1956年はまさに名盤の年である。マイルス・デイヴィスの『リラクシン』、セロニアス・モンクの『ブリリアント・コーナーズ』に、極め付きソニー・ロリンズの『サキソフォン・コロッサス』とくれば、これは誰しも納得の豪華なラインナップだ。
ところでジャズの名盤とはいったいなんだろう。良いアルバム、有名なアルバム、売れたアルバムなどいろいろな意見があるだろう。もちろんどれも当たっているが、もう少し詳しく見ていくと、まず演奏が良く、その結果歴史の評価に耐え、今でも聴き継がれているものがジャズの名盤だ。言い方を変えれば、現在の耳で聴いても色あせない高度な音楽的内容を備えていることが名盤の基本条件なのである。そういうアルバムは当然ジャズ・ファンなら誰でも知っているし、売り上げも累積すればかなりの数字になるわけだ。
ところで冒頭の3枚は完全に名盤の条件を満たしているだけでなく、プラス・アルファの要素が二つもある。というのは、これらのアルバムはジャズ・スタイルにおける“ハード・バップ”の完成形であり、加えてそれぞれがマイルス、モンク、ロリンズの代表作でもあるのだ。連載第1回目のテーマ「ハードバップ」って何? で紹介したハードバップの代表作『リラクシン』『ブリリアント・コーナーズ』が、図らずも同じ年1956年に録音されているのは偶然ではない。そしてロリンズの『サキソフォン・コロッサス』は、彼の即興演奏家としての優れた資質が、ハードバップのフォーマットの中で開花した大名盤である。
他にもチャールス・ミンガスの『直立猿人』などは、ミンガスのバンド・リーダーとしての傑出した力量が集約された紛れもない名盤だ。たった5人のグループとは思えない濃密なサウンドは、まさにミンガス印。同じ意味でアート・ペッパーの『マーティ・ペイチ・カルテット・フューチャリング・アート・ペッパー』も、絶好調の波に乗ったペッパーの陰影感のある情緒的メロディが切々と訴えてくる素晴らしいアルバム。余談ながら、この作品はタイトル通りアレンジャー兼ピアニストであるマーティ・ペイチのリーダー作だが、どういうわけか皆ペッパーのアルバムとして扱っている。
当時アグレッシヴな表現がジャズ界の話題となったミンガスの『直立猿人』などに比べると、もう少し普段着の傑作といって良いのがジャッキー・マクリーンの『4,5&6』である。ミンガス盤でサイドマンを務めていた人とは思えない寛いだ表情の演奏だが、マクリーンの持ち味はむしろこちらの方に出ているという意見もある。
もっとも早い時期にチーム・プレイを標榜したグループ「モダン・ジャズ・カルテット」は、ジャズとクラシックを違和感なく融合させた優れたジャズ・コンボだ。『フォンテッサ』はバロック音楽の手法を巧みにジャズに取り入れた彼らの代表作である。
こうしてみてくると1956年が特別の年であったことが歴然としてくる。名盤の当たり年であり、それはこの時期にハードバップが完成の域に達したことと無関係ではない。モダンジャズ黄金時代といわれた1950年代シーンの中心がこの年なのである。
文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)
USEN音楽配信サービス 「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」
東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるのスピーカーから流れる音をそのままに、店主でありジャズ評論家としても著名な後藤雅洋自身が選ぶ硬派なジャズをお届けしているUSENの音楽配信サービス「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」。毎夜22:00~24:00のコーナー「ジャズ喫茶いーぐるのジャズ入門」は、ビギナーからマニアまでが楽しめるテーマ設定でジャズの魅力をお届けしている。