ジャズ喫茶に出入りする常連客は、バド・パウエル、ビル・エヴァンスといったビッグネームは当然知っている。もちろん彼らの演奏は何度聴いても色褪せないが、なにごとにつけ、マニアは人の知らないものに関心を示すものだ。

そうしたファン心理を背景にして、既にご紹介した『ワルツ・フォー・デビー』など、当たり前の名盤とは一味違った「ジャズ喫茶名盤」と呼ばれるものが、1970年代辺りからコアなマニアの間で話題になり始めていた。現在のヨーロッパ・ピアノ・ブームの源流をさかのぼれば、この時代ジャズ喫茶で流れていた音源に行き着く。

マルティニク出身の黒人ピアニスト、ミシェル・サルダビーはパリを拠点に活躍し、70年に録音した『ナイト・キャップ』は当時のジャズ喫茶人気盤となった。ごくオーソドックスなスタイルのピアニストなのだが、フランス盤というものが珍しいころで、その希少性もマニア心をくすぐったものだ。

サルダビーがファンの目をヨーロッパ盤に向けさせた先駆けとすれば、75年に録音されたエンリコ・ピエラヌンツィの『ジャズ・ア・コンフロント24』は、まさにヨーロッパ・ジャズ・ピアノ・ブームの源流といって良いだろう。これも原盤であるイタリアのHoroレーベルがなくなってしまったため、今ではかなり入手が困難となっている。

そして真打登場、81年録音の『ミシェル・ペトルチアーニ』は、骨太のタッチと切れの良いドライブ感で、ヨーロッパ・ジャズを単なるもの珍しさから一気に国際クラスに格上げした記念すべきアルバムである。

彼の演奏はアメリカ人ピアニストたちと比べてもまったく遜色がなく、本格的なテクニックに裏付けられたエキゾチックなティストは、ペトルチアーニを文字通りトップ・クラスのジャズ・ピアニストの位置に押し上げた。そしてここでも、当初は日本盤が発売されていなかったOWLレーベルを、いち早くファンに紹介したのはジャズ喫茶だったのである。

旧ユーゴスラビアのトランペッター、ダスコ・ゴイコヴィッチのサイドマンとして知られたスペイン出身のテテ・モントリューもまた、ジャズ喫茶シーンから人気の出たピアニストだった。68年に録音されたテテの代表作『ピアノ・フォー・ヌリア』は、録音の良さも手伝って一気に彼をジャズ喫茶のスターに祭り上げた。

デンマークのJazzcraftは、70年代にアメリカ人ミュージシャンを起用した上質なハードバップ・アルバムの制作でジャズ喫茶ファンの注目を集めたレーベルだった。リチャード・ワイアンドもヒュー・ローソンも地味なピアニストだが、不思議とこのレーベルから出したアルバムは出来が良い。今回ご紹介した2枚のアルバムは、ともに彼らの代表作といってよいものだ。

最後にご紹介するエグベルト・ジスモンチはブラジルのミュージシャンで、ギターの名手としても知られたピアニストである。ECMという名の通ったレーベルだけに、必ずしもジャズ喫茶の名盤とは言えないけれど、あまり知られていないアルバムなのでぜひ聴いていただきたい。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

USEN音楽配信サービス 「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」

東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるのスピーカーから流れる音をそのままに、店主でありジャズ評論家としても著名な後藤雅洋自身が選ぶ硬派なジャズをお届けしているUSENの音楽配信サービス「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」。毎夜22:00~24:00のコーナー「ジャズ喫茶いーぐるのジャズ入門」は、ビギナーからマニアまでが楽しめるテーマ設定でジャズの魅力をお届けしている。

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