「よろしくお願いしまーす !!」

――こちらこそ!といったところなんですが、目の前の風景に少し戸惑っていまして……

「ははは!僕の前に鉄アレイが6個並んでいるという状況ですからね。スタッフの方が番組のために面白いことを考えてくださいまして」

――ではまず、その面白い番組「木村徹二の鉄人オンマイロード」の初回収録を終えられての感想から伺えますか?

「いや、もう面白くなる予感しかないと言いますか、スタッフの皆さんが筋肉に絡めていろいろユニークな企画を組んでくださったので、僕自身はすでに面白いと思わせていただいているんですが、それをさらに聴いてくださる方々に楽しんでいただけるようにしていかなければと思っています」

――収録の様子を見学させていただきましたが、「自分は何を見せられているんだろう?」という心境になるシーンもあって……いや、素直に面白かったと言っておきましょう(笑)。

「無理もないですね。たぶん誰もが初めて目にする光景だったでしょうから。ラジオと筋トレと演歌歌手という組み合わせですから(笑)」

――「これはないだろう」と思う食べ合わせに敢えて挑むような?

「そうしたら結果的に美味しかった!という(笑)」

――徹二さんとスタッフの素晴らしい発想力が窺えましたが、その発想の元になったのは徹二さんの趣味が筋トレであるということ。鉄人化はいつ頃始まったものですか?

「高校時代ですね。僕はバスケットボール部だったんですけど、僕がやっていたセンターというポジションの選手って平均的に背が高いんですよ。僕は183センチあるんですけど、それでも大会に出る選手の中では地元でいちばん背が低くて、高さでは勝てないんです。なので強さで勝つしかないので筋トレを始めたんですね。そこが鉄人化のスタートでした」

――徹二さんのプロデュースや楽曲の作詞作曲を手掛けている兄の竜蔵さんはスリムな印象の方ですが、徹二さんも元は似たような体型だったんでしょうか?

「そうでしたね。でも、兄が言うには、僕は骨格がでかいので筋肉を付けやすい身体をしていたようです。大学でも部活ではないんですけどバスケットを続けましたけど、確かに筋トレのおかげで190センチとか2メートル超えの選手にも当たり負けしなかったですね」

――大学在学中に竜蔵さんから兄弟ユニットの竜徹日記として活動しないかという誘いを受けたことで、徹二さんは歌の道に進みましたが、それ以前には歌手になろうと思ったことはなかった?

「ありませんね。兄は17歳の時にソロでデビューして、14歳だった僕はその様子を近くで見ていたわけですけど、それがあまりにも華々しく感じられて、こういうことは自分にはできないって思ってました」

――先ほど「木村徹二の鉄人オンマイロード」の中で、徹二さんは、お父さんの鳥羽一郎さんに子供の頃から、将来は歌手になれと言われていたと話されていましたが、その言葉は残っていませんでした?

「残っていたとしても1パーセント以下です。何を言ってるんだろう?どうして僕なんだろう?って思う気持ちが強くて。しかも、“歌手になれ”ではなくて“演歌歌手になれ”だったので、なおさら意図がわからなくて」

――子供の頃にお父さんの前で演歌を歌っていた記憶はありますか?

「ないです。たぶんデビューするまで1回もないですね」

――鳥羽さんは「徹二は演歌のコブシを持っている」とおっしゃっていましたが。

「その話は僕も知ってるんですけど、なぜそう言うのかがいまだにわからなくて。もともととても感性の鋭い人なので、日常的に僕と接する中で耳にしたものが、そう思わせたんじゃないかと考えてるんですけど。後援会の方々が開く父の誕生日を祝う会がありまして、そこである時“お前も何か歌えよ”と言われたので、演歌ではありませんけど、父の代表曲である「カサブランカ・グッバイ」を歌ったことがあって、それ以来“演歌歌手になれ”って言われることが多くなったので、何か感じるものがあったんでしょうね」

――ということは、演歌歌手になることを勧められたのは一度や二度ではなかったんですね?

「いや、もう何百回となく(笑)。一緒にご飯を食べてる時にボソッと“お前も演歌を歌えばいいのに……”なんてしょっちゅう言われてましたね」

――とても熱心にスカウトされていたんですね?

「いま考えると本当にすごいスカウトだったと思いますね。僕はそれをことごとく拒んでいたわけですけど、演歌歌手に限って言えば、やはり父の存在が大き過ぎましたし、叔父の山川 豊の存在もあって、僕が肩を並べられるわけがないと思ってましたから。父はいちばん近い所にいながらいちばん遠い存在のように感じていました」

――スターになる人というのは総じて運や縁に恵まれていると思いますが、自身にはその気がなかったのに、お父さんに勧められ、お兄さんに誘われて歌手になった徹二さんもまた、そういう一人のように感じます。

「スターになれるかどうかは別として、歌手になったことに関しては僕自身、父や兄のおかげだということはめちゃくちゃ自覚しています。もう、この道に進むことは、僕が拒んでも避けられなかった宿命のようなものだったとも思いますし。大学在学中にレコード会社の方からデビューしないかというお誘いを受けたことがあったんですけど僕はお断りしたんです、自分にそれだけの力があるとは思えなかったので。そして本来はそこで歌の世界との縁は切れているはずなのに、このタイミングで自ら強く願ったわけではなかったにも関わらずデビューの機会に恵まれたことで、これはもうなるべくしてなっていることなんだろうなというのは強く感じています」

――そうしたデビューの背景には、竜蔵さんによる壮大な計画がありました。

「それも大きいですね。仮に大学の時にデビューしていたとすると、自信はないし、今ほどしゃべることもできませんでしたから、アピールも上手くいかなくて結構厳しい展開になっていたんじゃないかと思うんです。それが竜徹日記として活動するうちにトークも少しずつできるようになり、兄は兄で作家として演歌・歌謡曲を作れるようになって、自分が考えるやり方で弟である僕をデビューさせることが可能になって、いろいろなことがきれいに結び付いた結果が現在ですから」

――竜蔵さんがステージに導き、そこで経験を重ねたことで歌やトークが向上し、プロデューサーである竜蔵さんが今だ!という時が訪れた。だからこそデビューしたその年にレコード大賞新人賞受賞という成果にもつながったと思います。

「本当におかげさまで……僕自身も頑張ったつもりですけど、それよりも兄や父の存在、まわりのスタッフの方々の協力というものが大きくて、それに引っ張られてたどり着いた結果だったと思います」

――デビュー曲であり、昨年の第65回「日本レコード大賞」新人賞受賞曲でもある「二代目」は注目度、話題性ともに高く、そしてまたそれに劣らぬ評価を得ました。快調なスタートを切っただけに正直なところ、2作目が大変だぞ!と思っていたんですが「みだれ咲き」を聴いてその心配は吹き飛びました。

「ありがとうございます」

――これまでにいろいろな歌手の方が、演歌が幅広い層の支持を得るためには「演歌はかっこいい」と思われることが必要だと言っていますが、「かっこいい演歌」の実現は簡単ではなかったと思います。しかし「みだれ咲き」を聴いて素直にかっこいい!と思いました。

「嬉しいですねえ……父が演歌歌手ですから、兄も僕も子供の時から演歌を聴いてきましたし、父の職業のことを考えれば、まさに演歌に育てられたと言ってもいいと思うんです。それだけに近年勢いが衰えたと言われることも多い演歌に恩返しをしたいという気持ちが強くて、それをベースに活動しているんですけど、かっこいい演歌、時代遅れと思われない演歌を作るにはどうすればいいのか考えた中で、新しさを感じさせるけれど、みんなが知っている演歌らしさも失くしていないという、非常に難しい課題に取り組むことになりました。しかし「みだれ咲き」では歌詞にしても曲にしても、その課題を最高レベルでクリアできるものが出来たんじゃないかという実感を持ってます。そして、それだけのものを生かすも殺すかも歌い手である僕に懸かってくるわけですから、相当に気合が入ってます」

――デビュー2作目にして、この名曲を与えられたことは素晴らしい幸運ですが、その名曲を埋もれさせてはいけないという大きな使命を負わされたことにもなります。

「そのとおりです。そして僕が成すべきことはわかっているつもりですし、そのために1回1回の機会を最大限に活かして作品の魅力を伝えられるように努力するのみです」

――徹二の徹の字のとおり、徹するということですね。

「もちろん「二代目」でも徹したつもりですけど、今回はさらに集中力を高めていかなければと思っています」

――演歌・歌謡曲のシーンも、近年は特に若手男性歌手の活躍や台頭によって元気を取り戻しつつあります。その中で多くがきれいさや華やかさを打ち出す傾向にある中、徹二さんは男っぽさを前面に出すという異色の存在です。

「デビュー前からそこを打ち出そうという考えはありました。きれいさで並んでも他の方には勝てませんし、父である鳥羽一郎に通じる骨太なイメージはそのまま活かした方がいいだろうということで」

――そして、そのイメージを損なうことなく、さらに魅力を増すような楽曲を作られている竜蔵さんの手腕も見事です。兄が作って弟が歌う、こんなに深く、息の合った作家と歌手の結び付きは稀有だと思います。

「父と山川 豊さんが、昭和の時代から共に歌ってきた想いというものが、歌手同士と作家と歌手で形は違いますけど、いつの間にか僕たち兄弟の中にも根付いていたような気がします」

――竜蔵さんと徹二さんの生き様は、令和の「兄弟船」なんですね。

「そう思います。父に山川さんがいて、僕に兄がいて、それぞれが歌の世界で仕事をして、さらにそれが演歌であって……と、いろいろなことが何かひとつのテーマで結び付いているような気がします。そのテーマのもとに活動していく中では、船が嵐に襲われるようなこともあるでしょうけど、負けずに乗り越えていこうという意識でつながっていますから、明るい未来が待っていると信じたいですね」

――意志はもちろん、身体も強そうですから、ファンは心配することなく、徹二さんたちの大漁を楽しみに今後の活動を追って行けそうですね。

「トレーニングは続けてますし、この番組でも鍛えられそうなので(笑)。大概のことには負けませんから安心してください」

――パーソナリティとしてのトークも磨かれるでしょうし、何故か筋力アップも間違いなしという(笑)。

「なんと言っても「鉄人オンマイロード}ですから。木村徹二がいろんな意味で鉄人になるぞ!という番組で、そのひとつがコーナー内での筋トレという非常にクレイジーな企画で(笑)。基本的に歌とおしゃべりを楽しんでいただこうという内容なのに、冒頭でもお話ししたように卓の上に鉄アレイが6本ですから。実に斬新ですよね!」

――斬新以外の言葉が見つかりません(笑)。

「僕としてはそこが狙って行きたいところでして。と言うのは、一般に抱かれている演歌歌手のイメージって、“真面目で堅い”だと思うんですけど、僕はそれを壊したいんですよ。“真面目で堅い”と安心できますけど、ある程度先が読めてしまうところがあるじゃないですか?そうじゃなくて、どうなるかわらない、何をするかわからない、ドキドキさせられるような存在でいられたらって僕は思うんです。筋トレをしながらリスナーからのメールを紹介するなんて、まさに“何やってるんだ !?”って感じだと思うんですけど、それによって僕のイメージは一般的な演歌歌手とはかなり違ったものになると思うんですよ」

――“真面目で堅い”印象は微塵もありません(笑)。ただただ、おかしくて面白い番組としてリスナーの方々にも楽しんでいただけると思います。木村徹二はどこを目指しているんだろう?という疑問が生じないではありませんが……

「いいですね!“どこへ行くんだ?こいつは!”と思っていただけるような、わけのわからない感じって、魅力にもなると思いますから」

――しかし、人前で話すのが苦手だったという人が、よくここまでしゃべれるようになりましたね。

「本当に。これも兄の計画の中で作られてきたと言うか、引き出されてきたものだと思うんですけど、おかげでこうして番組を持たせてもらえるようになったんですから感謝するばかりですね」

――ソロ歌手としての木村徹二さんはデビュー2年目ですが、それ以前に長い助走期間と言いますか、デビューに向けての準備があったんですね。

「竜徹日記として活動し始めた頃、兄がラジオ番組のパーソナリティを務めていて、僕も出演するようになったんですけど、初めの頃は上手く立ち回ろうとするけれど思うようにしゃべれないということが続いたんです。そうしたら兄が、上手くやろうと思わなくていい、番組をきれいにまとめようとするんじゃなくて、ぶっ壊そうと思っていいからと言ってくれて。そうなったら僕は気が楽になって、兄の言うことにツッコミを入れたりするようになって、自分でも楽しくなってきたんです」

――徹二さんはもともとお笑いが好きだったから、その感覚が活かせるようになったんですね。

「そうですね。それがライブでも出せるようになって、そして今につながっているわけですから、人に歴史ありって感じだと思います(笑)」

――そして歴史はこれからも新たに刻まれていきます。

「兄やスタッフの方々が新たな歴史のためにいろいろなアイディアや作品を提供してくれるでしょうし、ファンの皆さんが僕たちが進んで行く力を与えてくれます。そして、この番組が木村徹二という新しい演歌歌手を創るための場を与えてくれるので、それを活かし切って、予測不能な歴史を積み重ねていけたらと思いますね」

――それでは大晦日のステージで歌いながらの筋トレでギネスに挑戦する徹二さんをイメージしながら締めたいと思います(笑)。

「ありがとうございました!歌を通して、またこの番組を通して、木村徹二、令和の歌謡界にみだれ咲きしたいと思います。どうか皆さん、応援していただけますよう、よろしくお願いいたします。パンプアップ(笑)」

(おわり)

取材・文/永井 淳
写真/いのうえようへい

LIVE INFO

■演歌の夢まつり
2024年4月11日(木)愛知芸術劇場 大ホール ※2部公演
■華ゴールデンコンサート
2024年4月12日(金)名東文化小劇場(名古屋) ※2部公演
■福島 「Smile×3 live」
2024年4月13日(土)いわき芸術文化交流館アリオス(福島)
■つくば歌謡祭
2024年4月21日(日)つくば市市民ホールやたべ(茨城)
■3人の歌仲間
2024年4月22日(月)北とぴあ つつじホール(東京)
■石見銀山歌謡コンサート 川野夏美&木村徹二 スペシャルステージ
2024年4月28日(日)あすてらすホール(島根)
■木村徹二 琴浦に歌う
2024年5月12日(日)琴浦町赤碕地域 コミュニティーセンター 多目的ホール(鳥取)
■澤チームカラオケ発表会 木村徹二歌謡ショ
2024年5月22日(水)新潟市北区文化会館
■「鳥羽一郎 親子競演 !!」ゲスト竹川美子
2024年5月25日(土)鹿嶋勤労文化会館ホール(茨城)
■カラオケ舞鶴 50周年記念 スペシャルコンサート
2024年5月26日(日)愛南町御荘文化センター(愛媛)
■木村徹二「応演会」vol.3 「夢の花道」へ ~初夏の宴~
2024年6月1日(土)湊川神社 楠公会館 2階菊水の間(神戸)

木村徹二「みだれ咲き」 DISC INFO

2024年2月28日(水)発売
CRCN-8639/1,500円(税込)
クラウン

関連リンク

一覧へ戻る