1968年、ジャズ・アルバムの常識を覆す異様なジャケットによって登場したマイルスの新譜『マイルス・イン・ザ・スカイ』は、ジャズファンの間に論争の嵐を巻き起こした。今聴いてみれば、取り立てて変わっているワケではないこの作品が大騒ぎになったのだから、まさに隔世の感だ。

要するに、エレクトリック楽器を使用したことと、ロック・ビートを採用したことが当時の保守的なジャズファンの逆鱗に触れたのだが、これ以後、現実のジャズシーンはマイルスが敷いたエレクトリック路線の上を歩んでいったのだった。

注目したいのが、その直前1967年に吹き込まれた『ネフェルティティ』のタイトル曲で、まったくアドリブ・パートがない。この演奏は、マイルスが従来のジャズ・スタイルに飽き足らなくなったことを示している。

そして1969年の問題作『ビッチェス・ブリュー』の登場なのだが、実を言うと、この作品も発売当時は必ずしも好意的な目では迎えられなかった。マイルスがロックに媚を売ったという、表面的な見方が流通していたからだ。実際は、マイルスは単にロック的手法を利用しただけだったのだが、、、ここでは名演の誉れ高い《スパニッシュ・キー》を収録。

事実、同時期のライヴ盤『マイルス・アット・フィルモア』などを聴けば、リズムがなんであれ、エレピがどうあれ、マイルスの演奏はまごうことなきジャズそのものなのが良くわかる。ただ、ライヴなので漫然と聴いているとポイントが掴みにくいかも知れないが、《フライデイ・マイルス》は誰が聴いてもナットクの名演だろう。ソプラノ・サックスのスティーヴ・グロスマンも畢生の力演だ。

いまでこそ「クラブシーンで注目」などと喧伝される『オン・ザ・コーナー』も、発売当時は中古セールのコーナーに山積みされていた。70年代の平均的ジャズファンは、この手のリズムをジャズから外れるものとしてアタマから毛嫌いしていたのだ。

その一方、70年代マイルスはなお一層先鋭性を強め、もはやトランペットを吹かずともマイルス・ミュージックを表現できるまでのカリスマ的存在となっていた。そのことを証明するのが、アルバム『ゲット・アップ・ウィズ・イット』に収録された《レイテッドX》で、マイルスはオルガンのみで、他の誰にも真似できないマイルス・ミュージックを提示している。

そしてマイルスが活動を一時停止する最後の年、1975年の大阪公演の記録『アガルタ』『パンゲア』が発売される。今になってみれば、これが彼のジャズマン人生の一つのピークであったことは間違いない。ピート・コージー、レジー・ルーカスらによって生み出されたカオス状の音塊から、マイルスの研ぎ澄まされたトランペットが浮き上がる瞬間がたまらなくカッコいい。

その後、5年以上の中断期間を経てシーンに復帰したマイルスをファンは温かく迎えたが、明らかに音楽のテイストは変化していた。ひとことで言えば、ポピュラー・ミュージックに接近し、かつての先鋭な姿勢は影を潜め、一般音楽ファンにも愛される存在となったのである。とはいえ、さすがマイルス、音楽の質は非常に高い。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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