんなんですけど、僕、ラップをやってみたかったんですよ。そう思いつつ、でもやっぱり自信がないなっていうのがあって、なかなか踏み込めていなかった部分でもあって。それが今回、こうして楽曲提供していただくことで挑戦できたというか」

──ラップをやってないことはないのでは?

「グループ活動のほうではあるんですけど。でも、それはキャラクターを付けてやっとできている感じなので。自分自身としてやるのは恥ずかしくてできないんです(笑)。ライブでも、いつも思っているのが、自分は自分じゃないと思ってステージに立つっていう。自分だと思うと恥ずかしくて何もできなくなるから、何か一つフィルターを付けないとダメなタイプなんですよね。ただ、そのフィルターを付ける作業を松尾太陽のほうではそんなにしたくなくて。となった時、ラップはちょっと難しいなって。でも、今回「デジャヴの夜」という曲をいただけたことで挑戦することができてよかったです。そういう意味でも印象に残っています」

──レコーディングした感想はいかがでしたか?

「この曲ではオートチューンをかけているので、普通に歌うと思ったように音の下降ができないっていうのがありました。なので、いつもはあまりやらない歌い方をしたりして。オートチューンをかけた時にちょうどよく聴こえる歌い方っていうのを、この曲では学びましたね」

──また、今作の最後に収録されている「起承転々」の印象も教えてください。この曲で歌われる前向きなメッセージは、取材の時に松尾さんが話してくれる前向きさと通じるものがあるような気がしたのですが。

「今回のアルバムの曲って共感できるものが多いんですけど、なかでも「起承転々」は、今までの自分が歩んできた道のりとか、これから見据えている未来とか、いろんな意味で自分らしいなと思いました。タイトルも“起承転結”じゃなくて“起承転々”になっているのが、つまずいたり転んだり、立ち止まったりをしている状態をそのまま表している感じもしますし。でも、つまずいたり転んだりしても全然大丈夫。自分の物語は自分で作り出していくものなんだよっていう、僕が伝えたいことが詰まっている曲だなって思いました」

──本当にそう思います。


「あと、自分とリンクする部分があったのが「Time Machine」ですね。この曲を提供してくださったのがTHREE1989さんなんですけど、歌詞の内容はボーカルのShoheyさんの実体験だそうなんです。学生の頃からアーティストになりたい夢を持っていたけど、将来に対する不安があったり。そんな学生時代の自分、15歳の自分に、今の自分が声を掛けている歌詞なんですが、僕も音楽をやりたいと思ったのがちょうど15歳の時だったんですよね。時折、今の光景を過去の自分が見たら、どんな風に思うのかなって考えることもありますし。その時の自分に近い感じがしました」

──15歳の松尾さんが今の松尾さんを見た時、何て言うと思いますか?

「たぶん何も言わない気がします。状況が理解できないと思う(笑)。こんな風になっているなんて、予想もしてなかったことなので。でも、もし自分が過去に行って、過去の自分に語りかけることができたとしても、こんな風になってるよとは言わないかなぁ」

──それはどうしてですか?

「ん~……何か、急転直下でいろいろ決まっていく状況を新鮮に楽しんでもらいたい(笑)。だから、細かいところは言わずに、この先楽しいことが待ってるよっていうぐらいで帰ってきます(笑)」

──その楽しいことの一つに、今回の『ものがたり』も入ってますね。こうして完成した1枚、まずはどんな風に聴いてもらいたいですか?

「今ってサブスクとかで単曲で聴けたり、好きなように曲順を並べ替えたりできるじゃないですか。でも、僕がおすすめする『ものがたり』のプレイリストは、これ。曲順もこだわっていて、僕のなかでは1曲目の「Magic」から最後の「起承転々」まで、丸1日かけて物語が進んでいるイメージなんです。だから、まずはこの状態で1回聴いてもらって、決まった流れで聴く良さを改めて感じてほしいなって思います。その後は自由に組み合わせてもらっていいので(笑)」

──今作リリース後は東京、名古屋、大阪を回るツアーも予定されています。ソロとして初のツアーになりますが、どんなステージにしたいですか?

「初めてのツアーということで『ものがたり』を引っ提げてという感じではあるんですけど、実はまだ前作『うたうたい』の楽曲もみなさんの前で披露できていなくて。だから正直、『うたうたい』も僕の中ではまだ消化不良な部分もあるんです」

──『うたうたい』にもいい曲がたくさんあるから、ぜひ直接届けたいですよね。

「そうなんです。ステージで歌うことで育てていきたい曲もありますし……。そうした思いもあって、どんなセットリストになるかはまだ悩み中です。でも、出し惜しみせずにどんどん出していくような内容にしたいですね。ここからがまたスタートだと思って、いい一歩を踏み出せるようなツアーにしたいなと思っています」

(おわり)

取材・文/片貝久美子
写真/柴田ひろあき

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松尾太陽『ものがたり』

2021年9月8日(水)発売
ZXRC-2080/3,080円(税込)
SDR

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