「気がついてみたら凄い人だった」、というのがポール・モチアンに対する率直な感想です。失ってみて、初めて存在の大きさがわかることっていっぱいあると思うのですが、ジャズ界におけるポール・モチアンもそうしたミュージシャンでした。

長くジャズを聴いて来たファンにとって、最初にポール・モチアンの名前を意識したのは60年代ビル・エヴァンス・トリオのサイドマンとしてでしょう。ドラム奏者としての彼の役割は、このバンドの先進性によって“単なるサイドマン”以上の意味を持っていました。彼らの“3者協調型ピアノ・トリオ”と呼ばれるスタイルから、ピアニストだけでなく、ベース奏者もドラマーも音楽を形作る重要なメンバーとして認識されるようになったのです。

このトリオの代表作、ビル・エヴァンス『サンディ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』(Riverside)は、モチアンの存在が多くのファンの脳裏に刻み込まれた名演です。とは言え、このグループで言及されることが多いのは、やはり夭折のベーシスト、スコット・ラファロで、モチアンは一目置かれつつも、まだ地味な存在だったのです。

一部とは言え、最初にファンの目がモチアンに注がれたのは1970年代に入ってからでした。ECMから出た彼のリーダー作『トリビュート』からは、アメリカ制作ジャズとは一味違う、当時としては風変わりともいえるテイストが注目を浴びました。

カルロス・ワードのアルトサックスに2本のギターが加わった楽器編成は、その後のモチアン・バンドの雛形とも言えるもので、出てくるサウンドも、一種の浮遊感覚を伴った心地よいものです。その特徴は、ギザギザしたパーカー派アルトとは対照的な、滑らかさを強調したサックス・サウンドと、それにうまく溶け合ったギターの響きです。

以後、モチアンは独自の世界をさまざまな切り口で見せてくれるのですが、そこにはある一貫したモチーフがあるように思えます。それは“ジャズ”と“ジャズ作家”たちに対する深い愛情です。90年代に発表された『ポール・モチアン・アンド・ザ・エレクトリック・ビバップ・バンド』(Bamboo)では、ビバップの名曲を最新のエレクトリック・サウンドで聴かせるという斬新な試みで、改めてビバップの新しさと、同時にモチアン・バンドの独自性を世に問うたのです。

そしてこの流れは80年代の作品から始まっており、Vol.3まで続く『ポール・モチアン・オン・ブロードウェイVol.1』(Bamboo)では、ジャズマンが好んで取り上げたスタンダード・ナンバーをモチアンならではの実にユニークなやり方で聴かせてくれます。

そしてまさに“ジャズ作家”の名にふさわしい二人の巨人、セロニアス・モンクとチャールス・ミンガスをテーマとした、80年代の『モンク・イン・モチアン』(Bamboo)と21世紀に入って出た『ガーデン・オブ・エデン』(ECM)は、彼らの音楽の可能性を現代に蘇らすと同時に、改めてモチアンの想像力の広がりと豊かな創造性を世に知らしめた傑作です。特に後者に収録された《直立猿人》はオリジナルを凌ぐほどの素晴らしさです。

こうして振り返ってみると、改めてモチアンの偉大さに気がつきます。そしてその大きさは、決して声高に主張する体のものでなく、知らぬ間に心と身体に沁み込んでくる様な、柔らかでしかも芯のある不思議な世界なのです。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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