よく言われることだが、1959年はジャズの歴史において重要な作品が一挙に出現した特異な年だ。1950年代のジャズ・シーンを彩った“ハードバップ”が早くもマンネリ化し、先鋭的ミュージシャンはその脱出法を考えていたのだが、この年さまざまなアイデアがそろってアルバムの形をとったのだ。

ジョン・コルトレーンの『ジャイアント・ステップス』は、「コード進行を基にした即興演奏」というハードバップの考え方を限界まで推し進めた極めて技巧的な演奏で、ハードバップの名脇役といわれたトミー・フラナガンでさえ、いったいどう演奏したらよいのか戸惑っている様子がリアルに伝わってくる。

コルトレーンは冒頭に収録した『キャノンボール・アダレイ・クインテット・イン・シカゴ』にも参加しているが、このマイルス・サイドマンたちのアルバムが、親分マイルスのいない気楽さか、いかにも楽しげなのに比べ、自分のリーダー作ではるかに緊張感に満ちた演奏を展開している。
そして御大マイルスはいかにも彼らしく、「コード」の枠組み自体を見直し、「モード」という新しい発想によって即興演奏を行う。『カインド・オブ・ブルー』はモード・ジャズの時代が到来してことを告げるエポック・メーキングな作品で、現在に至るまで累積300万枚を超える販売枚数を記録しているという。

だが、そうした「コード」やら「モード」といった音楽上の規則に囚われない、もっと自由な音楽を追及したのがオーネット・コールマンだ。彼の作品『ジャズ来るべきもの』は発表と同時に賛否両論の嵐を呼び、「フリー・ジャズの時代」を切り開く記念碑的作品となった。

いっぽう音楽上の枠組みはさておき、演奏自体に黒人音楽らしいアーシーでファンキーな気分をタップリと盛り込んだのがホレス・シルヴァーたちの“ファンキー・ジャズ”だ。『ブローイング・ザ・ブルース・アウエイ』は彼の代表作。R&Bにも一脈通じる、ネバっこくソウルフルなスタイルが特徴で、キャノンボール・アダレイも60年代に入るとこの路線に向かっていく。

さて同じ頃白人たちはどうしていたのだろう。全米のキャンパスを巡りジャズを紹介して学生たちの人気を得たデイヴ・ブルーベックは、変拍子をジャズに取り入れた。TVのコマーシャルでも使われた《テイク・ファイヴ》で有名なアルバム『タイム・アウト』は、5拍子のこの曲を始め、文字通り変拍子ジャズをテーマとしたヒット作。

白人ジャズマンといえば、ジャズ・ピアノの歴史を書き換えることになるビル・エヴァンスが意欲的な傑作『ポートレイト・イン・ジャズ』をこの年録音している。話が前後するが、マイルスの『カインド・オブ・ブルー』の知的な雰囲気は、エヴァンスの参加に負うところが大きい。
ともあれ、これだけの出来事が一度に重なった1959年は、ジャズの歴史を語る上で特別な年であることがお分かりいただけたと思う。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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